第252話 ゴミの中の住民たち
日が沈み始め、世界が闇に包まれていくことで、ゴミための島が余計に怪しく不気味に映る。
色んな能力が混じり合って匂いが軽減されたのか、それとも単純に嗅覚が慣れたのか潰れたのか分からないが、今感じるものはこの視界に映るゴミ山のみ。
軽く島に上陸して地面と呼べぬ瓦礫の破片に乗ってみるが、やはり安定していない。
あちこちで木片や鉄の破片が散らばり山となって、島全体を上手く見わたすことができない。
本当にこんな所に生物が暮らしてるのか?
「堂々たれ! マジェースティック!」
「ヘイヘイ!」
「ライライライ! ライライライライライ!」
「へいへい!」
「ライフイズリメンバランス!」
「へいへいへい! へへいへーい!」
それとだ、いや、それよりもこの空気にクソ似合わないこの能天気なやつらは何なんだ!
「ええい、うるせーぞ! ミルコ、備山、加賀美、んでジャックポットまで合いの手を入れてんじゃねえ!」
備山が加わってパワーアップしたのか、前世でヒットした曲をなんか歌いながら勝手に盛り上がってる。
なんかこのゴミ山にこいつらはあんまり興味ないようだ。
「ノー、リューマ! アドベンチャーに歌は必須さ! ゴミダメのような世界だからこそ、ホープをシング・ア・ソング♪ ロックは世界をチェンジする!」
「うーわー、朝倉、ノリわりー、マジありえねーし、ユズっちだって真顔で小躍りしてんだし、KY発言すんなし!」
「まーいーじゃないのー、朝倉くん。せっかく、みやもっちゃんや備山ちゃんに会えたんだから、再会を喜ばないとね~!」
「はは、なんやよーわからんが、ワイはジメジメした空気より盛り上がったほうが好きやで~!」
いかん、手に負えん……
「よーし、じゃあ、えーとムラタ? つか、誰か知らねーけど、いいや! 次は可愛いのね! レモン色キッスお願い!」
「オーケー! 燃える心はスピリット! 熱いラブはジャスティス! ユーとのヴェーゼはフルーティー! では、Are you ready?」
「ひははははは、いくっしょ!」
「へいへいへ~いや! ほら、ユズリハもオタオタしとらんで、手拍子せんかい!」
「う、あう、ん」
しかも更に盛り上がる……もうそれぞれの肩書抜きにして、マジでただの陽気な高校生にしか見えねえ。
「なあ、綾瀬。何であいつら、死んで生まれ変わって意気投合してんだよ。前世でそこまで絡みあったっけ? ミルコと十郎丸以外は……」
「はは、そうね。でも、機会がなかっただけで、お互いを知れば、きっと前の人生でも仲良くなれたわよ」
「そんなもんか?」
「ええ。だからこそ、例えば前世で特に関わらなかったとはいえ、息もぴったりでお互いをよく理解し合える女の子が君には居たりするわけで、別に前世では特に好きではなかった女の子を、別にこの世界でも特に好きになる必要がないと思うのは大きな間違いであって、前世での私と君にはそれこそ機会がなかっただけで、機会さえあれば当然、友達にも、それ以上の関係にもなれたというのは間違いないということを君も認識するべきなのよ。そして、特に君と私―――――――――――――――――」
「おい、それまでにしてくれ。お前の劇場見せられる俺の気まずさを少しは察しろよな」
ほら、カー君がスゲエ温かい眼差しでニコニコしてるじゃねえかよ。
「ったく、俺たちはこのゴミダメで生きてんのか死んでんのか分かんねー、根暗勇者を探しに来たんだろうが。それさえ終わればさっさと帰るんだから、まずそっちをやろーぜ」
「朝倉くんにしては妥当な判断ね。まっ、めんどくさいから早く終わらせてこの場を離れたいという意志が見え隠れしているけど、さすがに私も同意ね」
「ふむ、そうだゾウ。さらに、何が出てくるかは分からぬ以上、警戒は必要だゾウ。まあ、この集団にはいらぬ心配だと思うが」
正直、ママの言葉じゃなけりゃ俺だってこんなところからさっさと離れてえ。
だがまあ、一応来たんだし、それに気になることもあるしな。
「待つのじゃ、朝倉くん、みんな!」
同じように再会したこいつが、何を隠そうとしているのかもな。
「だから、宮本、そうやられると余計に気になるじゃねえかよ。一体、お前は何を隠してんだよ」
「い、いや、しかし、しかしじゃのう……」
「宮本くん、私もさすがに気になるわ。まさか、こんなところに何か重要なものがあるとは思いたくもないけど、君ほどの存在がそれほど頑なになると、無視することはできないわ」
「綾瀬さんも、……いや、ここにあるものは世界から見て重要ではないのじゃが……その……」
「バルナンド殿、イーサムにすら事情を説明していないことから、世界に関わる何かというより、おぬし個人的なものに関すると思った方がよいのか?」
だが、どれだけ聞いても宮本は口を濁すだけ。
仮に剣を抜いて通せんぼしようにも、このメンツを相手には宮本がどれだけ強くても不可能だ。
結局、宮本は口を濁して俺たちを止めようとしても、結局止めることができない。
「ん」
「あら?」
その時、ようやく俺たちは気配に気づいた。
一人や二人だけじゃない。気づけば左右、ガレキの上、俺たちを囲む気配。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
だが、誰もが俺たちに何も発しない。いや、無関心なんだ。
人間、亜人、中には魔族まで居る充実ぶりだ。十人、二十人、五十人? 中には死体も混ざってるかもしれないが、数が分からねえ。
外の世界から俺たちを、生きているけど死んだような目で、視界に入れながらも反応もしない。
ただ、両足揃えて座ったり、ボーッと空を見ながら寝ていたり、壊れた目でブツブツ言いながらヨダレ垂らしている。
完全に壊れた浮浪者のような大人たち。全員がボロボロの布切れだけをまとって、ヒゲも髪も伸びきっている。
まるで、監獄で加賀美と会った時を彷彿させたが、あいつはそれでも目は死んでなかった。
だが、こいつらは違う。呼吸をしているだけだ。
少し引いたな。
「見たこともない種族も居るわね。それに、大人だけじゃない…………まだ、子供まで…………」
「おいおいおい、人生ドロップアウトすんの早すぎじゃねえのか?」
そして、何より俺たちを驚かせたのは、いるのは人間だけではないどころか、大人だけでもないことである。
「あの幼子は………魔族の……ヴァンパイアと人間の混血、ダムピール。それに、あそこの女は……蛇の頭! 既に滅んだ、メデュサ族の生き残りだゾウ。う~む、あっちには、害人指定を受けて駆除された、鴉人族まで」
見れば見るほど、亜人や魔族の中でもあまり見ることもない連中から、一般的なものまでピンキリ。
だが、それでも子供から大人まで含めて共通しているのは、全員同じ目をしているということぐらいか。
すると、その時、まさに死んだように抑揚のない声が聞こえた。
「…………じーさん…………また、あんたか…………」
まさか声をかけられるとは思わず、慌てて振り返った先に居たのは、全身真っ黒で、肉体は枯れ枝のように細く、頭皮に毛はなく、代わりに角があったのか、折れたなにかが頭から飛び出た男が立っていた。
その男もまた、全身をボロい布切れ一枚で覆った格好をしているが、ひとつだけハッキリしていることがある。
種族は分からないが、恐らく魔族だろう。
「ああ、おぬしか。変わりなさそうだな」
「ここに変化はない。…………それなのに出たり入ったり…………モノ好きな」
宮本を見て軽く言葉だけ交わすその魔族は何者か? 宮本は小声で俺たちに呟いた。
「この魔族の名は、ナナシじゃ。何でも二年ほど前に記憶の全てを失って、世界を漂いここに流れ着いたそうじゃ」
記憶を失って? そりゃまた、俺とは逆パターンの奴が居たとはな。
「ふん、俺はいいのさ……なんもやる気起きない、ここでのんびりして死ぬほうが気楽だ……それより、さっきから歌ってるやつら、うるさいからどうにかしてくれ」
こいつの過去に何があったかは知らない。記憶を失ってから、どういう生活をしてきたかも知らない。
だが、その全てをもはや諦めた目で、ここで余生を過ごす覚悟を決めた雰囲気をしている。
まあ、まだ人に話しかけてくる分、この中ではまだ浅い方なのかもしれねーが、つくづく気分が下がるような空間であることは確かだった。
「ん…………?」
その時、俺は隅っこの方で、半分に割れた小舟を斜めに立て掛けて屋根替わりにして、ただ黙って蹲っている一人のガキが目に入った。
年齢は俺より二つか三つぐらい下か? 白髪の頭が伸びきって、その表情を見ることはできない。
だが、その少年だけは少し他と違った。それは、他の連中がボロい布切れの服なのに対し、少年が纏っているものは、確かにボロく汚れていはいるものの、少し上品な白い布と紋章のような刺繍が施され、赤いマントが備わっている。
恐らくは、そこそこ地位の高いガキだと思われる。
「なあ、あの白髪のガキは?」
「……ああ、あれは去年ここに来たガキだ。それ以外は何も知らねえ……誰とも話してないし、ただ黙って座ってるだけ……みんなそうさ」
かもな。だが、何だか気になった。
それが何の意味かは分からないが。




