第230話 不良のコミュニケーション
ゲリラライブとして始まった、バトルライブ。
この場にいた誰もがこれまで未だかつて見たことのないような戦いを期待しただろう。
最強の血族と最強の鬼。これほどの好カードは、勇者対魔王に匹敵するほどのものだと、狂喜好きの観客たちは胸が高まっただろう。
だが、二人の戦いの始まりは、少し予想もつかないところから始まった。
「HAY」
「おう」
たった一言。ミルコが両手を前に突き出した。するとそれだけで意味を理解したジャックポットも、両手を突き出して、二人は互いに手を握り合った。
「何をする気だゾウ?」
魔法の戦い。騎士の戦い。戦国の世として荒ぶったこの世界でも、こんな対決は珍しいだろうな。
「握りっこさ」
ただの、握力勝負さ。
「ぬん!」
「らア!」
鬼と竜が互いの手に全力を注ぎ込んだ手で、相手の手を潰そうと食い込ませた。
半端な握力じゃ、手首も指も全部へし折れる。だが、二人は互角!
「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!」
「ぐにににににににににににににに!」
見える。相手を破壊せんと握り合う二人の背に、竜と鬼の瘴気がオーラとなって形となり、絡み合い、その溢れるエネルギーの余波が、リングの大地を螺旋状に抉っていく。
「ぎゃっ、な、突風が!」
「なんだよ! な、いきなり、竜巻みたいのが!」
「ひいい、飛ばされるッ!」
螺旋に抉れたリングの隙間から、行き場のなくしたエネルギーが上昇し、まるで二人を包み込むように絡みついていく。
そのエネルギーは徐々に勢力を拡大させ、触れるもの全てを粉々にせんとする力の渦を発生させた。
パワーは互角か。
「な、なんだ、あいつ! あの兄と互角の握り合いをしている!」
「いや、七大魔王最強候補と呼ばれたキシンと小細工なしの力比べで互角。やはり王子の潜在能力は次元が違う」
これまでのジャックポットの戦い方を見る限り、自分の潜在的な力をフルに使ったゴリゴリの小細工なしの戦闘タイプなんだろうな。
一方で、ミルコは言霊を使い、常識はずれの多彩な能力でかつては勇者総掛かりでも圧倒した。
まともに戦えば、ミルコが多分強いんだろうな。だが、ミルコはそれでも相手の土俵にのって戦ってやがる。
それは、相手が特別だからだろうな。
「なは、は、はは、や、やるやないか、兄ちゃん! ワイと力比べでここまでできたんわ、家族以外でおどれだけや!」
「ふっ、ミーはまだまだメニーメニーパワーがあるが?」
「うおっ! な、なんやア!」
ジャックポットの膝がわずかに曲がり、足が地面にめり込んでいく。
底すら知れねえ鬼の力が徐々に竜を地の底へと落とそうとしている。
だが、それだけじゃすまねえ。ミルコは首をわずかに上へ向け、そのまま頭を勢い良く振り下ろす。
しかし、そうなることが分かっていたのか、ジャックポットもミルコへ向けてデコを上げた。
「HEEEEEY!」
「ッうぐうおおおおおおおおッ!」
頭突きだ。
「あ、うおおお、い、いったそー!」
「うげっ、ち、血が飛び散ったぞ! どっちの血だ!」
ぐしゃっと、果物を握りつぶしたかのような音を響かせて、異種族の血が噴水のように舞い上がった。
一体、それはどっちの血だ? いや、両方だ。互いに額を爆発させ、交じり合った両者の血が、溢れでた。
「へっ! やってくれるやないか! ウラァ!」
「ごふぅう! ……ふ……ふふ! HEY!」
「がっッ! の、のやろう……上等やッ!」
だが、誰もが目を逸らしたくなるようなぶつかり合いの中、何故か鮮血に塗れた両者は笑っていた。
いや、それどころか、その眼光は更に鋭くなり、二人は何度も何度も頭をぶつけあった。
「う、おお、な、なんだゾウ! なんという醜い戦いを!」
「馬鹿か、あの兄は! なぜ、こんなやり方を!」
ああ、そうだろうな。世界最高峰の力を持つものがやる戦いじゃねえ。街のチンピラの喧嘩。いや、これじゃあ、ガキの喧嘩だ。
「ヴェルトくん、これは一体どういうことだゾウ! なぜ、キシンは歌わない!」
「ひははは、でも、最高の音を鳴らしてるじゃねえかよ、さっきから」
ド派手な頭突き合戦。まさにドラムさながらだ。
まるで、前時代の不良の喧嘩だ。俺達が不良の頃、既に絶滅していた昭和の不良。
「理解できねえだろ、カーくん。ユズリハ。そりゃそーだ。俺だってドMじゃねーから、分かりたくもねえ。別次元の百戦錬磨のバケモノが、どうしてこんなアホみたいな喧嘩をするのかをな」
「……目がまともではない。狂喜に満ちたここにいる人間たちが可愛く見えるぞ」
「り、理解できんゾウ。この二人、さっき会ったばかりではないのか? なのに、なぜ、こういう戦いをなんの取り決めもなくいきなりできるのだ? 魔法でも技術でもない、こんな下らぬ意地の張り合いを、なぜ、迷いもなく選べたのだ!」
まともじゃねえ。正気じゃねえ。
世界や種族の存亡を背負っているわけでもねえ。なのに、死すら恐れねえこのぶつかり合い。
「は、はは、HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAッ!」
「なは、なーーーーーーっはっはっはっはっは!」
それなのに、楽しそうだ。
「当たり前さ、そもそもこの馬鹿二人に、言葉なんていらねえ。あの二人は、喧嘩の強さがどうとかじゃねえ。なのに、中坊の頃から悔しいくらいに輝いていた。恐れを知らずに自由に生き、何事にも屈することなく歌い、飛び込み、自分を曝け出してきた。木村十郎丸と村田ミルコ、二人のユニットが奏でるセッション、木村田コンビ!」
そのバカは、死んでも決して治ることもない。
かつて日本の片隅で消え失せた最強コンビが、新たに異世界に生まれ変わろうとしている。
「す、すげえ………どっちも笑ってる」
「どっちも一歩も引かねえよ。逃げねえよ」
「なんだ、何なんだ……この感じは」
異変は観客にも起こっていた。目を覆うような殺戮や残虐な光景を期待していた観客たちの目が、次第に少しずつ熱を帯びている。
ある者は手を力強く握り、ある者は衝動を抑えきれないのか、立ち上がり、手すりから身を乗り出して声を張り上げていた。
「す、すげえ! なんだよ、この二人は! イカれてる!」
「い、いけー! やっちまえ! やっちまえええ!」
体が疼く。熱く滾る。
二人の熱気に俺たちまで充てられる。
「なは、なははははは! サイッコーや! 血肉沸き立つどころやあらへん! おどれ、おもろいやっちゃ!」
フルスイングで叩きつける頭突きが、ミルコのスマートな顔面にめり込む。
鼻が折れ、潰れ、腫れ上がってやがる。
だが、それでもミルコも頭突きを返す。
「へぶっ! か、かはっ!」
「インターバルはまだ早いよ、マイ・フレンド」
「ああ………あたりまえや! 親友!」
おいおいおいおい、まだまだ足りないってか?
つか、ミルコ。頭がぶっ壊れて、お前まで記憶なくなるとかはねえよな?
『ひははははははははは、どうよ、このパないバカ二人! 正面から張り合う力比べ! 別に避けちゃいけないルールなんてないっしょ! なんで避けないの? パナイ意味不明じゃん! ひはははははははは!』
加賀美の言うとおり、意味不明。なんでここまでできる?
しかし、それでも観客たちは総立ちしていた。
「ぬう、ぐが、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
その時、ひとつの変化が起こった。
「おっ、なんだ?」
「あれは、兄のバトルモード。竜人化!」
「完全に制御できなくなっているゾウ! 竜人族が竜の力を使うとき、力は何倍にも膨れ上がる!」
全身が盛り上がる。表皮が鱗に包まれる。
顔が変形し、鋭い牙を生やし、竜の形へと変貌していく。
「ナーハッハッハッハッハ、最高や! こんな血が騒ぐことがこの世にあったとは思わんかったわ! 今日この日、ワイはこれほど幸せに感じたことないわ!」
ミルコよりも二回り以上の巨大な姿となり、変身したことでパワーが段違いにアップしやがった。
盛り返し、それどころか今度は逆にミルコを押しつぶしそうになるほどの力を見せた。
ミルコの表情が若干歪んだ。両足が地面に埋まっていく。
そんな状況下で、ジャックポットは更に笑った。
「退屈な人生やった! つまらん奴らがつくり上げる世界なんざ、退屈でしょーもなかったわ! 大義や正義で戦って何がおもろいねん! 強い奴が平和に和んで、そんな生きとるのか死んどるのかまるで分からん人生が、どないやねん!」
前世では、常にギリギリの緊張感とスリルとリスクを楽しんでいた男が、死んで生まれ変わったら、そのあまりにも恵まれた力ゆえに飢えと渇きに悩まされたってところか?
「お前もそうやろ! キシン! こないな力があって、周りが弱々で退屈やったやろ! 生きがいなんてなかったやろ!」
ミルコを押しつぶしていく。あのミルコが………戦い方を相手に合わせたとはいえ、あのミルコが?
いや、これで終わるはずがねえ。
「生きがいなら、あるさ、マイ・フレンド」
「ん?」
「ロックがミーを救ってくれた。そして何よりも…………」
ほらな。押しつぶされずに堪えた。
ジャックポットの異常なまでの力に一度表情を歪めたミルコ。だが、その表情には再び笑みがよみがえっている。
「何よりも、今この瞬間にこそ生きがいを感じているのは、ミーだけか?」
そんなことはねえと言いたげに、ジャックポットはニヤリと笑った。
「ナーハッハッハッハッハッハッハ!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
とことんやりやがれ。二人共。
「一体……これに、何の意味があるのか、全然分からないゾウ。それに、いかに王子の潜在能力が未知数とは言え、実戦経験に差がありすぎる。キシンが歌えば、もっと楽に勝てるはず」
「兄は、竜化までして、なぜブレスを使わんのだ? 全てを消し去る一撃を放つチャンスはいくらでもある。なのになぜだ? 分からん」
「分からないからこそ、やるんだよ。この喧嘩は、どっちが強いかを見るもんじゃねえ。相手がどういう奴なのか、自分がどういうやつなのかを伝えるためのもの」
コミュニケーションが苦手な不良は、結局暴力で自分を表現するしかできねえ。
だが、それが時には、百を越える言葉より、一つの頭突きやパンチの方が多くのことを伝えられることがある。
特に、この二人はその最もな例だ。
「ったく、妬けちまうな。俺をほったらかしにして、二人でイチャつきやがって。死んでもそういうのは変わらねーんだな」
俺にはこんな馬鹿げたものが、どこか懐かしいものに見え、竜と鬼のガチンコが、学ラン着た男たちが肩組んで笑っているようにしか見えなかった。
「うおおおお、やれ! やっちまえ! ぶっ殺せ、二人共!」
俺も気づけば叫んでいた。二人と観客の雰囲気に便乗して、リズムよく響く二人のガチンコに拳を上げて鼓舞した。
退屈な人生を過ごしていたとかいうあの王子の心を満たしてやれ。
全力全開で応えてやって、そして願わくば、あいつの本当の自分を思い出させてやれ!
「ナーハッハッハッハッハッハッハ!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
同じことの繰り返しをいつまでも飽きることなく繰り返す二人。
誰にも邪魔できない二人だけの世界に、誰もが目を奪われていた。
……そう……誰にも邪魔できない……いや、邪魔しちゃならねえ場面だったんだ。
「それまでだァ! 全員、大人しくしろッ!」
それは、突如として地下カジノ全体に響いた言葉だった。
俺たちは何事かと思って振り返る。
するとそこには、『黄色いコート』を着た集団が、カジノ出入り口の前に集結してい




