花見編3「ロイの謎のお嫁さん」
あっという間にロイの祝言日到来。俺達学生時代からの友人は挙式に華添えと単に騒ぎたいので神社で宴会。
本日の俺達の宴席参加者は11人で5人は初めまして。同じ学校だったけど教室が違ったロイとベイリーが入っていた将棋趣味会の友人達。ロイというより多分ほぼベイリーの友人。
俺もロイとは友人だけど親友未満みたいな仲。2人で出掛けたことはほぼない。
ロイとベイリーやロイとヨハネくらいまでは難しくてももう少し親しくなれないかと思っているが共通の趣味が無いし家も近い! という程ではないし職場関係の繋がりも無い。
そろそろだけどロイ御一行はまだ来ない。
「あのわりと派手目な宴席はロイさんの剣術道場の関係者らしいです。後で野点に参加して挨拶をしますか」
俺達の先導者ベイリーが皆の升にお酒を注いでくれた。
「琴の連奏とは素敵です。宴席まではしないみたいですけどこの人の集まり方。自分の時はここまで人が集まる気がしません」
ヨハネが羨ましいなというように人混みを眺めた。それは俺も同意。
「あそこにいるのロレンスさん達だよな? ロイさんと何か繋がりあったか?」
「ジミーさんが教室長仕事をさり気なくロイさんに流していてロイさんはいつもロレンスさんとやり取りしていたからかと。お互い剣術道場に通っているから大会で会ったりするのでは?」
「ロイさんは剣術道場の方は寝耳に水だったらしい。ロイさんって昔から縁の下の力持ちだから宴席はしなくてもお祝いしたい人が多いのかもな」
ロイは人見知りで慣れないとそんなに喋らないし表情筋も死にがち。人が多い場では聞き手側。
しっかり者の気遣い屋で誰に言われなくて働いている。それで自慢なんてしない。
それで良い奴なんだろうなと好かれるけど体格や雰囲気に人見知りからくる無愛想で遠巻きにされがち。
あの無愛想さは「俺をバカにしてるんだろう」みたいな誤解も発生させる。
「おおおおお来た。……お嫁さん小さいな」
「意外。ロイさんっていつもこうスラッとした背が高めの女性に会釈を返していたからそういう系が好みだと思っていました」
「綿帽子でお顔が見えませんね」
「お嫁さんのお母上は若くて美人ですね。似ているんですかね?」
「妹さん達は小さいから参列しなくてお兄さんとお姉さん夫婦が参列らしいからあのお姉さんに似ているんですかね? お母上とは少し顔立ちが違います」
冷やかしがてら近くへ行ったけどロイは緊張しているのか俺達に気が付かないようで無表情で前を見据えている。
歩き方がぎこちないと俺達はコソコソ笑った。なにせ何度か手足が同時に出た。
お嫁さんは小さいのと綿帽子と俯きがちなのでやはりお顔が見えず。凛と背を伸ばして余裕みたいな歩き方なのでロイより緊張してなさそうだと感じた。
思い出話に花を咲かせて酒を楽しみロイの兄門下生のお嫁さんや娘さん達が開いてくれた野点も楽しみ二次会のお店に移動してロイが来るまで飲みたい放題。
そうして主役のロイが現れて話をしていたら衝撃的事実が発覚。
「へっ? 今日初めて喋った?」
「はい。ようやく話せました」
「な、なんでですか⁈ ロイさんは仕事帰りに一目散にかめ屋へ行っていましたよね⁈ 毎日毎日!」
ヨハネが素っ頓狂な声を出した。
「いやあ、照れて話しかけられなくて。下手に喋って結納破棄されたら嫌だと考えはじめて」
「お嫁さんは何を考えてロイさんと結婚したんですか⁈ 玉の輿だからですか⁈」
「いやあ、格上相手なら誰でも良かっただと凹むから聞きたくないです。聞きません。でもニコニコしてくれていたのできっと大丈夫です」
わりと衝撃的なのは美人に文通お申し込みをされても微笑みで会釈だけだったロイが照れ照れというかニヤニヤ笑っていること。こんな顔するんだ。
「お兄さんに聞いたら励みたい、働く、頑張ると言うてくれているそうで実際に花嫁修行で太鼓判……というか横取りされるところでした。危なかった」
そこからロイはひたすらリル話。というか大体は「旦那様と呼んでくれるなんてかわゆいです」とか「白無垢も色打ち掛け姿もかわゆかったです」である。
ベイリーが改めてなんとか聞き出して料理上手で努力家の働き者だから横取りされるところだった話も聞けた。
またしても衝撃的だったのはリルは女学校どころか寺子屋にも通ったことがなくて花嫁修行は読み書き計算からだったこと。
それで卿家の嫁が務まるのか?
「リルさんが待っているのでもう帰ります」
「ロイさん今夜どうする気なのですか?」
アレクが聞きにくいけどかなり気になることを質問してくれた。
「……。明日は特別休暇なので母の機嫌を見てリルさんと出掛けます。ようやく出掛けられます」
「まずはお出掛けからということですね」
「はい。噂のデートからです」
そうなのか。
俺達も明日仕事なので解散。
ロイは見たことのない顔、照れ笑いばっかりだったな。リルって凄い。いや女性が凄いのか?
久々に集まって楽しかったけど飲み過ぎて気持ち悪い。これが最低あと4回あるのは楽しみだ。
このようにロイの新妻リルは俺にあれこれ衝撃を与えた。俺だけでは無いと思う。それからこのような結婚は上手くいくのかとずっと心配。
祝言日に初めて喋ったのだから気が合うのか不明で母親問題は解決したとしても家柄の違いは考え方や価値観に生活ぶりの乖離と同じである。
それから俺とロイは文通で交流。予定が合えば新妻と会わせてくれるというか会って欲しいと言ってくれたのに中々予定が合わない。
まずロイがしばらく母親のご機嫌取りとリル口説き優先でさらにそこに剣術道場の出稽古は休みたくないである。
それで俺には俺の予定があるから噛み合わない。
ロイとリルの様子は同じ柔道道場に通うベイリーからちょこちょこ話を聞けた。
俺は覚えていないけどリルは父親似らしい。ベイリーによれば「リルさんはちんまりで凛としたリス。リスさんと呼びそうになる」らしい。
雅な月見弁当を贈られたとか職場でロイが無言で弁当自慢をしている話を聞いた。
少ししたらベイリーに「お嫁さんと一緒に海釣りに行った」と言われた。
「日焼けで痛くなるから見た目無視の完全防備と気合いが入っていました。岩場をひょいひょい歩くし事前に餌のみみずも用意。大人しい方だけど大人しくないです」
みみずも用意って本気の釣り人だ。
「趣味は釣りですか。へえ、逞しい方なんですね」
「ええ。力もわりとあります。ガイさんと自分と一緒に大きな黒鯛を釣った後に大人しめですけどはしゃいで歌って踊っていました。エリーさんと気が合う気がします」
さらにリルが分からない。ちんまりで凛としたリスで力持ちで歌って踊る。すっとしたリスの姿しか想像出来ない。
ベイリーが婚約者の名前を口にするのは久々。それで「ん?」となる。
2人と同じ町内会のアレクによれば「エリーさんは才色兼備の淑やかお嬢さんで高嶺の花。町内会どころか女学校。白百合の君。まぁベイリーだしな」と聞いている。
今出たリルの話とそのエリーが気が合うとはなんだ?
「お嫁さんはやはり料理上手でテルルさんと一緒にお刺身のお造りやタタキに西風料理まで披露してくれました。あれは美味かった」
「ロイさんのお嫁さんは西風料理を作れるんですか。かめ屋での修行結果ですか? この結婚経緯でテルルさんと仲が良いんですね」
「それがロイさんとお店で食べた料理の作り方や味を推測したからもどきですなんて言うていたんです。西風料理が得意ではないガイさんがこの味付けは食べやすくて良いと大絶賛。あれは美味かった。料理好きだからテルルさんと気が合うんでしょうね。2人であれこれ作ってくださって見た目も華やかで料亭料理みたいでしたよ」
この後ベイリーはアクアパッツァを美味かったとさらに3回言ったのでかなり美味しかったようだ。
お店で食べたから作れるって何者?
ロイの新妻リルは凛としたリスでかなりの料理上手で大人しそうなのに釣りが趣味で力がわりとあって大物が釣れたら嬉しくて歌って踊る。
詳細が分かったのに謎人物から謎人物化。
ベイリーによればリルは会話の間が不思議で「ん?」となったり言葉選びも少し変わっているらしい。
でも愛想良しの気配り上手。なにせ早朝からの海釣りなのにわざわざ手の込んだお弁当、それも朝食と昼食を作ってきてくれたそうだ。
それがまた握り飯に香物だけみたいなものではなかったらしい。
俺は9月末にヨハネとお茶会に行ったので別視点の謎嫁リル話を聞けた。
「お嫁さんはお父上似でした。リルさんはリスさんです。お顔がリスに似ています」
「ベイリーさんもリスさんだと言うていました。そんなにリスさんなのですか?」
「ええ。笑っていない時はおすましリスです。笑うとやはりニコニコリスです。ロイさんがどんぐりを贈りたくなると笑っていましたけど自分も試しに渡してみたくなります。どんぐりの形の練り切りとか売ってないかな」
ベイリーもヨハネもこう言うのならリルはリスなのだろう。……人なのか?
いや挙式で見て人だった。
「兄上が縁談を始めて先方に家族で会いたいと言われるのでロイさんと予定が噛み合わないんですよね。リスさんが気になるのに」
「彼女は甘いものを好まれているのでそのうち甘味処かお茶会に一緒に行けるでしょう。新生活が落ち着いてきたらロイさんはお嫁さん自慢をするために家に招いてくれる気がするんですよね。ベイリーさんがアクアパッツァが美味かったとずっと自慢してきます」
ヨハネとベイリーはリルに月見弁当を贈られてそれが雅で美味だったとベイリーに聞いていたけど、ヨハネからさらに「老舗旅館の厨房に欲しいと言われた意味が分かりました」という話を知れた。
ロイの母テルルは料理上手で見栄えも良いものを作ってくれていたからロイはどうやら母親似の女性を選んだようだ。
反対から一転お嫁さんと仲良くなったのは自分と似ているからとなるとリルはテルルを若くして顔をリスにした感じ?
特技と趣味が料理で愛想良し。そこは同じだ。テルルが釣りをするとかあの凛としていて大人しい感じなのに歌って踊るのかなど他は不明。いや凛としたリスで大人しめらしいから俺が知らないテルルは実はそんな感じ?
まあリルが具体化した気がする。
「甘いものは見るのも苦手みたいなロイさんが噂のパンケーキのお店を予約したなんて驚きです」
「ずっとニコニコ嬉しそうにお嫁さんを眺めていましたよ。お嫁さんは大人しく見えるのにガイさんとベイリーさんと海釣りに行って岩場をひょいひょい歩いていたそうです。それで帰宅したらテルルさんと一緒に西風料理その他。ロイさんはそんなに自慢しないのにベイリーさんがアクアパッツァが美味かったとまだ自慢してきます」
こうなると気になるというか早くリルに会いたくなる。
秋になるとロイに「試験に受かったらリルさんと旅行させてくれるらしいから遊べません」という手紙が来てほぼ音信不通。
柔道道場でベイリーに会った時に聞いたら「ロイさんの気合いは尋常では無いです。あの真剣さというか熱心さは勉強では初めてです」らしい。
日頃からコツコツ積み重ねて試験前だからといって勉強への熱意をそんなに変えなかったロイの新しい一面。
やがてロイにもリルにも会えないまま年が明けてベイリーに「ロイさんがヨハネさんよりも早く同期最速出世してエドゥアール旅行だそうです。お土産を買ってきてくれそうな気がします」と教えてもらった。
「えっ⁈ ロイさんこの間の試験に受かったんですか⁈」
俺なんて上司に「受けると恥をかくから手堅く来年」と受験却下されたのに。
「ヨハネさんはいつものごとく武術関係が落第生で今年は捨て試合。だから悔しいと。来年何人かと同期最速と思っていたのにロイさんに抜かれたって」
「ロイさんは何でもそつなくこなすから総合試験には強いですけど平均すると普通より少し下でしたからね。うわあ。両親に黙っておこう。ロイさんと似た成績だったでしょうと期待をかけられてしまいます」
「自分は逆に自信がつきました。今年の試験は手堅い気がして。上司にも惜しかったと言われました」
「ベイリーさんは平均すると普通より上の男ですからね。ロイさんは相当努力したんですね」
「今回の結果を見るとロイさんって面倒だから平均前後狙いでのらくらしていたんじゃないかとさえ思います。試験前に小説に夢中な時もありましたし」
前に立つのは嫌だから教室長に推薦される前に副教室長。
これ以上すると教師に頼られそうだから「他の方にそれとなく回そう」みたいなこともちょこちょこあった。
試験勉強でロイが解説してくれて覚えられたところをロイ本人が「ど忘れしました」と無回答の時さえあった。
振り返るとロイは出たく無い釘で面倒くさがり!
そうして音信不通気味だったロイから新年の挨拶の手紙が来てサラッと出世したことが書いてあった。
その後の「妻と旅行出来る」という話の方が内容が多かった。それ関係の情報が欲しいとか旅行準備などで忙しいので新年の挨拶は旅行帰宅後みたいな内容。
新年の挨拶は毎年交代だったので母テルルの体の様子を見てこちらから我が家に新年の挨拶へ行きますと認められていた。
そうしてようやく俺はロイというかルーベル家と約束を取り付けた。
会うまでにベイリーに「ロイさんは奇想天外な旅行をした」とか「婚約者とリルさんが文通を始めた」とサラッと教わった。
そういえばベイリーの婚約者を俺は全然知らない。
聞いても話さないから尋ねなくなったのに最近急に「エリーさんがリルさんにリス! と失礼なことを言うた時はヒヤヒヤしました」とか「エリーさんがリルさんが来るなら花見に来たいと騒ぐのでウィルさんはハチを連れてきて欲しい」とポロポロ喋るようになった。
俺は間も無く謎のリルに会えて次は謎のエリーにも会えるようだ。
「そうそう。ヨハネさんはそそくさと結婚お申し込みをするそうです」
「えっ? ええっ⁈ そろそろ簡易お見合いをして色々な女性と交流してみようかなって言うていましたよね⁈ この間会った時に簡単なお茶会をして茶道姿を見てもらうって話は聞きました。一緒に少し道具を考えましたけど」
「その方以外には会わずにお申し込みを断っています。ご両親に急がなくて良いのだから色々な方から選んだら? と言われても無視です無視。急がないからお見合い回数が増えたり結納期間が長くて良いからとにかく彼女に袖にされるまでは他の方とは会わないと」
これは寝耳に水!!
「ヨハネさんはそんなに熱を上げていたんですか⁈ しれっとまだまだ分かりませんって言うていましたけど」
「ヨハネさんはモテ男だからお相手の方が萎縮や遠慮をしていてそれを自信家と真逆のヨハネさんが脈無しと感じてオロオロです。しれっとではなくて落ち込みの方です。ヨハネさんってたまに分かりにくいですよね。どうしたら良いとか聞かれませんでした?」
「出掛け先とかお店とか聞かれて甘味処やお茶探しに関しては一緒に下見に行きました。おお、相談されていました!」
「甘味系はウィルさんって言いながら自分も付き合わされました。ロイさんが出世後恒例の残業祭りで不在がちで自分1人でヨハネさんの愚痴やらなにやらの相手で疲れます。かなり愉快ですけどね! あはは」
こうなると同じ職場は羨ましい。ヨハネが上を目指すよりも友人と同僚狙いにした意味を今さら理解。
人付き合いが下手で高等校生になってようやく深い仲の友人が出来たから卒業後にその縁が離れるのは人生の損と口にしていた。
気がついていなかったけどヨハネに頼られていたのは嬉しい。
「リルさんとロイさん経由で脈ありみたいな話とお茶会主催はどうかと提案されてこの間終わりました。簡易お見合いを始めた噂を聞いた他の男性からも簡易お見合いのお申し込みがきたと知ったヨハネさんは横取りされるかと結婚お申し込みを決意したそうです。半結納してもらって横槍なしで交流というか口説きたいと」
「ええええええ。ベイリーさんも早いと来年祝言でヨハネさんがそれでロイさんなんてあっという間に紙婚式。完全に置いてかれてます!」
「母がロイさんとヨハネさんの仲人になり損ねて悔しいからウィルさんの時は早めに教えろとうるさいです」
「こうなると遅れたくない気がしてくるしそろそろとっかかりくらいと思っているけど兄が終わらないと両親の望む条件が決まりません。手堅く卿家なのか少し野心なのか」
急に友人達の世界が変わってきたと動揺。
ベイリーに「結局条件よりもその人みたいな気持ちが大事そうですよ。ロイさんもそうですしあのヨハネさんがまさか選り好みもせずに一直線は意外」と告げられた。
そういう自分なんてずっと一筋だろうと口にしたら「いや、まあ」と言葉を濁された。
ロイは「興味はあるけど母がうるさいしそれこそ嫁姑問題が嫌だから時期がきたら母に丸投げ。その中で気の合う方」と言っていたしヨハネも「同年代の女性はわりと皆さん素敵に見えるので兄同様おじい様が選んだ方々の中から気の合う女性。その前に少し練習かなぁ。無駄に苦労とか傷つくのは嫌なので時期がくるまで女性を避けておきます」だった。
蓋を開けたらロイは「リルがええから家出してでも結婚する!」と狂ったし、ヨハネは祖父に「お前は兄よりもしっかり者の理性屋だから好きに縁談探しをしなさい。相談はしなさい」で最初に出会った女性にそのまま一直線。
謎だ。ロイといいヨハネといい女性との縁結びは謎話に思えてきた。
兄や他の友人達や町内会の男性達も色々なお見合いをしているけどもう少し詳しく聞くべきな気がする。
ベイリーのように幼馴染と昔からもありそうでそんなに多くない。
俺の人生には何が起こるんだ???
さてこうして俺というか我が家はついにロイの嫁リルと対面した。




