第257話 もうやめよう
俺たちを見るアウリーガの表情は、驚き、そして恐怖していた。
俺たちに、どれだけ恨まれているだろうかと、ずっと想像も出来ないぐらい苦しんでいただろう。
記憶を取り戻してからずっと、何をすれば良いのか、どう謝罪していいのか、どうしたら罪滅しができるのかが分からず、苦しみ続けていたんだろう。
身じろぎ一つせず、ただ全身を震わせて立ち尽くしていた。
「アウリーガ……ワリーな。普通、修学旅行だったら、バスに乗ったら運転手とすれ違い、そしてバスが発車したら運転手の名前を教えてもらえるんだろうけど……あんたの前世での名前どころか顔も思い出せねーよ」
これが美人なバスガイドさんなら話は別だが、運転手までは覚えてねえよ。顔だってハッキリ見たわけでもないしな。
正直な話、もともと俺らの中ではそれぐらいの扱いだった。
まさか、こんな形で「初めまして」をするとは思わなかったがな
「俺は………この世界で……多くの人に、勇者になれと言われた……」
語りだしたアウリーガは、なんとか呂律が回っていた。
宮本相手に錯乱し続けたが、今この状況下で驚きすぎて逆に落ち着いたのか?
どちらにせよ、懸命に言葉を探しながら、俺たちに向かい合っていた。
「でも、亜人や魔族と戦う内に……どうしても……種族なんて関係ない、みんなで仲良く笑い合える世界を……と……誰かがみんなをまとめることができれば……そんな世界が作れると…………」
だが、次の瞬間、カッと目を見開いて、喉が潰れるほどに叫んだ。
「その世界をかつて壊したのは俺だ! みんなで仲良く笑い合っている子供たちから未来を奪ったのは俺だ!」
結局、落ち着いたのは最初だけ。すぐにアウリーガは頭を抱えたまま崩れ落ちて悶え、苦しんだ。
「思い出したのは、本当に突然だった……い、今でも、夢に見る! あの日、突如としてハンドルを切り、車体が大きく揺れ、直前までは楽しそうに雑談したり、お菓子を食べたり、ゲームをしたりして笑い合っている子供たちの声が……一瞬で、悲鳴に変わり……ッ! ガードレールが破れ、世界が何回転もして……」
話を聞いていくたびに、俺たちもみなあの日のことを思い返していた。
綾瀬は堪えきれずに泣き崩れている。
「ッ、あ、も、燃える車体が……薄れる意識の中、ピクリとも動かなくなった子達が私の目の前に……く、あ……あっ、ああああああああああああ! この、この人殺しが! あ、ああああああ! バカやろうッ! バカやろうッ! 死んでしまえ、このクソ野郎ッ!」
「アウリーガ……」
「何でだ! なんで俺はこの世界で勇者なんて呼ばれている! なぜ、人々から羨望の眼差しで見られている! なぜ、俺を見る幼い子供たちは、あんなにキラキラした目で俺を見る! やめろ、やめろ……アアアアアアアアアッ!」
俺たちの恨みがどうとかというよりも、コイツ自身は自分自身の罪に耐え切れずに、ずっと苦しみ続けてきた。
「それ以来……どんなに考えても罪の償い方が分からないんだ……この世界の人をどれだけ救ったって、君たちにはなんの関係もない……むしろ、私を英雄だなんて讃える人の輪の中に居て、そんな中で君たちの魂に私の罪を非難され、罵倒されたら……」
だから、アウリーガは姿を消した。当時はまだ誰とも再会していなかったから、この世界に俺たちが居るとは思っていなかったんだろう。
人類を救い続け、それで英雄として称えられ、それで何の意味があるのかと。自分の罪が少しでも軽くなるのか?
そう自問自答を続け、耐え切れなくなったんだ。
「別に許しを乞おうとは思わない。ただ、それでも、どんな形でも君たちに形のある謝罪をしたかった……償いをしたかった! でも、この世界でどんな償いをすればいいのか、全く分からなかった! 償うべき君たちも、遺族にも、私は会うことはできない! 裁判も、賠償も、社会的な制裁も何一つ、私は受けることがなかった!」
そして、何年もの苦しみの末、アウリーガは宮本と再会した。そして今日、俺たちに会った。
「お願いだ………殺してくれ……もう、この命でしか償う方法は何も思い浮かばないんだ! 君たちに、君たちの手で殺されることでしか、私は何一つ償いができないんだ!」
転生後の人生でようやく見つけた、償う相手と、償い方。
自分が殺した相手に殺されること。
それが、アウリーガの唯一の心からの望みだった。
「……そうだよね……」
その時、苦渋にみちた表情で、それでも加賀美は口を開いた。
「不思議だよね……この世界では、あんた以上に非道なことをしてきたのに……俺はあの事故をやっぱり許せないよ……マッキーラビットが自分のことを棚に上げてと言われるのは分かるよ。でも、加賀美だった俺が、それでもあんたを許せないよ」
ああ、分かってる。あれが事故だと割り切れるやつもいれば、それでも誰かを恨まないとやっていけないという奴もいる。
仕方がない。それは、考え方はそれぞれだからだ。
「ああ、……その通りだよ……君の想いは間違っていない……間違っているのは、全部俺だったんだから、全ては俺から始まったんだ」
アウリーガ自身もまた、それを肯定し、そして受け入れようとしている。
みんなもまた、二人を止めることも、間違っていると言うこともできずに、様子を見守っていた。
だが、その時だった。
「へい、リューマ。ユーは?」
事の成り行きをずっと見守っていたミルコが、俺に問いかけてきた。
「正直、ミーはもう、ピンと来ない。まあ、キシンとしてのライフがベリーロングというのもあるが、もう、ミーの中では、あの日のことはメモリーにしかなっていない。バット、ミスター加賀美の言い分も、アンダースタンドでもある。ユーは、どうシンキングしている?」
二人にではなく、ミルコはここで俺に聞いてきやがった。
その一言で、綾瀬たちも皆が俺に視線を集めた。
いや、おい、そこで何で俺なんだよ。とも文句を言ってやろうかとも思うが、だが、今は問われたことを素直に答えようと思った。
「俺もあれで大きく人生が変わった。この世界に転生し、ガキの頃はずっとひねくれて、親も周りも、全部本当の俺を理解していない、本当の俺を知らない奴だと思っていた。だから、全員が他人だと思っていたし、イジけていた。多分それは、俺がヴェルト・ジーハではなく朝倉リューマとしての想いの方が強かったからだ。だから、もしあの時にアウリーガと会っていたら、多分心の底から罵倒しまくって、最後にはぶっ殺していたかもしれねえ」
でも、俺はそこから確実に変わった日があった。
後悔をしたことだ。
親父とおふくろが死んで、ヴェルト・ジーハという人間の人生が、どれだけ尊いものかと理解した日だ。
「親父とおふくろが死に、後悔と失意の底にある中で、俺と一緒に泣いてくれたフォルナ……そして、先生が言った言葉で、俺は気づいたんだ」
あの日、先生は言った。
―――これだけは覚えておけ、お前はヴェルト・ジーハだ。朝倉リューマは関係ねえ。そして、ヴェルト・ジーハを心から愛してくれている人がこの世界に、お前の傍に居る。それは、紛れもない事実であり、本物だ
それを思い出し、そして俺は気付いた。
「……先生は、俺にそう言った。それから俺は、ヴェルト・ジーハとして生きてきた……つもりだった。でも、それでも未練で神乃を探したり、そしてお前らと再会していくうちに、……そして、今日、アウリーガと会って、俺は気づいたよ」
「what?」
「まだ俺は、ヴェルト・ジーハとして生ききれていないことに気づいた。前世のことは前世のことと、簡単に割り切れないでいるところがそうだった。先生は、前世で遺した家族の幸せを願いながらも、この世界で、この世界の人間として生きているってのにな」
俺はまだ、ヴェルト・ジーハとして生ききれていない。
「だから俺は、考え方を変えることにした」
ならば、どうするか?
「綾瀬、加賀美。さっき話したよな。あの日に死んでよかったと思うのか、この世界に転生できて良かったと思うのか。あの日に死んだことを呪うのか。この世界に転生したことを呪うのか。もう、そのどれもをやめにする。備山の言うとおりだ。俺も、この世界にヴェルト・ジーハとして生まれてきたことを幸せに思うことにした」
だから、俺はこの世界で生まれたヴェルト・ジーハだ。
もう、重要なのはそこだけなんだ。
それをハッキリさせるためにも、俺は決意した。
本当に大したことじゃないかもしれないし、形だけかもしれないが、それでも俺たちには重要なことだ。
「だからみんな、もう今日からやめねえか?」
何をやめるのか。俺の言葉にみんなが首を傾げる中、俺は続く言葉を言った。
「俺たちさ、今日からもう、前世の名前で呼び合うのはやめにしないか?」
誰かに「朝倉」と呼ばれたり、「加賀美」とかで呼び合うから、いつまでもしがみついたままなんだ。
「ッ、ちょ、それって……それって、つまり……」
「OH~、そう来たか」
「うわ~、マジ?」
「なんと、君からそういう言葉を聞くとはのう……」
「な、あ、あさくら、くん、なに言ってんのさ……それってつまり……」
みんな戸惑っているが、そりゃそうだ。
もう、前世の名前で呼び合わない。それはつまり、前世と決別することを意味するからだ。
「まあ、お前らの間同士でやりたくなけりゃ、好きにしろよ。その代わり、もう今から俺のことを、『朝倉』とは呼ばないでくれ」
正直今更だし、名前を呼び変える必要はないかもしれないが、少なくとも俺にはそれは必要な儀式だと思った。
「だから、今日から俺はお前のことを、綾瀬とは呼ばない。アルーシャって呼ぶ」
「ッ!」
「もうミルコって呼ばねえよ。お前は今日からキシンだ」
「フフ……OH~」
「今日から宮本とは呼ばねえ。お前はバルナンドだ」
「ほほ、なんか変な感じじゃのう」
「備山じゃねえ。お前は……お前、この世界では、なんつー名前だっけ?」
「はっ、マジボケ? ふざけんなし! アルテアだっつーの!」
「ジャックポットは、ずっと、ジャックのままだ」
「ん~? よー分からんが、つまり今度から名前は統一っちゅう話やな? あ~、良かった。あんさんら、色んな名前で呼び合っとるから、混乱しとったんや」
一人ひとりを確かめるように、俺は初めて面と向かってこいつらの子の世界での名前を呼んだ。
そして、
「だから、お前は今日からは俺にとって、マッキーだ。加賀美じゃねえ」
「ッ、…………あさ……く……」
「朝倉じゃねえ。俺はヴェルトだ。覚えておけ」
形だけでも? 形からでも入らねえと、いつまでもズルズルしたままだからな。
俺はそう、きっぱりと、加賀美……いや、マッキーに断言した。
「ぷっ……ふふ、ふふふ……」
すると、懸命に笑いをこらえる声が聞こえた。
アルーシャだ。
アルーシャは必死に両手で口元を抑えているものの、ついにどうしても抑えきれなくなり、声に出して笑った。
「はは、あははははははははははははははははははは! 君が、君がなんて似合わないことを、真面目な顔で何を言うかと思ったら、ふふ、あははは!」
気づけば、アルーシャの笑いを皮切りに、みんな声に出して笑っていた。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ!」
「あーはっはっは、マジおかしい! マジくっさ~、あんた、もう、そういうキャラ? マジウケる~!」
うっ、わ、悪かったな。
不機嫌そうににらみ返すが、こいつら全員「クサイ」とか「デレた」とか、「キャラじゃね~」とか爆笑し続けてる。
だが、爆笑して涙を流しながらも、皆は次々に笑みを浮かべながら、改まった。
そして、
「私は、アルーシャ・アークライン。今更だけど……末永くよろしくね、あさく……ううん、ヴェルト・ジーハくん♪ マッキーくんも、キシンくんも、アルテアさんも、バルナンドくんもね」
アルーシャは、どこかスッキリしたような顔でそう言った。
すると、他のみんなも次々と名を名乗り始めた。
「OH~,ミス・アルーシャに「くん」付されるのは、サプライズだ。ミーは、キシン。ハロー、マイフレンド!」
「ワシ、この年齢で「くん」付もどうかと思うが、バルナンド・ガッバーナじゃ」
「うわ~、みんな青春野郎だね~、って、いいんじゃね? 私もこういうノリ、マジ好きだし! んじゃ、私はアルテア・マジェスティック! 名前忘れたやつ、マジギレだからね!」
「お~、て、こら、ワイも自己紹介するんか? ほな、ジャックポットや! これで、ええんか?」
そして、皆がひとりの男を見る。
マッキーだ。
「…………………………ッ」
誰よりも前世に強い未練を遺したこいつはどうするのか?
ものすっごい嫌そうな顔で睨みながらも、段々何かを観念したような顔に変化しているのが分かった。
「卑怯……マジ卑怯……そんな数の暴力、マジで卑怯。この場で俺が暴れたら、野暮なの俺じゃん」
「……別に、お前がやりたくなけりゃそうすれば? その代わり、それでも俺はお前をマッキーって呼び続ける」
「うわ~~~~~、うっわ~~~、パナイ! マジパナイ! ひどくパナイ! 断ったら、俺だけ仲間はずれじゃん」
マッキーが頭を抱えてグルグルのたうち回る。卑怯と言いながら、何だか少しずつ表情に光が戻っているように見えた。
「も~、ほんと、マジパナイじゃん……なんだよ、それは……『ヴェルト君』……」
その瞬間、俺たちはまた大爆笑していた。
珍しく照れ隠しをしようとするマッキーが、新鮮で堪らなかった。
「ま、待ってくれ……ッ、ミヤモトくん!」
その時、ただ呆然とした表情のアウリーガが声を出した。
だが、その言葉に間髪いれずにバルナンドが返した。
「聞いたとおりじゃ、アウリーガよ。ワシはただの、バルナンドじゃ」
「っ、しかし!」
「どうるすのじゃ? 加賀……マッキーよ。おぬしは、こやつをどうしたい? ワシ自身、君との決着はいずれつけねばならぬ。だが、目の前のこやつについて、おぬしはどうしたいのじゃ?」
その問いかけに、マッキーはジッとアウリーガを見ながらも、すぐに鼻で笑った。
「なあ、アウリーちゃんよ。あんた、どんな償いをすりゃいいか分からねえって言ってたな。……正直、なんも思いつかねえよ。それが答えだ」
「そ、そんな……」
「だが、まあ、まだ俺に加賀美の未練があるとしたら、なんだろうな……あんたの魂が世界を超えても、罪悪感の中で今日まで苦しんでたって聞いて、俺の魂もようやく成仏できたような気がするよ」
そして、マッキーは笑った。狂った悪意のこもった笑いではない。
ただ、心の底から笑ったような顔をしていた。
「アウリーちゃん。俺があんたの前世にこだわることはない。俺は、まあ今をパナイぐらい楽しんで、これからも生きていくよ」
「ッ、あ、う……あ、あああああああああああああ!」
アウリーガが涙を流しながら叫んだ。
正直、アウリーガの前世の贖罪が終わったかどうかなんて誰にも分からない。
でも、俺たちは、少しだけ見えている世界も変わり、少しだけ大人になった気がした。
「おい、ゴミ、いつまで話をしている? もう、いい加減、どっか行こう。腹減ったぞ」
「…………ユズリハ~……」
「ひっ!」
「今、ちょっと青臭いシーンなんだから、空気読め!」
「ひ、ひーーーん! い、痛い、や、やめ、もう、お尻ダメ! う、ご、ゴミの所為で! 私をのけものに、ん、あう、ダメ!」
ゴミダメの島なのに、少しだけ世界が輝いて見えた気がした。
「こらこら、ヴェルト君、ユズリハ姫をイジメないの……ふふ」
「お、おい、なんだよ、アルーシャ、随分と機嫌良さそうじゃねえか」
「えっ? そうかしら? でも。ふふ……だって、ねえ?」
「あっ?」
「だって、君は言ってたじゃない? もう、前世にはこだわらないのよね? なら、もう神乃美奈にも拘らず、今の君に一番近い人を大切にするっていう意味なのよね?」
「あ、あ~~~~、ほら、よく言うだろ? それはそれ、これはこれって」
「……………………はっ? ッ、この、ヴェルトくん!」
なんだろうな、その言葉は、口にしたら絶対に安っぽくなるし、俺はキャラじゃないから絶対に言いたくはねえ。
でも、これって、なんか「アレ」だよな。
「OH~、ヴェルト、ミス・アルーシャをあまり追い詰めると、ピンチだ!」
「ふぉふぉふぉ、若くてええの~」
「つか、ヴェルト、あんたユズっちのお尻叩くとか、ふざけんなし! このエロエロリコン野郎!」
「ユズリハ~、ワレ、ちゃんとお利口にせなアカンやろ!」
「ま、ようやくいつもの空気というものだゾウ」
「ひはははは、もーいいじゃん、ヴェルト君はさっさと、二人を手込めにして、あは~ん的なことをしちゃえ!」
そう、「アレ」だ。
何だか俺たち、今日になってようやく、本当の仲間になれた気がした。




