未来編「因果は巡る糸車12」
色々な刺身が乗っているのに安かった並海鮮丼を運んで道場内で昼飯。
木の盾を持った兵官達に囲まれていたはずなのにどんどん人が減っていく。
俺達を警護する訓練なのに犯人役の三人が暴れ組を逮捕みたいに見えてくる。格好良い。両方の訓練なのかもしれない。
なにせ三人もたまに監視役に怒鳴られている。ネビーは幹部だけど下っ端幹部ということだ。
(海の海老って美味い。ちびホタテっていうやつも美味い。醤油の味に慣れないけど美味い。ネビーさんはやっぱり怖え。ルルさん関係で怒らせたらどうなるんだ?)
これはきっと教育総班としての仕事だろう。食べ終わる頃に兵官達が整列して挨拶になり午後は指導箇所の鍛錬という話をしていた。もうその午後なので昼食後って意味だろう。
副班長とネビーが来たので食事を中止して皆で挨拶。ネビーだけが残った。
「いやあ、楽しかった。許されて驚いた」
「都合がよかだったから。腹が減っているのに美味そうなものをバクバク食いやがって」
全くもってさっきまで怖くて格好良かった人に見えない。
「どんぶりを返しに行くからお前も店に行くか? 行っても俺らは仕事に戻るけど」
「いや、俺は弁当だから」
「あ、あの! あのネビーさん! お疲れ様です!」
おお。俺がどうにかする前にサジュが話しかけた。好機があれば話しかけると言っていた。
「おお。元気いっぱい。イオ、お前の下にいたっけ? いやバカだから忘れたんだな。どうもありがとうございます。そちらこそお疲れ様です」
ネビーはピシッとしたお辞儀をした。一昨日の夜も少し思ったけどこういう所はロイに似ている。同じ剣術道場に通っているからか?
自分のことをバカだからって変わった人かもしれない。
「ティエンが来たから新人の班が少し変わって新しい俺達の系列のユ班。こいつはサジュで隣がウラジ。まあお前はすぐに忘れるか。自分の部下であっぷあっぷだもんな」
「知っての通り多分脳みそが小さい。覚えられる量が少ないんだろう。かなり大事な事は覚えてるんだけどさ。ト班でユ班ってなんだよ。アイウエオって並んでいたら分かりやすいのに。じゃあな。弁当が待ってる」
サジュの勇気は虚しくネビーは去ろうとした。俺も用があるから慌てて声を掛ける。
「すみませんネビーさん!」
「ん? はい」
「ロイさんにルーベル家関係の手紙は屯所の事務所にネビーさん宛だと楽だと言われました。聞いていますか?」
「ええ。一昨日出掛けた時に。こっちは6防の事務所と思ったけど近いからハ組に持って行こうかと。そちらもハ組の事務所。事務員が屯所と6防の行き来をする人に預けてくれるかと。提案されなかったら頼んでみて下さい」
「ネビー。こいつのジイさんが来るまで親父の家に居候だから手紙のやり取りなら親父の家がええ。近いだろう。お前は親父の家に届けてこいつは事務所が楽だと思うぜ」
「仕事中だから仕事の事。あと弁当の中身は何かなって事で頭がいっぱいで聞くのを忘れていたから助かった。ティエンさんもイオもありがとうございます」
「うおっ。鳥肌立った。ありがとうございますって何だ」
「ああ。ティエンさん、ありがとうございます。イオ、ありがとな。こっちだな。俺もなんか気持ち悪かった」
イオ達とネビーはケラケラ笑い始めた。
一昨日よりも大人しくなくて下街男らしさを感じるけどお辞儀や仕草などの雰囲気がそこらの下街男とは全然違う。イオ達と並んでいるから火消しの雰囲気と違うのも分かる。
ロイと義兄弟。兄弟と言われたら見た目は全然似ていないけど雰囲気は似てると納得しそう。ネビーは地区兵官だからくだけ気味。それで終わると思う。
この後俺達は6防へ顔を出して案内されてハ組領域に戻ってまた地域案内。
区民に挨拶をしながら何かないか確認しつつ。大きな事はないけど小さな事はあるから働きつつ。
組に戻った後は道具手入れをしつつ知りたいから質問してハ組内の組織図を教わった。
書き付けをする事を「ど真面目か!」と言われたけど8歳から徐々に知っていく組内の事を今から覚えるんだから書かないと無理。ど真面目です! と答えておいた。
時々話が横道に逸れるから人間関係も少し見えてくる。遠巻きから開始ではなくて助かりまくり。
業務終了一刻前の鐘が鳴ってからかなり時間が経過してネビーがやってきてごくごく自然にイオの隣で一緒に道具手入れを開始した。
それでイオ達も「ありがとな」で終わり。大事な仕事道具に触っても構わないしむしろ任せられると信頼されているという事だ。
(なんだこれ。なぜネビーさんが来て一緒に働いているんだ? お互い何も言わないし)
「残業がなかった? お前は9時から区切りじゃなかったか?」
「ああ。9時から区切り」
火消しと違って地区兵官は8時間勤務の3交代。彼は日勤だったから朝9時出勤で17時に終了ってこと。屯所からここまでは小1時間。残りの小1時間はなんだ?
「1時間くらい……ああ、自主鍛錬してきたのか。お前はそうだな」
「そうだ。ようやく普通の勤務になってきた。順番に残業なしを回してるんだけど俺にも回ってきた。去年は死ぬかと思った。あれはもうゴメンだ。国の犬は辛い」
「去年の今頃よりももう少し後、五月だか六月に道で会った時にさ、熱い味噌汁が飲みたいって死んだ顔でボソッと愚痴ったよな。どいつもこいつも宿泊続きみたいな感じでお前も家に全然帰ってこないって聞いて気の毒だった」
昨年の地区兵官は殺気立っていたし徐々に疲労困憊の色が強くなっていって徐々に軟化していった。
それを乗り越えて離職しないで中官試験を受けたってネビーも含む現在も働いている兵官達ってやはりとんでもないな。
「確か五月だ。どこから聞いたのか知らないけどウィオラさんがその場で作れる味噌汁を持ってきてくれて感激した。しかもわざわざお膳。帰宅した気分になりますか? って。あれはお前のおかげか。差し入れもしてくれたしありがとな」
日勤休憩夜勤休憩準夜勤の繰り返しでおまけに残業ありなのに離職は死罪って噂を聞いたからその頃の話だろう。
皇帝陛下暗殺未遂に関与した内乱組織を少しも調べられていなかったから一連托生で死に物狂いで調べろという命令。
俺達の番隊も意見書を出したけど区民達も俺達の兵官——個人名——を殺す気かって文句を言った。不正防止で調査が入るし何度も何人もとかは無理な制度。
この感じだとネビーも多分個人名を挙げられた側で何かを免れたりした人な気がする。
二等小将官という地位や金を手に入れただけでは区民からの信用信頼や婚約者や友人達からの情は得られない。
「何度も聞いた。それなのにヤアドきっかけってことは忘れてるっていう。惚気ろ惚気ろ。あはは。昨年が酷過ぎたからお前が元気だと嬉しいぜ。髭面だし髪も伸び放題だった……最近長めだな」
「顔は変わらないけど祝言の時に髪型で格好つくかと思って何か出来るように長めにしてる」
「俺達がお前に似合う髪型を考えてやるよ。 色々弄ろうぜ!」
「いや働けよお前ら。でも惚れ直される髪型を模索してくれ。俺は自分で鏡を見て髪をいじる自分が気持ち悪くてやめた。坊主も似合う色男ならよかだったのにこの地味顔。この半年、本物整師に何度か頼んでみてる」
「半年かよ! 早く言えよ! 地味で凡々だけどリルさんと似てるから髪型とか化粧……化粧は出来ねえか。髪型でなんとか……女性はリルさんみたいに化けるけどお前はな。とりあえず試そうぜ!」
「お前らバカにしたいだけだろう。絶対変な髪にするから触るな! 全部前に持ってくるって変質者にする気か!」
ト班とネビーは手は動かしているけど楽しそう。下っ端ユ班はあまり喋ると怒られるので耳を傾けておく。
こうなるとネビーとリルが似ているのは顔くらい。全然大人しくなくて仕事中のあの怖さや威風堂々さも完全消滅。
容姿に共通点はないのになんだか今朝見たルルに雰囲気が似ている。いやルルが彼に似たのかも。
でもやはり落ち着いているというか凛として見えるとこもある。ネビーが嬉しそうに微笑んだ時にロイの笑い方に見えた。
ヒューッとほぼ同時に突風が強襲。
(ロイさんとネビーさんは義兄弟……。ヤベえ。ルルさんどうこうよりもその下になって凄い男になりたい。2人が常に近くにいるって……上地区本部なんて行きたくねぇ!)
ん?
そもそもルルも行きたくないんじゃないか?
家族親戚が地元が良いと反対するかもしれない。例えばアンが北5区から北1区へなんて言われたら嫌だし心配。それと同じ。
祖父や父のような火消しになりたいから組織の期待にも応えたいけど上地区本部所属にならない期待に応えられる6番隊での仕事ってなんだ?
相談したくなったら担当指導者と補佐官と……ルルと拗れたら6番地から逃げ出したくなるかもしれないからコソコソ知りたい。組織内で口にしたら何かが始まってしまうかもしれない。
参考意見を聞けそうなのは……煌護省勤めで仕事が出来そうなガイ?
カンッ!
鐘の音でネビーが手を止めて伸びをしてゆっくり立ち上がった。
(……)
カンカンカン。
満面の笑顔のネビーと目が合った時にカンッ! と鐘の音がして心臓が跳ねたのかと思った。
(うおっ! ロイさんの時みたいだ! っていうかネビーさんはどう思っているんだ?)
「ティエンさん」
「えっ? あの、はい! なんでしょうか!!」
急いで立ち上がって向かい合った。彼の背は決して高くないけどチビの俺と比べたら高い。
凛とした立ち姿はロイと同じように竹のようだと感じた。だから俺は竹が好き。青々として真っ直ぐな竹林は俺のお気に入りの場所なのでこの街でも見つけたい。
「バカなト班に呆れずによろしくお願いします」
ロイそっくりなピシッとした礼をされて俺も一生懸命真似した。
「後はえーっとサジさん。ウラユさん。よろしくお願いします」
「ウラジです。よろしくお願いします!」
「サジュです! こちらこそよろしくお願いします!」
……なんだこれ。どういう事だ?
ネビーもト班ってことなのか?
「うおいネビー! なんで俺らをこいつらにお願いしてるんだ!」
「いや、だって勉強教え係らしいからお前らを中官にするって事だろう? お前らと補佐官同士で話し合いって気楽そう。追試に受かったら補佐官ってやべえ。優秀な副官で固めて欲しいって頼んでいるし下っ端補佐官だけど無理そう。お前ら助けてくれ」
追試はいつだ?
試験に受かったら補佐官って副隊長補佐官の1人になるのかよこの人。他の監査が終わっていて評価もされているって事だ。
「そう言われたら学んでみようかなって思うな。お前に出来るなら出来そうな気がして少ししてる。親父の補佐官副官の雑用係」
生粋火消しが自ら進んでって珍しい!
「そうか。お前と会議や意見交流会はなんか出来そう。俺も何かしようかな。その前に小難しい規定や試験があれこれあるから無視してるけどイオがなんか始めたしネビーが乗り越えたなら」
俺が下っ端として入る新規組織ってこういう意識改革や勉強や監査指導に入るんだよな⁈
生粋火消しがしれっと自ら進んで嫌いな管理職業務にやる気を出した!
「ナック、お前も参加してお前ら競争しろよ。勝ったら……なにがよかかな。それも考えろ。何かしてやるよ。その餌と俺の為に働け。あはは。夕礼に行くよな。そこで待ってる」
片付けて夕礼に参加する為に移動。ト班は「中官とか無理」と言いながら勝者はネビーになにを要求するか、自分が勝つとワイワイ楽しそう。
(俺の話もこんな風に転んだのか? ウラジとサジュまでなんかやる気出してる。しかもお前らも参加しろって言われてる!)
6番隊はともかくハ組に特別指導者要らなくね? いや勉強や業務や監査関係で必要か。やる気を出したのにやっぱり面倒とか嫌いとそっぽを向いたりするし必要だ。
(耳を傾けてもらえて組織や自分に必要な仕事を相手に嫌悪感なくさせるって補佐官向き。いや向いているっていうか番隊副隊長の補佐官副官だ! 上に報告して定期的にネビーさんを利用した方がいいなこれ。何も教えずに来てもらうだけでも効果ありそう)
ネビーが出来たならって何だ。ネビーは特別だから出来る、ではなくて逆。
昔は出来ない人だったけど努力で乗り越えたなら……格好良い。
無理矢理実務職採用をさせられるなら俺は正官になる! と燃えた。結果は悲しいかな準官。だから情けないので正官を目指して励んだとは口にしない。
父は褒めてくれて祖父は俺の孫なら正官だと期待したのにである。裏でめちゃくちゃ褒められていたけど。
(ヤベえ。ネビーさんは最初から化物ダイみたいな人じゃないって事だ)
夕礼で改めて自己紹介をしてイオと一緒に帰ることになりネビーとも合流。イオとネビーと3人でハ組を出た。
これから行くのは祖父が来て家が決まるまでお世話になるラオの家。つまりイオの実家。
ネビーはそのままイオと話ながら俺達についてくる。……帰らないのか? っていうか何しにハ組に来たんだ?
イオは特に何も尋ねない。それで俺に北地区について尋ね始めた。南地区に来て何が違うとか気になるかという話題。
味噌の味や家の形のように違う事が沢山あるからしばらく毎日旅行気分みたいな返事をした。
「俺も息子の半元服祝いは北地区にするかな。ロイさんに浮絵を見せてもらってからエドゥアール温泉街に行きてえ」
「ティエンさんは国中のあちこちに行きたいですか? 旅行気分で前向きに働けるようですし。俺はそれもありかなって思った時があります。拠点があるから定期的に長めの出張って。火消しと兵官だと組織の様子的に違うか」
軽く腕を組むのんびりとしたネビーの歩き姿と今の喋り方はまるでロイ。そう感じた。やはり似ている。
凖警兵ってそれに片足を突っ込んでいるんじゃないか? その為に警兵業務をしている?
「節約して旅行はよかですけど追いかけたい背中が見えなくなるところにはあまりです。せっかく身近になったので文字の向こうよりも目や耳で確かめて学びたいです」
その背中が増えましたと言いたくなる。
「ロイさんって剣術の才能があまりないんですよ」
「えっ?」
突然ロイの悪い話ってなんだ。
「へえ、そうなんだ。体格とかあの感じだしお前と同じ剣術道場に20年近くだから強いのかと思ってた」
「キツい道場で辞めていく奴は多いのに細いし弱いし泣くし下手くそなのに辞めないで続けて約20年。俺みたいに才能がある奴はキツくても楽しく続けるけどロイさんは違います」
「おお、ロイさんってそんだけ好きなのか。卿家の仕事の為じゃないんだな」
「大会選手になるまで辞めないって言ってなった。他のところでならなれるのにずっとわざわざ上が沢山いるところに居るから10年以上くらいかかりました。兵官育成と手習を一緒にしている道場なんですよ」
この話を聞くとロイはますます格好良い。悪い話ではなくて褒め話だ。俺がロイに憧れと口にしたからだろう。
俺みたいに才能がある、だから剣術の才能はあるってこと。今日の訓練を見たら明らかにそうだ。
「それはますます尊敬します」
「ロイさんってそんなだったのか。今の感じしか知らなかったし熱い男で驚いた。でもなんだ急に」
「ティエンさんがロイさんに憧れて学校に通ったって聞いたから本人が言わなそうなよかなところと思って。誰にでも最初とか元々はイマイチとか色々あるってこと」
……それは俺を今はイマイチだと思うけどって意味か? 邪推か? この人に関しては邪推は当たらないから邪推か。
「そういやロイさんの知人ってなんだ。北地区でこんなに年齢も離れてる」
イオに尋ねられてネビーが俺に向かって微笑みかけたので自分で説明した。
「面白いっていうか不思議だよな。ロイさん達は節約と思って話しかけて何気なしに話しただけなのに他人の人生をこんなに大きく変えるって」
「ああ、驚いた。そんな事あるんだな。俺はエドゥアールへ行くぞ。ご利益の山ってこれだ」
「でも努力したのは本人だ。ロイさんはきっかけってだけ。その後は目標か。ロイさんが暴れてリルをぶんどっていった結果、俺は卿家でレイは老舗旅館の料理人。それも同じ。ありがたくきっかけを貰ったけど成したのは自分や応援してくれた人達のおかげ」
褒められた。遠回しに俺は褒められた。ロイを褒めた話と同じ流れでロイも似たような事を言ってくれた。約10年後に俺はロイやこのネビーみたいになれるのか?
「なんかお前珍しく真面目にええ事を言うな」
「珍しく、じゃなくてたまには言うぞ」
「まあな。また息子達と遊んでくれ。いつ来るってうるせえ」
「おう。来週夜勤があるからそこらへんな。ルルとロカは何になるんだか」
……ルル話。ついにルル話って事か?
何を探られるんだ?
いやこれまでの流れで俺は何を探られたんだ?
「ロカちゃんは薬師に興味って言ってなかったか?」
「今のところ。兄ちゃんや旅医者さん達みたいに誰かを助ける人になりたいって言われて俺は嬉しかった。来週末にロカの発表会があるけど行けるか不安。夜勤明けの予定で」
まるで父親みたいな台詞。28歳と女学生だから歳の差がある。ネビーとルルで既に9歳差。ルル話は出ないのか。
ルルの幼い感じはこのネビーの影響もありそう。少し見た仕事振りに今の感じに階級や役職からしてしっかり者の長男どころではない。
「お前は本当に親だな。そのうち本物の親か。来年にはもうだったりして」
「ちび親な。両親が4人もいるから気楽。口を挟んで失敗しても誰かが直してくれる。ルル、レイ、ロカは親が4人にちび親5人。ド貧乏から成り上がりで色々見てる。目が肥えたはずだから変な男には引っかからないと信じたい」
俺の事か⁈
凪いだ雰囲気なのが急に怖え。こっちは見ないようだ。ド貧乏から?
どんどん疑問が出てくる家族親戚だな。
「ルルちゃんとかヤバいよな。逆に嫁にいけなそう。あれは嫌。これは嫌。それも嫌。嫌々袖振り男心破壊女。ルルちゃんってどんな男に惚れるんだ? この世にいなそうな男の趣味そう。それで卿家の格でいくんだろう? 親戚も兄もだからまあ分かるけど」
イオは何か知っていてこの話をしているのか?
この世にいなそうな男の趣味ってなんだ。
そのルルにいきなり文通お申し込みをされた俺もなんだ。
「家の格はルーベル家の希望だから向こうが許せば別に。自分が美人だから見た目は要らない。代わりに家族親戚の男の長所があって欠点はない奴。特に俺や親父のド忘れ。身近にいる男達が基準なんだよあいつ」
「うおっ。嫌々女になる訳だ。そんな奴は居ねえ。ド忘れは楽勝だけどそんな男はこの世に存在しない。ロイさんとジンで既に難しいのに」
ネビーは?
ここに凄い男がいるのにイオは無視するのかよ!
俺の目標はロイでネビーが増えたと思ったけどあの色男の優しそうだったジンも横並びなのか⁈
ロイとネビーは双子くらいの義兄弟。ネビーとジンは義兄弟。
1人っ子の俺に凄そうな三人の義兄弟。ヤベえ。やはりルルどうこうよりも気になる。ルルは既に気になりまくりだけど。
「その通りでそんな男はいない。いつ気がつくんだか。気がつかなくてよか。ずっと家にいて兄ちゃん兄ちゃんって言ってウィオラさんに腹を立てていればよかだ」
「おっ、嫁と小姑に挟まれているのか?」
これは遠回しに俺はお前とルルに賛成してないからなって脅しか?
ネビーはこちらを見ないで前を向いて微笑んでいる。一昨日みたいな大人しさだ。
色々な面を見たけど素はイオ達と話していたあの感じだろうから何も知らなかった一昨日とは違って不気味だと感じる。
「挟まれてる挟まれてる。雑だのなんだのってやかましい。まとわりつかれてる。その癖俺の貴重な時間からウィオラさんを奪って楽しそうに遊びやがって。姉妹が増えて嬉しいですって言ってくれるから俺はあいつらとも同居か横並びの家にする」
「それがなくてもお前らはそうだろう。昔から仲がええ。まあ俺ら家族も近所だけど」
「火消しはわりとそうだよな。まっ、だからそこらの奴には奪われない自信がある。俺も含めて見張るから常識的ならまあ仕方な……ああっ!」
怖え、と思っていたら少し大きめの声を出されたのでビクッとなった。
「なんだネビー。ド忘れを思い出したのか?」
「おう。残業が少なかったらルウス達と飲むって言うていた気がする。いいや。俺はいつも雑参加だし。ウィオラさんが飲み会は無くなったんですか? って少し嬉しそうにしてくれる気がするから帰ろう。夕飯あるかな」
じゃあ、とネビーは来た道を戻っていった。俺を探るんじゃなくて宣戦布告と釘刺しかよ!!!
たかだか文通お申し込みなのに大人気ねえ!
しかしそれだけ妹想いって事。それにどういう奴なら良いと教えてくれたようでもあった。
「あいつ、お前の為に俺の実家に挨拶って言っていたのにお嫁様に会いたくて忘れた。そういうド忘れバカだ。しかも惚気やがった。祝言目前だから浮かれてやがる。まぁ道場でロイさんと喋って思い出して2人で来そう」
俺の為に仕事後にハ組に来てくれてこうして一緒に歩いていたのか。
仕事が終わりましたって婚約者の家にわざわざ行って会うのか。それできっと夕食をどうぞって歓迎されるってこと。
「むしろこちらから2人にお礼を告げます」
「別に頼まれたからじゃなくて欲しくて喧嘩して奪っただけだから挨拶は要らないって言うておいてくれ。それでネビーには俺の家に来て息子達と遊べって」
「はい! ありがとうございます」
新生活を気にかけてくれたロイに手紙を書く予定だったのでそこに色々追加しよう。
こうして俺はハ組幹部の一人である火消しラオ家に招かれて本日より居候生活開始。寝る前に机に向かってルルへの返事を思案。
(ルルさんも上地区本部周辺暮らしは嫌だろうとか、義兄が欲しいとか、俺はどこまで妄想を広げるんだ。どう考えても既に穴に落ち気味)
ネビーに宣戦布告されたけど彼に妹を任せられるという評価をつけてもらえたら鼻が高い。ロイも同じく。
出世なんてどうでも良い。尊敬する人に褒められたい。俺は昔からずっとそう。そうやって生きてきて結果はなんとかついてきた。
2人を育てた父親も立派に違いない。ガイは片鱗を見た。普通にもてなされただけなら気がつかなかった一面を釣書交換と会話で知れた。
(竹細工職人レオさんは不明。ネビーさん風かもな。気さくで謙虚な感じなのに実は凄い人的な。男は父親の背中を見て育つ)
前にハウルになんか聞いたな、と思い出して俺はわりと良さそうな案を思い出して大事な最初の手紙を作成。
ロイ宛は特に悩む必要がないのでスラスラ。新生活のとっかかりでお世話になったネビーへも短いお礼の手紙を書いた。
組織が送ってくれる手紙に家族宛の手紙を追加出来るのでそれも悩む内容はないからすぐに終わり。そうしてその日の夜はしっかり眠れたようでイマイチ。
俺の頭の中はみたらしの歌だらけ。
★
翌朝、俺はハ組の事務所に手紙を預けた。頼む前に6防へ行く者に届けさせると言われたのでお願いした。
幹部のネビー宛だから業務連絡みたいに受け取られた雰囲気。この日は半日勤務で午後は夜勤明けで仮眠後のラオと生活準備関係。
水曜日、木曜日、金曜日も終わり。
来週、再来週に返事があると思うのに三日で長いと感じる。なにせ次からが本番の文通だ。
(……いや。返事なしって事もあるか?)
そもそもだ。見張り付きで良いのでいっそ出掛けてさせて欲しい。
(お出掛けの検討は両家でします……。最低でもジジイが来るまで禁止って事だ! あとちび皇子はどうなった! ジジイが来ないと話にならねぇ!)
平家なのにお嬢さんだから知人がいても、家が分かっていても、俺的には少し歩けば着く場所にいても遠い存在。
つまり逆に気になってしまう。俺も平家だからとホイホイ会いに行ったら非常識だと家族親戚に蹴散らされる。また偶然見かけないかな。




