ちび旅行編「旦那様は格好良い」
早朝に宿を出発して北東農村区へ続く関所を過ぎて臨時牛車へ乗車。屋根はなくて座るだけ。
「ロイさん、怪力山歩き牛と同じで怪力川歩き牛もいるんですね」
「知らなかったです。歩きも沢山いるけどこの値段でこの速度で楽を出来るから宿代を削って正解です」
ガタガタ揺れてお尻が痛むかもしれないと宿で言われて裾除けを折って腰巻部分を厚くしたのでわりと平気そう。
立ち乗り馬車より遅くて揺れないからロイと楽しくお喋り。途中、宿から関所までの間に買ったおむすびも食べた。
川魚のライギの佃煮おむすびは旅の醍醐味だけど家で応用にはならなそう。なにせ味付けが同じだ。味噌おむすびは味噌が白いけどこちらは重くて少ししか持ち帰れないし定期購入も難しい。
「東地区の味噌はなんで白いんですかね」
「アデルさんも知りませんでした。味噌屋の秘密って」
「半元服祝いで西一区へ行った時は濃い色でした。地区で変わるのか南地区も下地区だと違うのか」
「おうどんの出汁の色が薄かったのは再現したいです」
「東地区は全体的に薄味な気がします。いなり寿司が三角でしたね」
「外は薄味で中は濃い味でした。ご飯に色々入っていて贅沢です。あれは貧乏人には無理です」
でも安いうどん屋で登場した。安く仕入れて沢山作ると安く売れるのだろうか。家だと献立を工夫しないと厳しいと旅行料理披露の難しさを実感中。
「花見の席にヨハネさんが持ってきてくれたことがあります」
「それならお義母さんはもう知っていますか?」
「いえ。話した記憶がないです。その場の話題で済ませた気がします」
「かめ屋へ横流し出来ますかね」
「今回は料理長さんとアデルさんで情報交換するからリルさんの出番はないかもしれません」
「それだとたまご泥棒出来ません」
「そこで今日です。ルシーさんと庶民と皇居の情報交換です」
「はい」
「リルさんが選んだお土産を喜んでくれると良いですね」
「はい。楽しみです」
紅葉で染まる山々が遠くに見えて空は青空でマンロブという変わった木の森や黄金色の田んぼを眺められる楽しい牛車の旅。それが中断してしまった。馬を引いている警兵二名に牛車が停車させられた。
降りて下さいと指示されたので順番に牛車を降りる。この先で倒木があったので牛車は通れない。なので歩いて迂回してもらう、という話だった。
「リルさん。気になるからあの警兵達から遠いところへ移動して下さい。牛車の裏の方へ」
「はい。どうしました?」
「リルさんの周りに人が増えたら身分証明書を見せて下さい。警兵の装備が違う気がします。気のせいならよかですけど」
「装備が違う? どういうことですか?」
「倒木なんてなくて森に盗賊がいる。そういう可能性が怖いので探ってきます。そう説明して下さい。父上とネビーさんに大きな祭りの時期だから過剰に気をつけろと言われています」
それはどういうことだろう。ピリッと怖い表情なのでロイに言われた通りに警兵達とは反対側へ向かう。周りは指示されたように森の方へ移動中。
ロイは牛車操者へ話しかけると他の男性達に話しかけ始めた。私の方へ女性や子どもが集まってくる。
「何かしら。怪しいなんて」
「怪しいってあの男性の方が怪しくないかしら。あの人、木刀を持っていたわよ。だから主人が従っておこうって」
「あの。怪しくないです。私の旦那様です」
怪しいって言われるから身分証明書を見せて下さい、だったのかな。ヒソヒソ話していた若い女性と年配女性に身分証明書を見せた。
「まあ。裁判所に煌護省に地区兵官さんですか」
「装備が違う気がするから念のため嘘つきではないか確認です」
「装備が違う? 違うんですか?」
「私には分かりません。旦那様は勉強家です。気のせいなら安心です」
言われた通り他の女性にも身分証明書を見せて回る。そのうち「森に近寄らないようにって」とか「牛から離れて下さいって言われました」などヒソヒソ小さな声の伝言が回ってきた。男性も何人かこちら側へ来ている。
ロイは大丈夫なのかな、と見える位置に移動して眺めているとロイの左右には体の大きな背の高い男性が並んでいた。
それで馬の手綱を持つ警兵に話しかけているから気になるので遠い位置を意識しつつ近寄る。
「——ではなくて向こうの見渡しの良い畑の方へ行きたいです。遠回りですけど観光も兼ねて。別によかですよね?」
「俺達家族もそうしたいです。息子が喜ぶと思うので」
「いえ、大きな祭り中で農民達から窃盗対策や観光客が畑を荒らすと言われているので指示に従って下さい」
「分かりました」
「いや、でも警兵さん! それなら二手に分かれて見張って下さい。悪さをする気なんてないので畑側を行きたいです」
「我が家は森かなぁ。見たことのない木だから気になります」
「そう言われると悩みます。そうです、二手に分かれて案内していただけますか?」
「二人一組で組んでいます。兵官の指示に従って下さい」
「皆さん! 猪が出るので護衛しながら進みます! 集まって下さい!」
いのししって何。ロイは何かを懐から出した。
「そちらの方、何をしているんですか?」
「すみません。水筒を落としました」
水筒は帯に下げている瓢箪水筒だけど。ロイは落としたものを踏みつけた。
赤い色の煙がもくもく空へ登っていく。
(あっ。そうだ。あれは発煙筒。お義父さんに一つずつ待たされた)
キノコや特殊な苔を使って作ると言っていた気がする。
踏むと煙が出るから困ったら使いなさいと言われた。火消しや兵官が使うもので義父がネビーに相談したら合法的に横領出来たという。
「お前! 何をしている!」
「頼みます!」
ひゃあ!
ロイ達や他の男性達が走り出したら怪力川歩き牛が暴れ始めた!
馬車に繋がれていない!
馬が逃げていく!
ロイは木刀で突いたし他の男性達も警兵へ襲いかかった!
ぽかん、としていたら怪力川歩き牛は大人しくなって警兵は縄でぐるぐる巻きにされた。縄はどこから出てきたのだろう。
二人ともさるぐつわされたけどあれは誰かの手拭いだと思う。
「発煙筒で本物の警兵が来ます! 引き続き森から遠いところにいて下さい!」
ロイはそう叫びながら私の方へやってきた。
「事前に父上とネビーさんにあれこれ聞いておいてよかでした」
「……。格好よかです」
「ありがとうございます」
ロイが照れた。
「なぜ分かったのですか?」
まず事故現場で誘導されるのは分かるがここは違う。見晴らしの良い経路を勧めない。
さらに装備が違う気がすると思ったので近くでも再確認。
「装備品が足りないですしそもそも腕章です。ネビーさんも所属番隊と師団が分かる腕章を羽織りに付けています。羽織りを脱いでいても半着にもつけています」
「付けていませんでした?」
「ええ。付けていましたが種類が警兵ではなくて地区兵官でしかも模様や数字などが少々違いました。あれは偽造だなと。父上に渡された本だけだと思い出せなかったけどネビーさんに実物を見せてもらいながら解説してもらっておいてよかでした」
怪しいから力のありそうな男性にコソコソ声をかけて回って牛車の操者へ根回し組と偽物警兵の目を引きつける組と分かれつつさらに女性子どもを遠ざける作戦。
牛車屋も怪しい気がしたのでどう動くか悩んでいたところにロイが話しかけた。
牛車の操者に牛暴れ作戦や縄の準備があると言われたので先程の解決方法になったという。
我が家と実家が親戚付き合いをするようになった結果、今日この場にいる人達は詐欺師から守られた。
私達の周りに人が集まってロイは沢山褒められて感謝された。牛車屋や協力した者達も同じく。
そんなに時間が掛からないうちに赤鹿に乗った警兵が一人駆けつけた。みるみる近寄ってきた速度に驚き。
「発煙筒は自分です!」
駆け寄ってくる赤鹿警兵にロイは大声を出して手も大きく振りながら捕まえて木に縛りつけた詐欺師達の近くへ移動。その手には身分証明書。赤鹿警兵がロイの前で止まって顔をしかめた。
「弟が地区兵官で遠出の旅行のお守りに発煙筒を渡されました。警兵と名乗ったのに腕章や装備が異なる者が森へ誘導しようとしたので自己判断で捕まえました。木刀帯刀は許可証があります」
赤鹿警兵は眉間の皺を無くして周りを見渡して赤鹿から降りた。周りの者達は頷いている。
「その対応に身分証明書提示とは弟さんから学んでいるのですね。拝見させていただきます」
「はい。お願いします」
ロイから身分証明書を受け取ると赤鹿警兵は抜刀して赤鹿を連れて詐欺師達に近寄って上から下まで眺めて腕章部分を確認。
「ルーベルさん。この偽造羽織りによく気がつきましたね」
「詐欺盗賊話を父や弟から聞かされて覚えなさいと勉強してきました。弟の羽織りの実物を見ながら解説を聞いたので頭に残っていました」
「職員さえ気が付かないことがあります」
「弟もそうで教科書片手に解説してくれました。復習になったと」
そうなんだ。ネビーはすらすらロイに説明したのではなくて教科書片手に頑張ってくれたのか。
「装備の必需品も不足していると思いました。旅行道中、行交道で警兵の装備と暗記を確認しながら来たので違和感がありました。捕縛は牛車屋さんや他の方です。牛車屋さんも怪しんでいました」
牛車屋が警兵になにがどうなってこうなったか説明。
「見回りをすり抜けることがあるので皆さんで良く身を守りました。仲間が来たら尋問して一網打尽にします。皆さんは牛車で遠ざかってこのまま旅を楽しんで下さい」
森から盗賊が現れたり、森へ入らないと見越した待ち伏せ罠があってこの先で何かがあると困るので馬警兵が集まるまで私達は待機。
盗賊達は森の中から緊急発煙筒の煙を見て逃げた可能性もあるし、別件と思って待ち伏せ中かもしれない。
なので周辺安全確認をするし念のため一名警護をつけることになるだろう、と言われた。
赤鹿警兵は刀を握って詐欺師達を眺めながらロイに話しかけた。
「大変お手柄です。皆さんを危険から回避してくださりありがとうございます。お父上が本庁勤務で弟さんが番隊兵官で南地区からここだと心配して発煙筒を一つ二つ渡しそうです。手続きして申請が通れば買えますからね」
「はい。知らない者が多いので何かあったら周りも助かるから持って行きなさいと言われました」
義父は物知りだけど業務範囲外で発煙筒特殊購入規定までは把握していなかったそうだ。なのでエドゥアール旅行の時はなかった。
今回はネビーが職場で出張をよくする上司に「妹夫婦が東地区へ旅行します。最近の犯罪や防犯に役立つことを教えて下さい」と相談してくれた結果。
前回ネビーはそこまで気が回らなくて義父がネビーに頼んだから相談してくれた。二人一組になるのはやはり良い、と義父が言っていたけど帰宅してこの件を話したらまた同じことを口にするだろう。
「弟さんは実務正官なんですね。卿家で実務兵官がそもそも珍しいのに卿家がこの年齢で三等正官ノ下官も珍しいです」
パッと見ではネビーの年齢は身分証明書に書いてないけど数字の羅列から読み取れるのだろう。
「弟は学問がイマイチの代わりに剣術に秀でていたので半見習いをして推薦兵官狙いでさらに専門高等校へ通いました。高望み分浪人しています」
「それはまた……」
「父は野心の塊です。中官試験は後からですが跡取り認定も実務幹部、地区本部も狙っています。自分も中央に受かれと尻を叩かれました」
「とんでもないお父上ですね。成しているとは貴方も弟さんもさぞお父上の自慢でしょう。しかもこの件です」
ロイはネビーも実の息子、弟として話を進めている。
「見栄っ張りの父は息子二人は赤鹿に乗れる、と
言いたいそうで自分は軍事訓練で横入りで弟も今後警兵訓練をする予定です。うりうりされているんですがコツはなんですか?」
「赤鹿に好かれて信用されるしかないです。天邪鬼で気まぐれですがかなり賢いです。時間が掛かります。自分は赤鹿乗り家系で生まれた時から周りに赤鹿がいたので教え下手というか分からなくてすみません」
次の瞬間、赤鹿は前足で詐欺師の一人の頭をゲシッと殴った。次は隣の詐欺師の頭に頭突き。悪人に罰だろう。
「生まれた時からですか」
「ええ。弟さんは地区本部狙いなのに警兵訓練をする予定なのですか?」
「はい。父が凖警兵にして赤鹿乗りにもして視察官と監察官にもしてこういう旅行に業務で帯同させると言っています」
「……。お父上はそこにさらに地区本部……。まあ、急がば回れで今のことを成したら出遅れを取り戻すどころか追い抜きでしょう。監察官は卿家で早いんでしょうけど……。お父上は息子に総官狙をさせる勢いですよね、これ」
「地区最高裁判官の長男と南地区総隊長の次男、と言いたいんです。無謀な夢だし、万に一つ成せても任官時には亡くなっていそうなのに見栄っ張りで」
うんうん、と私は大きく頷いた。義父は酔うとその夢を語る。
凄いとロイは総最高裁判官でネビーは皇居守護兵で皇族付きって言い出す。それで友人達と夢を見るのは自由だと大笑い。その場にいたくないロイと呼び出されたネビーは苦笑いで義母は呆れ顔で接待から逃亡して私も片付けのフリをしながらそっと台所へ消える。
義母が私とリルさんの料理を自慢するのも見栄っ張りだからと言っている。
「期待の強い親だと大変ですよね。自分の親も赤鹿乗りの花形は警兵だ! と弓も槍も剣術も稽古漬けにしました。あまり才能がないのに」
「のらくら平均狙いで父が高望み出来ないようにしてきたんですが早く出世したら嫁と旅行だなんだと掌の上で転がされています。それでここにいます」
「自分も飴を与えられて育ちました。赤鹿警兵はモテるぞ、チヤホヤされるぞ、仕事で旅行も出来るぞ、みたいに。自分は運動神経が悪いから飼育者になったのに」
人見知りのロイが出会ったばかりの赤鹿警兵と和やかに談笑とは面白い。
「お父上は飼育者なんですか」
「はい。自分は豊漁ノ儀の期間の応援できたんで普段は南西農村区で働いています。卿家ルーベル家は愉快なのでお父上と弟さんに采配出来れば行交道で警兵訓練や軍事訓練で赤鹿乗り訓練ではなくて南西農村区へどうぞとお伝え下さい。野心家の弟さんが気になります」
「えっ。南西農村区勤務の方だったのですか」
「はい。大河を見てみたいから仕事はないか、出張はないかとゴネたらありました。そのように仕事で旅行をしたくて凖地区兵官も考えているので三区六番隊を候補に入れますね」
いやあ、ツテコネが欲しいからこんなに話しかけましたと赤鹿警兵は笑って身分証明書をロイに見せて「赤鹿警兵訓練を弟さんにもしかしたら」みたいに話した。
それから三区六番地から自分の暮らす街は遠くないから機会があれば赤鹿達を見に来て観光をどうぞという提案。
「この牛車のような運送赤鹿車や運送牛車が出ていて三区六番地なら一泊、二泊の距離なんで赤鹿乗り体験も是非。あはは。実家の宣伝です。卿家だと横の繋がりがあって来てくれそうなので」
「教えてもらわないと知らなかったのでありがとうございます」
ネビーもそのうち彼のように仕事で旅行をするのかな。義父は家族の旅行にネビーを同行させられるようにする気満々らしい。ネビーは給与をもらって家族旅行に参加しながら上手くいくと仕事の評価も上がるという。
また赤鹿が詐欺師二人に罰らしき頭突きをした。それで次々と馬警兵が到着。しばらくして私達は目的地の方へ進めるようになった。
ロイリル結婚→ロイ出世→次の出世前に飴→今回ロイ活躍→ネビーそのうち南西農村区で訓練→大狼襲撃事件(火樹銀花 縁結びの副神の微笑み13)→紫電一閃→ルル恋に影響
東地区で派手な出会いがないようで今回も派手なロイとリルの出会い運です




