第291話 砂漠を行く三人
倍返しの雷を受けたベルフェゴールの肉体が傷ついていく。
痛覚や反応などすべてを失っていても、強烈な雷を受けては反撃することもできないみたいだ。
十分だった。
「まさか、お前の力に助けられるとはな。恐れ入ったよ」
一番力にならなそうと思っていた奴が、一番恐ろしいやつなのかも知れねえな。
まだ色々とアルテアからは禁断の恐ろしい魔法が出てきそうだ。
「アルテア、この空間を解除してくれ」
「ほいほーい」
アルテアの軽い返事とともに、異空間がバラバラに砕け散り、元の砂漠の世界へと俺たちは戻った。
目の前には肉体を破損させた敵。隙だらけだ。
「おいしいとこどりで、気が引けるが……いくぜ! ふわふわ空気爆弾!」
乾いた音が破裂する。同時にベルフェゴールの肉体が四方に飛び散った。
かなりグロい光景ではあるが、アンデットを倒すにはこれぐらい破損させねえとダメだって話だからな。
「おい、私もやる!」
やられた鬱憤を返すかの如く、鋭い目つきのユズリハは、痛む体を引きずりながら口を大きく開けた。
「消滅しろッ!」
レーザー光線のような幾重にも重なった光の砲弾が飛び散ったベルフェゴールをかき消していく。
「おお、怖い怖い」
「ふん、いい気味だ……はあ、はあ…………ふう、はあ……ッ」
「にゃは、いやー、危なかったじゃん。あたし、ちょいビビったし」
さすがにこれだけやられりゃ、アンデットだって……
『ふははははは、見事だ。まさか、ダークエルフの残党が居たとはな。ヴェルトとやらの腕前を見るつもりが、予想外の結果だった。だが、仲間に恵まれるのも才能とも呼べるがな』
俺たちを称えているのか、からかっているのか、愉快そうに笑いながら拍手が聞こえてきた。
一瞬で不愉快な気分になった俺たちの目の前には、再びネフェルティが俺たちの前に現れた。
『なかなか、やるではないか。ベルエフェゴールの真価は発明や研究といった分野で発揮する者であったため、自我のない戦闘兵としての能力は高くはないとはいえ、見事であった。まあ、天候魔法は干ばつの激しい余の国で、農作物を育てるための雨を降らせるためには有効であると分かっただけで十分だ』
この野郎。ぜんっぜん、ショック受けてねえようだな。
少しぐらい驚いたり、悔しそうにしてくれりゃいいのによ。
「つーか、何だかんだで頻繁に登場しやがって。暇なのか? つか、他の戦場はどうなんだよ?」
『なかなか楽しい余興を見せてくれておるぞ? 地形が変わるほどの戦闘で迷惑は感じているがな。まあ、いかに有能なアンデット兵であっても、所詮はアンデットでは、四獅天亜人や、あの鬼族、そしてチロタンを始末するまでには至らんだろうがな』
仮に、ベルフェゴールが七つのなんたらで最弱だとしても、キシンやカー君がやられるとは思えねえ。
つまりだ、俺たちはこいつのとっておきのようなアンデットすら蹴散らして、時間しだいでネフェルティの下までたどり着けるってことだ。
なのに、なんだ? こいつのこの余裕は。
『ふふ、まあ、しばらくは砂漠の旅を楽しむが良い。さすがに余とて、複数の七つの大罪を動かしていると、他の下級アンデットは作り出せん。お前たちはそのまま丸一日北へ進めば、我が王都にたどり着けるであろう。では、良い旅を』
そう言って、ネフェルティは姿を消した。本当に謎めいた奴だな。
チロタンみたいに分かりやすい魔王だったら、もっと楽だったんだがな。
「だー、また一人で勝手にベラベラ言っては消えやがって。胸糞ワリーな。つか、どっから見てんだ? 俺たちのこと」
「いやー、いろんなやつがいるんだな~、つか、ヴェルトと一緒にいると、変なのとばっか会うじゃん」
テメェもその変なのの一人だよとツッコミを入れたかったが、まあ、今回はこいつのおかげで助かったし、よしとしよう。
「まあいい。王都まで丸一日っつってたな。なら、飛んできゃもっと早いだろ。ユズリハ、頼めるか?」
「はあ、ふう、はあ、……」
「ユズリハ?」
「ふう……」
ユズリハの反応が鈍い。何があった? と思って表情を伺ってみると、かなり疲れた表情をしてる。
「ッ、おい、ユズリハ!」
「ユズっち、どうしたっしょ!」
「……う、るさい」
足取りも重い。思わず体を受け止めてやったら、体も少し熱くなってる。
思えば、ドラゴン化した時に、俺たちを庇ってかなりのダメージをくらってはず。
「お前、怪我が……」
「うるさい。触るな、ゴミ」
「ちょー、ユズっち、マジ体調悪そうじゃん。それなのに、最後の最後であんな無理するから」
いつもなら、噛み付いたり、辛辣な言葉を掛けてくるユズリハの反応も鈍い。
どうやら、怪我もそうだし、かなり疲れてるんだろうな。
無理ねーか。どんな強力な種族でも、まだガキだしな。
こりゃ、飛んで背中に乗せてくれってのも難しいな。
「仕方ねえな。ほれ、乗りな」
「ん? んんっ? えっ!」
「わお、やさしーじゃん、ヴェルト」
俺は屈んでユズリハに背中を向けた。
まあ、人型ならこいつは軽いしオンブしてくぐらい……
「えっ、ゴ、ゴミが……何を企んでる……」
「企んでねーよアホ!」
「う、そだ、信じられん」
と思ったら、ユズリハはゾッとした表情で引き気味で、後ずさり。
「あはははは、まあ、あたしらからすればそうでもないけど、ユズっちからすれば珍しーんじゃね?」
「ゴミが優しいのはありえない。きっと、何か裏が……」
「ユズっち、ないないって。こいつはそーいう奴だって。ま、あえて言うなら子供が出来て優しくなったんじゃね?」
「子供、そうか……」
なに? 俺ってそんな扱いなの?
まあ、いいけどさ、別に。
「そうか……子供が出来ると優しくなるのか……なら、もっと増えれば……でもどうやって?」
なんか、ユズリハが顎に手をおいてブツブツ呟きだしたが、やっぱ意外と元気か?
だが、そんな中で、アルテアはケラケラ笑いながら、俺の肩に手を回してきた。
「つーかさー、ヴェルト、オンブはなくね?」
「なんでだよ!」
「はあ? あんた、馬鹿じゃん! アルーシャは前世でオンブ惚れしたんだから、それを他の女にやったらまずいじゃん! ユズっちだって女の子なんだからさ」
「えっ、つか、そのイベントは有名だったのか? 俺とアルーシャと神乃しか知らねえエピソードだと思ってたけど」
「いや、クラス全員知ってたけど?」
「なんだと? なんでだよ。見てたのか?」
「いや。アルーシャにカマかけたら、クラスメートの前で勝手に独り言で自爆した。まあ、クラスの男子でショック受けてる奴もいたけど、大半がニヤニヤしてた」
前世のことながら、その光景が鮮明に想像できるのが恐ろしい。
つか、前世ではまるで気づかなかったけど、そんなことになってたのか。
「おい、ゴミ。何の話をしてるか分からんが、私もオンブは嫌だ。オンブは胴体が密着する。私の体の七割がゴミと密着するのは耐えられん」
「んじゃ、肩に担いで……」
「こらこら、ヴェルト、ダメじゃん。ユズっちはセメント袋じゃないんだから、そんな運び方しちゃ」
なにやらニヤニヤしてて怪しい表情のアルテアが、変なジェスチャーをしてきた、まるで母親が赤ちゃんを抱っこするような……
だから、やってみた。
「……これでいいのか?」
「……あぅ……」
「あっはっはっは! うひゃ~、これ、アルーシャに見せたいわ~、ユズっちはどっかの国のお姫様みたいだし、リアルお姫様抱っこっしょ!」
軽いから俺は楽なんだが、ユズリハは俯いたまま無言。
だが、体がプルプル震え、熱のあった体も、更に熱くなってる気がする。
そして、
「がぶうううう!」
「いでええええ、首に噛み付くんじゃねえよ!」
「却下だゴミ! ゴミの顔を見上げながらの移動は却下だ! っがぶううう! ッ、顔が近い、ゴミゴミゴミゴミ!」
疲労からか、甘噛みになってるが、それでも噛み付かれた。そこまで嫌か……
「だー、わーったよ。じゃあ、これでいいだろ……ふわふわ宅配便……」
「へっ?」
浮かせて持ち運びすりゃいいんじゃねえか。これなら楽だ。
「がぶううっ!」
「えっ、嫌なのか! なんでだよ!」
「なんか嫌だ! モノを運ばれているみたいだだ」
「はあ? ハナビはめっちゃ喜んでくれたのに!」
「我慢する。だから、だっこにする。すごくいやだ。身も毛もよだつ。でも、だっこにしろ!」
とまあ、かなり無駄な時間を過ごしちまったが、俺たちはこの一面砂漠の世界を、ユズリハをお姫様抱っこしたまま空を飛んでいた。
「へ~、空飛ぶってのは何げに初めての経験だわ。運ばれてる感じはするけど、これはこれでいいんじゃね? な~、ユズっち」
「うるさい。黒ゴミの感覚と私の感覚を一緒にするな」
「おんや~? ヴェルトの胸に顔を埋めて、なになに? 匂いとか嗅いでる系?」
「ゴミの匂いを嗅ぐ訳ないだろう! 殺すぞ! まったく………………くんくん」
「おお、なに、そのちょっとホッとしたけど、すぐに恥ずかしがって顔を埋める系の動作! ひゃ~、マッキー居たら一緒に爆笑してたよ」
「うるさい、ゴミゴミゴミ、黒い汚物め!」
「も~、冗談だって、ユズっちは可愛いな~」
「ゴミイイイイ! ゴミ! ゴミ! ゴミ!」
うるせえ……。
しかし、ユズリハも生意気だけど、アルテアとは相性が悪いのか、からかわれたまんまだな。
どう見ても、弄られてるようにしか見えねえ。
まあ、そのアルテアも、あんな潜在的な力を持ってりゃ、見る目も変わってくるわけだけども。
「しっかし、あれだね。マジ砂漠ばっかじゃね? いつからあたしら、エジプトに来たんだ?」
「まあ、気持ちわかるけどよ。つか、今気づいたけど、魔族組が一人も居ねえから、国の状況がまるで分からん」
「おお、ほんとだ! あははははは、まっ、聞いても分かんねーしな」
もう、何十分と飛び続けてるが、一向に砂漠の果てが見えねえ。
まさか、砂漠ばかりの国とは思ってなかったから、少しだけ不安にもなった。
まあ、丸一日歩けば王都に付くとか言ってたし、このペースならもう少し早くたどり着けると思うから、メシとかそういう心配はあんまりしてねえが、まるで未知の世界に放り込まれたかのような感覚だった。
思い起こせば、俺は十五歳で世界に飛び出したものの、世界や情勢をよく知るファルガとウラと一緒だったし、脱獄してからもそういう解説してくれる奴らはいっぱいいたから、そういう不安は無かった。
でも、今、俺の傍にいるメンツは、この二人。
次に何があるのか、どんな王都なのか、まるで見当もつかないというのは不安ではあった。
「それに、コスモスはやっぱ心配だな。エルジェラの他に、誰か居てくれりゃいいんだけどな」
「あっ、それなら心配なくね? 多分あたしらの誰よりもソッコーでコスモスっちを助けに行く奴いるじゃん? 元魔王の」
「…………まあ、それもそうだな」
今は、チーちゃんのロリコンレーダーに賭ける。
頼むからコスモスを守ってほしいと、心から願った。
だが、俺がそんな真面目な想いを心で呟いていると、アルテアは柔らかい笑みを浮かべた。いつものアホヅラじゃない。
「ヴェルトって、大変だね~」
「あっ?」
「子供が出来て、パッパとして心配して、今度はウラウラが寝取られそうだから助けに行って、いつ襲いかかるか分からないアルーシャに警戒したり……」
「まーな。モテる男はツライという言葉を最初に考えた奴は天才だな」
「あはははは、マジでそうだね」
いつもならアホヅラでからかってくるアルテアだが、どうも今は雰囲気が違う気がした。
どこか、微笑ましいものを見るような、母性的な印象を受ける。
「つかさ、ヴェルトってさ、マジで全員嫁にする気?」
「はっ? なんだよ、改まって」
「べっつにー、話題作り? 気になったしさ」
「ん、まあ、そうなんじゃねえの? エルジェラとはそうだし、ウラにはそう宣言しちまったし、アルーシャは……本人次第じゃねえの?」
「ふ~~~~~~~~~~ん」
「……なんだよ、その思わせぶりな反応は」
急に何の話題だ? と思ったら、結構ガチで聞いてきてそうな雰囲気がした。
思わず、俺もどもりそうになった。
「あんたさ、コスモスっちの言ってたオネーチャンについて、どう思う?」
それか。
ほんと、それについては、気になっていないといえば嘘だからな。




