日常編「幼馴染2」
ロメルどジュリーの話をし続けているので喉がカラカラになってきた。私は会話に混ざりたいけど自分が沢山話す側でなくて良い気がしてくる。
「ちょっと待った。手紙が風で飛ばされたらどうなるんだ?」
「最後まで話してええんですか?」
「それもそうだな。この話のらぶゆがハイカラ語ってことはこの話がリルちゃんの周りで流行ってるってことだよな? つまり役人さん達というかその奥さん達の中で」
「はい。招待券の争奪戦です」
「ってことは一、二年したらあちこちで真似が始まるからここらにいる女も観るようになりそう。俺も気になるから観たい。ってことはオチは言わないでくれ。それにしてもええ情報を……」
「よぉ、イオ! 制服じゃないと一瞬分からなかったけどイオだよな?」
上の方から大声と思って見上げたら家を建てる仕事中の大工がこちらに手を振った。
「お疲れ様ガント!」
逆光で顔が分からなかったけど名前が出たので誰なのか判明。彼もイオと同じくネビーと同じ寺子屋に通っていてたまに長屋に遊びに来ていた。
「なんだお前、休みで女とデートか。また違う女を連れてええ身分だな!」
「今日は夜勤だ! それから隣はリルちゃん! ネビーの妹のリルちゃんだ! ネビーのところに行こうと思って歩いていたら会った!」
屋根を作っているような様子のガントは梯子を使ってこちらへ降りてきて私の前に立つと顔を覗き込んできた。
「リルちゃん? これがリルちゃん? なんかかわゆくなってないか? 金の力って、化粧ってすげえ。あっ、前髪も? いや、よく考えたら顔立ちはうんとブサイクではなかったしな。俺の好みではない普通の地味顔」
「俺もそう思った。かわゆいけどネビー顔だから口説きたくないけど人にはすすめる。人妻だからもうすすめられないけど」
「ネビーと兄弟になれるからこれなら弟にすすめたっていうかあいつもルルちゃんが美女に育ち待ちなんて言わなかっただろうな。リルちゃんって優しくてよく働くって、家事は完璧ってネビーがよく自慢してたから。あっ、そうだ」
ガントは「少し待ってて」と告げると建物の中へ入っていってしばらくすると同年代の若い男性を連れてきた。
「レンジ。お前のお見合い相手にどうかと思っているんだけどどうだ? 大家族の家事をしっかり出来ているし妹達にも優しい女だ」
「……えっ? 俺? 無理無理無理! こんなかわゆい人が俺を相手にする訳ないだろう! どうみてもええ家のお嬢さんじゃないか!」
日焼けしているから分かりにくいけどレンジは私に照れてくれたようだ。
「いや、俺はそれなりにはイケてるし、お見合い相手にどうかってこうやって紹介してくれるのなら話がついてるってことだよな? 持つべきものは兄貴だ。コホン、お出掛けはどこへ行きたいですか? 海にしますか?」
「バーカ! あはははは! リルちゃんだリルちゃん! 少し会ったことがあるだろう! 逃した魚は大きかったな。お前がお出掛けを渋った女はこんなにかわゆかった。俺は好みじゃないけど。お前はちんまりめが好みだから今の照れ顔だろう。リルちゃんは役人さんのお嫁さんになって大変身だ」
揶揄われて可哀想なレンジはガントにバシバシ背中を叩かれている。
「いじめは良くないです」
「リ、リル、リルちゃん⁈ あのぬぼーってして影が薄かったリルちゃん? うわぁ。損をした。いや、でも俺にはまだルルちゃんがいる!」
私はぬぼーってして影が薄かったのか。
「ネビーの兄弟になるならリルちゃんよりルルちゃんって言うから数年後には争奪戦だバカ。手堅い磨けば光るリルちゃんなら狙えた……狙えてねぇ! リルちゃんの嫁入り先は裁判所のお役人さんだから無理だ! 学あり、金あり、おまけにすこぶる優しいって」
「えっ。あのリルちゃんが裁判所のお役人さんと結婚したの? でも見える。高嶺の花の、ええ家のお嬢さんだと思った。すげぇ。化粧と服に大人しそうな感じが役人さんの奥さんって感じだ」
「旦那さんはネビーの通う剣術道場に通っている豪家さんだ。確か……ルベルさんだっけ? ネビーも養子にして出世出来るように仕事を横流ししてくれるらしいな。つまり今のリルちゃんはリル・ルベルさんだ。ルが沢山」
卿家だけど豪家という話になっているのはルーベル家は凄い、と自慢にならないようにだから私は小さく頷いた。そのうち様子を見て口が固い人には卿家と言うらしい。
「はい。リル・ルーベルになりました」
「うわぁ。ガント、お前は最悪な兄貴だな。俺もタオにしたい。同じことをしに行こう。リルちゃん、ちょっと我が家に寄ってこうぜ。母ちゃんが喜びそう。おばさんとあいつはダメとかこいつはダメとかぶつぶつ言ってたから」
「なぁイオ、さっきネビーのところに行くって言うてなかったか?」
「ああ。居るか知らないけど長屋に顔を出してみようかと」
「それなら俺も行こう。あいつが居なかったら飲もうぜ。風が強くなってきて危ないから残りの仕事は明日だって思っていたところなんだ。リルちゃんの結婚祝いをしよう。よく考えたらネビーにお祝いしてリルちゃん本人にしてない」
「俺はさっき天丼をご馳走して一緒に飲んだ。つまり次はお前の驕りだな。やった」
「便乗するな! 自分の分は自分で出せ」
親方に確認してくる、と告げたガントが去ると私はレンジにジロジロ見られた。
「女って怖え。こんなに変わるんだ」
「まじまじと見たら変わらないから、俺らが見る目無しってことだ。そもそもネビーが自分の友人と妹は絶対嫌だと言うてたからお前とお見合いは無かっただろうな。レオさんも火消しと大工は絶対に嫌だと言うてたし」
「火消しと大工は嫌とはなぜですか?」
「俺らは人気者だから勝ち気な女じゃないと旦那の手綱を引かないって。まぁ、その通りだと思う。リルちゃんってなんでもはいって言いそう。そういう女はだらしない、雑な性格の火消しや大工を堕落させる。俺はわりと理性的だから違うけどな!」
「理性的って恋人を二人も三人も作る人が何を言っているんですか……」
……。
⁈
「恋人なんていたことねぇよ」
「何を言うてるんですか! いつもいるじゃないですか!」
「恋人にするのは結婚する気のある女だけだから恋人はいたことがない。あれは取り巻きとか火消しと遊ぶ女」
⁈
「あー、もう。こんな人達と大工を一緒にされたくないです。俺は真面目で一途なのに軽そうとか、大工は遊び人だから嫌とか……」
レンジはぶつぶつ言い始めた。イオは愉快そうに笑っている。
(兄ちゃんの大の仲良しは女性に対してこんな感じって知らなかった。俺に恋人は居ないってまさかこういうこと?)
私は長屋の外にはあんまり出ないしネビーの幼馴染とは挨拶くらいしかしなかったから、こういう会話を聞くのは変な感じだし私の知らない兄がいそうで衝撃的。
ガントが戻ってきて「親方が雲と風の感じが怪しいから残りの仕事は明日って言うところだったっていうから俺も行く。片付けはレンジにさせる」と告げて私達について来ることになった。
早く喋るのが苦手な私とぽんぽん喋る二人に挟まれたら私は全然話せない。
「リルちゃんって相変わらず喋らないな。最後に会ったのはいつだっけ? 去年のネビーの誕生日祝いだから一年前くらい前か」
「あっ。そうだった。リルちゃんはのんびりなんだって。せっかち大家族に生まれたのにのんびりって、家族全員分ののんびりが集まったのかもな」
「へぇ。なんだ、そうなのか。よく考えたらレオさんはそんなにせっかちじゃないしネビーもたまに無口だよな。格好つけなのかなんなのか知らないけど。実際あいつは黙って素振りをしていると何割り増しになるからな。喋ると俺らと同じくバカだから色男ぶりも行方不明だけど」
「そういえばリルちゃんはネビーに何の用なんだ?」
二人とも話すのを待ってくれるようなのでこれなら喋れる。私も周りに合わせる努力をするべきだな。次も手をあげたりのんびりだと相手に教えたり工夫しよう。
「両親に用です。金曜にお義父さんの同僚の方が我が家に来るのでおもてなしします。なのでその前にたけのこ掘りがしたいのでその相談です」
「おお。リルちゃんがこんなに喋るのを初めて聞いた」
「俺はさっき天丼屋で聞いたぜ。楽しかった。リルちゃんは文字を読めるようになってるし、癒し系の動きでお酌をしてくれるし、ことわざも知ってて教えてくれた。立派な旅館で花嫁修行をしたらこうなるんだって驚いた」
「つる屋だっけ? 彩り繁華街にある旅館。俺らには縁のなさそうなところ」
「かめ屋です。平日昼食の料亭は高くないのでおすすめです。お店は綺麗で流行りを取り入れています」
「おすすめ? 俺らでも行けるの?」とイオに問いかけられた。
「今日の天丼と梅酒代で一番安い梅膳が食べられます」
「えっ、あのくらいで? それならちょっとした特別な時にもう少し出してそれより上も……それは高いとか?」
「竹膳は四大銅貨です」
「思っていたよりも高くない。特別な時やお祝いの時ならありだ。えっ。見たことがあるけどあの老舗旅館にある飯屋ってそんななの?」
火消しは特別な時は昼食に四大銅貨を出せるってこと。
「松竹梅、上松竹梅、極松竹梅とあって食事の内容や部屋が代わります。極は部屋食で追加でお風呂にも入れます。平家も大歓迎のお店です」
「来月嫁の誕生日で祝言後、初めてなんだけど喜ぶかな。予算は平気そうだし、彩り繁華街は楽しいだから嫁に聞こう」
「夜の最安お膳は四大銅貨です。かめ屋の近くに平日ランチが安くて美味しいおすすめの西風料理店があります」
「……リルちゃんすげぇ。役人のお嫁さんになったから情報通だ。あいつ、家に帰ってるかな。俺らの現場が天気で店仕舞いだから帰ってそう。ちょっと我が家に寄ってええ?」
ガントの家に寄ることになったのでついて行ったら町屋の玄関先で彼の母親に「リルちゃんなのかい」と驚かれた。
「エルさんが娘は果報者って言うてたけど一目瞭然だ。玉の輿だけどこれは玉の輿だよ。別嬪さんになったけどやっぱりレオさん似だね。エルさんに少しでも似たらルカちゃんみたいにもう少し別嬪さんだったのに」
「ありがとうございます」
姉妹と比較されるのは昔から慣れている。イオやガント、レンジの発言でもそうだったけどこれまでと違って比較されて私「も」かわゆいに変化して嬉しい。
「女の子はやっぱりお洒落したら変わる。かわゆいね。お洒落をさせたら変な男に騙されたり拐われるって気持ちも分かるわ。レンジの嫁に欲しかったよ。あんたは昔からよく働くから。なのにバカ旦那もバカ息子もどうせなら美人のルルちゃん待ちって贅沢。しかもレオさんに大工の嫁は嫌だって拒否されるし。エルさんは火消しじゃなきゃええって言うてくれたのに」
母も私が火消しの嫁になるのは反対だったんだ。
「母ちゃん、リルちゃんは実家に帰る途中だからまた今度にしてくれ。メグは帰ってる?」
「さっき帰ってきて一緒に洗濯物を畳んでくれてたところ」
「おい、自分の仕事をさせるなって前から言うてるだろう」
「いや、だってしてくれるって言うから。疲れた顔をしてたらさせないけど本当、あの子は元気だよ」
「朝から俺と同じように働いてるんだから疲れてるだろう。 メグ! ただいま! ちょっと来れるか!」
少ししてガントのお嫁さんのメグか現れた。私と違って背が高めで結構日焼けしている。
「お疲れメグ。ネビーの妹のリルちゃん。ルが沢山のリル・ルーベルさんになって役人の奥さんだから情報通になってた。彩り繁華街に詳しそうだから何か知りたかったら聞くとええ」
「初めましてメグです。ネビー君の妹ってそっくりですね。うわぁ。この髪型、どうなっているんですか? かわゆい。こんな高そうな簪は買えないけど似たようなのは売っていますか? この意匠はええ」
「こちらは結婚お申し込み品なので特別なものです。髪型は教えられます」
「すとてときなお申し込み品。うらやましいです」
「俺らリルちゃんの祝言祝いをすることにしたから一緒に行こうぜ。情報通だから色々教えてもらうとええ。誕生日に出掛ける約束をしただろう? 安い西風料理のお店とか知ってるって」
そうしてガントのお嫁さんのメグが増えて、ガントがこれから私の実家に行く理由を話したらメグの妹の嫁ぎ先からみかんが沢山届いたからとお裾分けを貰った。
四人になって女性二人と男性二人なので自然と男女に分かれて私はメグとお喋り。
最初に話すのが遅いと伝えられたのでクララやエイラと同じように話せて安堵。
レンジがぬぼーっとしたぼんやりで影の薄いお嫁さんは嫌だと言っていたけどロクに話さないでそんなことを言ったからかわゆいお嫁さんを逃した、とメグに言われてガントも「俺も目が悪かった。あはは」と大笑い。
「多分前の私はそうでした」
「レンジ君のお嫁さんで私と義理の姉妹だったらかめ屋の話やミーティアってお店もうらら屋も知らなかったからこれで良かったってこと。地元だとこんな感じですぐに人が増えて二人でお出掛けって感じじゃなくなるから少し遠いけど彩り繁華街なんて楽しみ」
こんな感じ、とはイオとガントに話しかけてきたルゥスという男性が増えたことだろう。
私の記憶にはいないネビーの友人で、ガントの幼馴染の彼は豆腐職人の息子だそうだ。
イオの家に到着したらたまにお世話になっていらる母の友人サエにガントの母と似たようなことを言われた。
「母ちゃん、タオはいる? 夜勤前の仮眠中?」
「さっき一回起きてきて昼飯を食べて制服の手入れをしてる」
「リルちゃんの祝言祝いをすることになったから多分そのまま出勤で早めに出勤して仮眠は組でする。だからタオに夜食を持ってこさせて」
イオはそこになぜ私が実家へ帰るのかという話しもした。
するとサエに貰い物の干しホタテとそら豆があるから実家と自分の家に持っていきなと渡されて、さらにイオが呼んだ弟のタオも登場。
「よお、タオ。そろそろ嫁探しと思ってお見合い相手の候補を連れてきた。どう思う?」
「……」
イオに肩を組まれたタオは前髪をちょいちょい弄って私から目を逸らして俯いて機嫌の悪そうな顔になった。イオのイタズラは失敗のようだ。
「悪いタオ。お前はこういう感じが好みだったんだな。一目惚れしないように。彼女はネビーの妹のリルちゃんだ。玉の輿でお洒落をしたら大変身。花嫁修行をしたのもあるかも」
「……えっ? リルちゃんってあのリルちゃん? 昔少し遊んだ記憶はあるけど忘れてて、親父が嫁候補にどうだって言うから遠目で見させられたけど全然違う!」
「同じ家なら隣のかわゆい顔立ちの女の子が大きくなったらって言うたけどご覧の通り。損したな。まあ、レオさんもエルさんも火消しの嫁は断固拒否だったけど」
「火消しの嫁は断固拒否は兄貴達のせいだろう! ちゃらちゃら遊んで女をはべらかして! 俺は大人しいのに火消しってだけで巻き添えだ!」
「お前が大人し過ぎだ。はべらかしてるんじゃなくて集まってくるんだ。俺は老若男女に人気者だからな!」
「働き者で優しいならええかなって思っていたのに話がなくなるし、しかもこんなかわゆい人だったなんて。兄貴達のせいで縁を逃すって最悪。しかもさっきのは俺をバカにする気だったんだろう。っていうかバカにしたな! 畜生!」
タオは家の中に逃亡。
「あはは。面白かった。真剣な顔で見惚れたのは計算外。レンジみたいなのを想像したのに。少し悪いことをした」
「イオ、お前ってやつは最低の兄貴だな」
「んだよ、お前こそそうだろうガント」
「俺も弟にしたいんだけど。あいつ、土手の上からリルちゃんを見せたら同じ家からなら隣の美人が大きくなってからって拒否したから絶対に後悔する」
「デウスもルルちゃん狙いか」
「ネビーと兄弟になれて昔のリルちゃんとルルちゃんを並べたらそうなる。今のリルちゃんとルルちゃんだとリルちゃんだな。ネビーからルルちゃん達の仕事ぶりも聞いてるし。リルちゃんは大変だったんだってな」
今度はルゥスの家に寄ることになって、彼はネビーから聞いたルル達の話を軽くした。
ルル達は屁理屈屋で仕事を途中で放り投げて遊びだすから両親達で再教育中。私も母とルカにぶつぶつ「思っていたよりだった」と言われてこれまでお疲れ様と労われる。
ルゥスの家に行ったら弟さんは不在で彼の母にイオやガントの母親と似たようなことを言われて祝言祝いなら、と「今、このくらいしかなくて。エルさんが褒めてくれた梅干し」と梅干しを分けてくれた。




