第258話 目覚めの朝
昨日は、何だか笑いあった気がした。
疲れるまで笑い、そしてなんだかスッキリした気がした。
その気分と言ったら、ゴミ溜めの中で寝ることができるぐらいだ。つか、まさかここに寝泊りするとは思わなかった。
毛布もベッドもないどころか、過酷すぎるこの場所は、そこらの森で野宿するのとは衛生的にも桁が違う。
だが、それでも昨日はみんなそれを受け入れていた。
「あら」
その時、俺は隣で体育座りしていた女と目が合った。どうやらこいつも今目が覚めたみたいだ。
つか、お姫様のくせに、随分とワイルドな環境で寝ていたな。
いや、戦争でよく戦場に行ってるから、あんまり大したことないのかな。
「おはよう。あさ……ううん、ヴェルトくん」
「ああ、おはよう。アルーシャ」
「うふ、うふ、うふふふふふ」
「あんだよ」
「いいえ、別に。ふふ、おはよう……か……目覚めて一番に話をする相手が君なんてね。もうこれ、人生の伴侶と言っても過言ではないのではないかしら?」
「お前はなんだ? もう、オープン路線なのか?」
ちょっと気恥ずかしいものがあるが……って、アルーシャがスゲー、ニコニコしてるご機嫌っぷりだ。
とりあえず、これ以上話をすると余計に何か調子狂いそうになるから、切り上げよう。
「他の奴らは?」
「昨日は遅くまで盛り上がっていたからね。キシンくん、アルテアさん、そしてマッキーくんとジャックくんが中心に、人の迷惑も考えずに歌い続けてたからね」
「くはははは、この島の住人も驚いただろうな。この島にたどり着いて以来、一番騒がしい夜だっただろうからな」
まあ、ちと悪い気もするが、それでも昨日はそれぐらいしなければ俺たちはやってられなかった。
「おお、ヴェルト君、どうやら起きられたようじゃな」
「バルナンド、テメェも早いな」
「まあ、朝起きて素振り一万本は日課じゃからのう」
頭に手ぬぐいまいて、上半身裸で爽やかな汗を輝かせているバルナンド。
なんとも健康的なジジイで感心した。
「みんなは、まだ寝ておるぞ。まあ、グッスリ寝ていて、逆に安心じゃ」
「だな」
「さっき見たら、アウリーガも俯いたまま、しかしグッスリと眠っているようじゃった」
「ほ~」
「もう、何年も悪夢にうなされていたようじゃからのう。まあ、しばらく眠らせてあげたほうが良いじゃろう」
「ま、そうだろうな。つか、俺もいろいろと疲れがたまってたからな」
思えば、この数日は怒涛過ぎて、ゆっくりすることなんて出来なかった。
監獄から出て、いつも何か衝撃的なことばかり起きて、戦ったり、そんなんばかりで夜もゆっくり出来なかった。
温泉村でリフレッシュしたつもりだったが、一番心が解放されたのは、昨日だったかもしれねーな。
「ヴェルト君」
「ん?」
俺がそんな風に考えていると、バルナンドが温かい眼差しで俺を見ていた。
そして、たった一言だけ告げた。
「ありがとう」
「……やめろ、照れくせえ」
もう俺たちは大丈夫だ。バルナンドの顔を見て、そう確信できた。
まあ、こいつはまだマッキーと解決しなけりゃならないこととかはあるんだけどな。
だが、それをこいつもこの場でほじくり返す気もなさそうだ。
今はただ、これでいいんじゃねえのか? と、こいつも受け入れている様子だった。
「ま、みんなが起きるのはまだ先になるだろうけど、こっから先、お前はどうするんだ? バルナンド」
「ほっ? どうするとは、どういうことじゃ?」
「お前さえよけりゃ、俺たちと一緒にこねーか? まあ、マッキーと気まずくなるかもしんねーけど、なんか、それでも大丈夫じゃねえかなって、思ってな」
俺は、不意にそう聞いてみた。
今回会えたのは、運命か偶然なのかはわからない。
こっから先、俺たちが本格的に世界へ出るとしたら、もういつ会えるか分からないからだ。
しかし、バルナンドは少し寂しそうに微笑みながら、首を横に振った。
「道場もシンセン組もある。それを放っておくわけにはいかんからの。せっかくの申し出じゃが、バルナンド・ガッバーナにおいて、その二つはこの世界で手にした掛け替えのない存在であり、繋がりじゃからな」
やんわりと断られたが、まあ、そりゃそうだろうな。
「そっか………居てくれりゃ、頼もしいんだがな」
元々、こいつは自由に動き回れるような存在じゃねえ。
亜人の中でも代わりのいない存在だ。
俺たちの気まぐれな旅に同行できるほど、暇人じゃねえか。
まあ、それを言うなら、この隣にいる女も、同じことが言えるわけで……
「アルーシャ、あのさ……」
「私は帰らないわ」
「………あ」
「帰らないから」
「で」
「か・え・ら・な・い・わ♪」
「だ」
「か・え・ら・な・い・の♪ ちゅっ♡」
なんか「聞くんじゃねえよ、この野郎」みたい威圧感のあるニッコリとした微笑みで、ウインクしながら投げキッスしてきやがった。
いや、さすがにお姫様がこれ以上はどうなんだ? つか帝国どうなってんだ?
死んだとか、誘拐されたとか、なんか知りたくもねえけど、怖い展開しか想像できないんだが。
「私は、帝国も聖王も関係ない。私のやり方で世界を救うことにしたわ。これは、私個人で考えた、私自身が選んだ道よ。断じて……断じて、フォルナたちが居ない今こそが大チャンスとか……じゃなかったわ、世界を、そう色々と救ったり既成事実をつく、世界を救ったり、もう余計な勢力やライバルが増えないように排除、じゃなかった、世界を救ったり、そう、救ってみせるわ」
…………いや、そんなニッコリ言われても……
「そうか、アルーシャさんはヴェルトくんと共に、その道を進むか」
「ええ。だけど、あなたと友になれたということは、例え離れても変わらないわ、バルナンドくん」
「ほっほ、そう言えば、ワシらが初めて再会したときは、敵同士だったと思うがのう」
「あら? 出会ったのは、昨日が初めてでしょう? 昔は、綾瀬という子と、宮本という人が再会しただけよ」
「ふぉーっふぉっふぉふぉ! 随分と丸く、そして砕けた方になったもんじゃ、アルーシャさん」
まっ、いっか。なんだか、この二人のやり取りを見ていると、改めてそう思わされた。
「あっ、そうそうヴェルト君、これから旅をする上で、君に言っておくことがあるの」
すると、アルーシャはコッソリと耳打ちするように呟いた。
「昨日……君に、シてって言ったでしょう? あれ……いつでもOKよ?」
「ぶっ!」
「ふふ、な~~~~んてね、ウ・ソ♪ …………っていうのが、ウソ」
「どっちだよ! つか、お前、本当に性格変わったんじゃねえのか?」
「そうね、自分でも驚いてるわ……というより、嘘とホント……どっちがいいのかしら?」
「おま………!」
「ふふふ、ちょっとみんなの様子を見てくるわ。行きましょ、バルナンドくんも」
イタズラ混じりの笑みを浮かべながら、みんなのもとへと走り出したアルーシャ。
いかん、ここであいつのペースに乗せられると、なんか今後過ごしていく上で、かなり面倒なことになりそうだ。
気を引き締めてかねーとな。
「………ふう………」
薄汚れた空を見上げながら、一息ついた。
すると、その時だった。
俺の視界に、あるガキが目に入った。
そいつは、昨日と全く変わらない態勢のまま、蹲って、微動だにしていなかった。
まあ、あいつにはあいつの絶望があって、そして心が折られた。
それがあいつの生き方なら、俺には関係ねえ……
「……よう、生きてるか?」
なのに、何でだろうな。
なんで、俺はこいつに話しかけちまったんだ?
「……また、君か」
顔も上げずに一言つぶやくラガイアは、実にウンザリしたように一言だけそう言った。
「まあ、そう言うなよ。昨日は騒がしくして悪かったな」
「ならばもう、消えてくれ。もう、関わらないでくれ。……ここは……君たちが居るような場所じゃないから」
そう、これから世界へ出ようとする俺たちには、もうこの世界を見限ったこいつらの住むこの世界に居るべき存在じゃねえ。
分かってるよ、そんなことは。
でも、何でだろうな? なんで俺は、昨日みたいにこいつの隣に腰を下ろしてんだ?




