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39 真っ暗闇のナイショ話



 年越しに先駆けて行われるお祭りで、ルクレツィアは古くからパストーレの宮廷で行われていた行事を復活させた。


 この日は家臣を集めて盛大な神事と舞踏会を開く習わしだったらしいと、書庫から発掘してきた文書から割り出したのだ。


 カッシア夫人を始めとした領内の有力な家にも協力を依頼し、かくて十年間途絶えていた儀式が復活することになった。


 聖堂から大司祭を招いて大規模な祈りを捧げさせ、最高の楽団を招いて、誰も聞いたことがないような新しいオペラを連日演奏させた。


 宗教劇にも新しいオペラの劇形式を取り入れたので、遊興施設に乏しいパストーレの人たちには新しく見えたらしい。


「すごいわ、宗教劇があんなに面白いものだなんて思わなかった」

「奥様はイルミナティからいらっしゃったのでしょう? あちらはやっぱり楽しいところなのでしょうね」

「ラミリオ様のお召し物も最新流行なのでしょう? 男ぶりがますます際立って……」


 黒髪を男性用リボンカトガンでゆるく束ね、細身で丈の長いベストとジャケットにそれぞれ複雑な刺繍をほどこしたラミリオは、無彩色の紳士が多い宮廷で、目立ちに目立ちまくっていた。


「イルミナティの王子様ってあんな感じなのかしら」

「ねえ、ちょっと憧れてしまいますわよね」

「いいわねえ……」


 ルクレツィアは地味な喪服を身にまとい、表情も控えめに取り繕ってはいたけれど、ラミリオが褒められに褒められているので、鼻高々だった。


 ――そうよ、旦那様は素敵なのだから。


 ルクレツィアは表情隠しの扇子をパタパタッと広げ、にっこりと言う。


「きっと服のせいでそう見えるのですわ。皆さまやそのお連れ様にも着飾っていただいたら、この宮廷はもっと目の保養になることでしょう」


 パストーレの民が憧れるような、素敵な宮廷にしたい、というのがルクレツィアの野望だった。


「奥様こそ、喪服でなくなったときがどんなに楽しみかしれませんわ」


 と、お追従を口にしたのはカッシア夫人だった。


「今日はお料理も催し物も本当に素晴らしかったですわ。まだお若くていらっしゃるのに、なんてすごいのかしら。わたくし感心しきりでしたのよ」

「まだまだ半人前ですわ」

「まあ、でしたら来年はもっとすごいものが見られるのね。本当に頼もしいこと」


 そう思ってもらわねば困るので、ルクレツィアは余裕のそぶりで笑っておいた。


 来年も、再来年もまた来たいと思ってもらえれば、宮廷はますます栄えていくことだろう。


「ラミリオ様」


 ダンスの始まりになって、ようやくルクレツィアはラミリオと二人で会話する隙を得た。


「今日、わたくしが何度羨ましがられたかお分かりかしら? 皆様、ラミリオ様が王子様みたいっておっしゃるんですのよ」

「勘弁してくれ」


 嫌そうな顔をするのは照れ隠しだと、ルクレツィアは知っていた。


「皆様、夢を見ていらっしゃるのですわ。壊さないようにお気をつけあそばせ」

「知らないよ、本当に噂ってのは勝手なことばかり言われるもんだな」


 ゆるやかなステップですれ違い、向かい合い、踊りながら軽口を叩き合う。


「仕方がありませんわ、ラミリオ様のその見た目では」

「またずいぶん派手な服を着せてくれたな。不死鳥みたいだ」


 炎の中から蘇るという金の鳥がラミリオの着ている服と絶妙に似ているので、ルクレツィアは声をあげて笑わないようにするのが大変だった。


「とてもよくお似合いですわ。ラミリオ様の漆黒の髪に映えて」

「まあ、君が喜んでくれるならいいけど」

「わたくしとっても喜んでおります!」


 真紅の刺繍は、ラミリオがふと気を緩めた瞬間に見せる猛禽のような鋭いまなざしにもよく合っていた。


 もっとも、ルクレツィアには、柔和な、甘すぎるくらいの笑顔しか見せてはくれないのだが。


 いくつものダンスを、笑いながらラミリオと踊った。


 少し休憩が挟まれ、ルクレツィアはラミリオに連れられて、二階の書斎に戻った。


 深夜で誰もおらず、扉を閉めたら真っ暗闇になってしまい、ルクレツィアは慌ててラミリオの掲げた手燭の方に寄った。


 かつん、と音がして、手燭がどこかに置かれたのだと分かる。


「ルクレツィア」


 呼び声を頼りに近づいていくと、いきなり抱きすくめられた。


 言葉はもう、いらなかった。


 夢中でキスを交わし、無言で固く抱きしめ合う。


「あぁ……喪の終わりが長いな。まだ半年もあるのか」


 ラミリオのぼやきにくすくすと笑って、ルクレツィアは幸福にひたりきった。

 



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