日常編「幼馴染話の終わり」
どんどん我が家へ近づいていってやがて町内会地域に入るとネビーは読書をやめた。
目の前からまだ覚えていないけど見覚えのある母娘が歩いてきたので通り過ぎる前に会釈と挨拶と思ったら娘の方が転びかけた。
「こんにち……」
「おっと。大丈夫ですか?」
いつの間にという速さでネビーが両肩を掴んで彼女を助け起こした。
「鼻緒が切れたんですね。ここに足を乗せといて下さい」
ネビーはすぐにしゃがんで懐から出した手拭いを地面に敷いて鼻緒が切れた下駄を手に取った。
「は、はい……」
ネビーが鼻緒を直し始めたので私は二人にご挨拶と思ったら向こうから話しかけられた。
「ありがとうございます。ルーベルさん家も買い物帰りですか? 荷物が多いので買いだめですか?」
どこの家の誰か分からないけど奥さんも娘も買い物カゴを持っている。
「実家に用があって色々手土産を貰いました。重いので兄がこのように背負ってくれました」
「お兄さんなのですか。今、尋ねようと思っていました。このようにありがとうございます」
「いえ。いつも妹やルーベル家がお世話になっています。はい、お嬢さんどうぞ」
ネビーは直した下駄を両手で差し出して穏やかな笑顔。
娘さんは恥ずかしそうなはにかみ笑いで「ありがとうございます……」ととても小さな声を出した。
「自分の前ではなぜか老若男女の鼻緒が切れるんです。不器用だから練習しろってことなんでしょう。び……。なんでもないです。では失礼します。リル、行こうか。ザルを渡すオーロラさんの家ってどっちだ?」
「失礼します。オーロラさんの家はこっち」
二人で歩き出して少しするとネビーは「お嬢さんはやっぱり照れ照れかわゆい」とニヤつきだした。
「数年後にああいうお嬢さん達とお見合いだから勉強も出世も頑張ろう」
卿家のお嬢さんと今のネビーは釣り合わないと思うけど、卿家の養子として数年励んだネビーは釣り合うかもしれないし義父もそう言っていたから恋文への興味の無さと今の嬉しそうな笑顔を比べると今もう縁談を始めたら? とは言えない。
「うん。びってなんて言おうとしたの?」
「直す前にも下さいって言いそうになったけど、貧乏人なので惜しいから今度末銅貨を妹に返して下さいって言いそうになった。末銅貨があったら茶屋でお茶を数杯飲めるからさ」
「そっか。今みたいに良く直すの?」
不器用なのにとても手慣れていた。
「ああ。数えられないくらいある。俺の近くでばっかりなんでだろうな」
それは不思議な話。オーロラの家に寄って挨拶をしてネビーを兄だと紹介して、ザルを見せて事情説明。
「えっ。こんなに良いものと交換で良いのですか?」
「良いものと思っていただけて良かったです。こちらは修理代には多いのでお返しします。二銅貨だけ下さい」
「に、二銅貨ですか? 二銅貨だけですか?」
「はい。あのザルのあの穴の修理はそれで済みます。我が家はあのザルで十分でこのザルは姉自慢です」
「ふふっ。お姉さん自慢だなんて……お姉さんもお父上と同じく職人さんなのですか?」
「こちらの兄が不器用で得意な道を選んだので器用な姉が跡取りです」
「見習いにすら出来ない不器用者って見捨てられて代わりに立派になれよと兵官という向いている仕事を探して応援してくれました」
「噂で耳にしましたけどルーベルさん家の養子になられたそうですね」
「はい。町内会で困り事があって屯所へ相談したい場合は距離のある屯所より前にルーベル家へご相談下さい。町内会の力仕事なんかでも役に立てると思います。妹もルーベル家もお世話になっていますので力になれるように励みます」
「頼もしいです。新しい物を買ったり急がない修理物はリルさんに相談します。似たような修理で一大銅貨ってぼったくられていたのね。あの、少々お待ち下さい」
何かと思ったら旦那の同僚が南西農村地区の一区にかなり近いところに住んでいてアスパラという野菜を沢山貰ったからどうぞ、と渡された。
「いつもリルさんにお世話になっているので。いんげんみたいに茹でて使うと良いそうです。私は好みでした」
「ありがとうございます」
二銅貨を貰ったのに謎の野菜も増えた。こうして我が家へ帰宅してお茶くらいどうぞと告げたら「リルの帰りが遅くなった理由をテルルさんに伝える」とネビーも家にあがりたいという返事だった。
居間へ顔を出したら義母は不在で今日は調子が良さそうだったから台所? と思っていたら台所の方から出てきた義母と廊下で遭遇。
「テルルさん、こんばんは。自分の友人夫婦が顔を出していた時だったので遅くなったけど祝言祝いと言って妹を祝ってくれて帰りが遅くなりました」
「そうですか。遅くてもこのくらいには帰宅すると思っていました」
「遅くなりました。洗濯物と夕食の支度をします」
「随分と大荷物ですけどどうしました?」
「あちこちからいただきものです」
三人で台所へ行ったら荷物を置いたネビーは「風呂の水を入れ替えとく」と去ろうとした。
「夜勤前に疲れることをしなくてええよ」
「鍛錬だ鍛錬。今日の腕立て伏せの代わり」
ネビーはあっという間にいなくなった。
「彼、今日は夜勤なの」
「はい」
「それなのにわざわざ。でもこの荷物は多そうね」
「歩いていたらこうなりました」
台の上に今日貰ったものを並べながら一番上にあったアスパラについて説明。
アク抜きしたたけのこ五本、干しホタテ、そらまめ、みかん、梅干し、漬物、アスパラ、夜明け屋のお酒「日の出」に長芋と色々あるので台の上はまるでお店の軒先状態。
「アスパラって初めて見たわ。最近、どんどん新しい野菜が増えているのよね。オーロラさんってコリンズ家の若奥さんでしょう? あそこの若旦那は農林水省勤めで農家担当系だからコリンズ家と親しい家は野菜のお裾分けを貰うって言うけどこれのことね」
「明後日かめ屋へ持っていきますか?」
「ええ。少し売って試食を作らせて美味しい食べ方を聞きましょう。それをコリンズ家の若奥さんに教えるときっと喜ばれるし金曜のおもてなし料理が一つ決まるわ」
「お願いします。今夜はたけのこご飯でええですか?」
「たけのこご飯は明日のお弁当にして煮物にしてちょうだい。たけのこの煮物が食べたいから」
「はい」
「明日の私達の昼食は焼きたけのこご飯のお茶漬けでどう? 今日の手の感じなら私が作るわ。離れの障子の張り替えをして欲しいの。よく見たら黄ばんでいたと思って。年末に使った材料の予備が倉にあるから大丈夫ね」
「分かりました。明日のお昼が楽しみです」
続けて木曜の午後のたけのこ掘りの話を伝えた。
「ネビーさんにお茶を出しましょう。今日はお風呂を先にして夕飯はゆっくり作りましょうか」
嫁いできたばかりの時はお風呂も食事の準備も全て終わっていないといけないと思い込んでいたけど過ごしてみれば、家族に確認すれば融通が利くので助かる。
我が家の中で一番権力があるのは義母なので義母がこのように「お風呂は先で夕食作りはゆっくり」と言うとそれで済む。
お茶は私が、と言われたので私はネビーを呼びにいって洗濯物の確認をしたら全てなくなっていた。体の調子が良いと嬉しくて家事をする義母が働いてくれたようだ。
「兄ちゃん。後は自分でするからええよ」
「もう終わるから!」
私だけ何もしていないと落ち着かないので庭に出て明日の洗濯物をすんなり出来るように準備。
「何をしてるんだ? そこにも水を汲むなら今運ぶ」
「疲れるからしなくてええよ」
「別にこのくらいなら疲れないからよかだって」
「ありがとう」
結局私はネビーの仕事を増やしてしまった。これは何かと聞かれたので朝、すんなり洗濯物を洗えるように下準備と伝える。
「川とどっちが楽だ?」
「冬はお湯を混ぜられるしそこですすげるし干すところも近いからここは楽」
「そっか。家を建てる時はこういう風に作るのが大事ってことだな」
居間で義母と三人で少しまったりのはずがネビーは「じゃあ、また木曜に」と呼び止める前に去っていった。
門の外まで追ったけど姿が見えないので居間へ行って義母に話したら彼女は頬に手を当てて小さなため息をついた。
「夜勤前にたけのこ掘りに副業にこれから稽古ってネビーさんは元気ね。やる気が空回りして体力が無くなったりしないかしら」
「はい。昔からそうです。あの、母と今日こういう話をしました」
私は話したかったので義母と居間へ戻って今日の事を話した。
「言っていなかったかしら。他の事に気を取られて話していなかった気がするわ。ご両親に一筆書いて、たけのこ掘りの件の手紙とお礼代と共に渡します。ネビーさんは我が家の次男ですので私かお父さんが然るべき女性を紹介します。なのでそこらの縁談は全て断ってもらいます」
そうなんだ。
「はい」
「ロイのように本人がどうしても、と言うのなら話は別ですが今のところ私とネビーさんの思惑は一致しています」
「兄は今日、友人経由で貰った恋文を読んで興味がないと破ってしまいました。古紙屋に売るんだと思います」
「そうですか」
「破るなんて可哀想です……」
「そうですか? 今、あなたがどなたかに手紙を送られたらどうしますか? 大事に部屋にしまっておくのですか? 家族、特にロイが見つけたら気分の良いものではないですよ」
「あっ……はい。えっーと、それなら本人に返します」
「つまり、気のない相手に気があるかのようにのこのこ会いに行くのですか?」
「えっ? いえ。すみません、と顔を見て言います」
「なぜですか? 手紙くらい受け取って下さい。お願いします。知らないから断るのです。手紙をやり取りして話して中身を知ってから断って下さい。どうかお願いします」
……。
「そうなるのですか?」
「そういうこともあります」
「それは……困ります」
「ネビーさんは男性ですから泣きながら縋りつかれたら絵面が悪いです。女性が泣いていると事情を知らない他人から見ると相手の男性が悪く見えがちです」
「だから兄は返さないで破ったということですか?」
「さぁ。郵送先が分かれば一言、お礼文をありがとうという言葉に断り文を添えたかもしれません。リルさんは先程、ネビーさんは情報不足と言っていたと言いましたよね。本人に聞かないと分かりません。あなたはその本人に質問しないという欠点を直しなさい」
「直したいから兄に質問しました。断る時点で酷い男だからと言われました。質問が足りなかったです」
「こういう事に答えはありませんから自分ならどうするのか考えてみなさい。そろそろ夕食の支度しますか」
「はい」
楽をしよう、ということで今夜はたけのこの煮物にそら豆は丸ごと塩焼きでお味噌汁は刻んだ干しホタテと乾燥ワカメを使って即席。それに干してあるアジを焼く、ということになった。
先に帰ってきたのは義父だったので先にお風呂に入ってもらって、時間差で帰ってきたロイには着替え後に台所へ来てもらった。
「ロイ。このアスパラという珍しい野菜はコリンズ家の奥さんからリルさんへなので、明日の朝に旦那さんを見かけたらお礼を言ってちょうだい」
「へぇ。コリンズ家の奥さんってリルさんの倍くらい年上なのに親しくなったのですか。緑色の大きなつくしみたいですね」
「親しくないです」
「えっ? そうなのですか?」
「はい。今日、祓屋以外で初めて会いました」
「とりあえず招待券かなにか探して確保してコリンズ家の若旦那さんに渡しなさい。あの家の奥さんが嫌いだから挨拶以外は無視しているけど前から野菜の大量お裾分けは気になっていたのよ。あの家との縁結びは貴方達夫婦に任せます」
任されたのなら頑張るけど、何をしたら良いのだろう。
「母上、野菜目当てって……。フリスさんは昔から気さくなお兄さんなので話せそうではありますけど、縁結びってほど話せるかな」
「そうやって有益な人付き合いを面倒くさがって。私もお父さんももう引退のようなものですからしっかりなさい」
先程、義母もその有益な人付き合いを好き嫌いで嫌がっていたのにロイにこう言うという矛盾。
「コリンズ家の若奥さんはこういう野菜の件やテキパキしていてあの年代で一目置かれているから親しくしておくとリルさんの味方になってくれるかもしれないわよ」
「それはよかなので励んでみます」
かめ屋へ野菜を横流ししていくのだろう。
「私も励みます」
「あなたは何も考えなくてええです。今日それで成功していますから。好きになさい。悪い時は注意します」
「はい」
「それでリルさん、他のものは何かしら? ロイ、リルさんに実家へ行ってもらったらこの大荷物を持って帰ってきたのよ。重たいからネビーさんが持ってきてくれました」
「アスパラだけでも沢山なのにこんなにどうしたんですか?」
一つ一つ説明したけど長芋だけはどこの誰がなぜネビーに長芋をくれたのか分からないので説明不可能。
「あっ。草刈りをありがとうって言われていました」
「長芋はともかく他は祝言祝いならお返しが必要ね。二人で……いえ、リルさん。今少し考えてみてくれる? 私やロイはこのような方達との付き合いに疎いので。ご両親風で考えて欲しいわ」
「はい」
「まずこの大工さんの家」
「ネビー割りがあるから修理の時は頼んで欲しいと言われたので玄関外の棚とお風呂場の大カビ部分を直してもらいたいです。沢山掃除したけどもう無理です。カビは体に悪いからお義父さんやお義母さんが長生きしません。ただ、お義母さんの許可と予算次第です」
あちこちで聞いて調べたけどどうしても勝てないカビがいるからどうにかしたい。
「それならまずは依頼して見積もりを確認しましょう。この火消しさんの家は?」
「イオさんはお嬢さんにらぶゆ中なので旦那様と私でハイカラ話を教えます」
「そうなの。そうしなさい。豆腐職人さんの家は?」
「豆腐を買って美味しければ定期的に買いますし職人名を人に教えます。あの、正直今食べている豆腐はイマイチで実家の時の方が美味しかったです。ルゥスさんや彼のお父さん作の可能性があります」
「昔は遠出していたけど最近はつい近くに来る棒手売りからだったから任せるわ。他にも実家の方が美味しかったものってありますか?」
「こんにゃくと納豆もそうです」
「そうよね。私もそう思っていたけど昔、贔屓にしていたお店はちょっと遠いから言いづらくて」
嫁いだばかりの時は私にいじわるしたかっただろうに、義母は逆に遠慮していたんだ。やはり優しい。
「私の早歩きするとそこそこ速いです。場所を教えて下さい」
「後で地図を書くわ。リルさん、ちなみにコリンズ家の若奥さんには何を返す予定でした?」
「かめ屋で教わる予定のアスパラの料理方法です。木曜にたけのこを一本分けます」
「それはお願いします」
「はい」
「こう考えるとリルさんって知り合いが多いんですね」
「知っているだけです。イオさんと一年以上振りに話しました。ルゥスさんは名前も知りませんでした」
「ロイ、ネビーさんよネビーさん。お父さんはこういう事も考えて貴方とネビーさんを弟にってこと。火消しに大工に職人達って生活に必要な知人がいると助かります。リルさん、ネビーさん割りとはなんですか?」
「分かりません」
「あなたはまたそのように」
簡単な事で遠慮するのにこういう小言は遠慮しないのは謎。
「お義母さん。持って帰ってきたたけのこの皮はどこですか?」
「木の棒とかたけのこ掘りの残骸なら捨てておきましたよ」
「それは梅干し飴用です!」
それは何かと聞かれて、たけのこの皮に梅干しを包んで飴みたいに舐める、吸うと説明したらロイも義母も知らなかった。
「最後は噛むの……」
「母に見栄えが悪いので棒にくくったらどうかと言われました」
「木曜は皮を捨てないようにします。それからそれは家の中でだけにしてちょうだい。夕食を作りましょうか」
「はい」
まだ季節を一巡していないので文化の違いで驚かれるみたい。おまけに私は幼馴染達にも驚いた。
嫌な事も言われたけど良い事も言われたし、知らなかった話も耳にした。生まれてからずっと一緒だったネビーについても知らない面がまたあったのでしっかり大カビ退治をして、家も綺麗にして家族皆、長生きが良い。
感想でガイの後輩が家に来る話とあったので「幼馴染」はそれ用の話でした。
次話は「先輩の家の謎嫁さん」の予定です。




