第222話 大口叩く度胸
人を見かけで判断してはいけないもんだと身に染みたが、今はただ、本能に任せて正直な感情をぶちまけた。
「テメエかコラァァァァァァァァ!」
「ストップ、リューマ!」
気づけば俺は駆けだして、キモ豚大臣の首を掴んでいた。
「会いたかったぜ~! じゃあ、テメエは俺のことを………俺に何をしたかも覚えてるわけだな~?」
ヌメッたキタネエ首の感触すら、今この怒りの前には取るに足らないものだ。
「朝倉君!」
「ヴェルト君!」
「リューマ」
「オルバント大臣!」
「……なんだ?」
誰の反応も関係なしに、俺はただ、抑えきれねえ感情のまま、その手にさらに力を込め、へし折ってやっても構わねえと思った。
すると、俺に首を握られたまま、キモ豚大臣は静かに口を動かした。
「神聖魔法・時間外世界」
それは一瞬だった。
視界に入る世界全体に影が遮った。
「これは?」
世界が変わった? いや、周りを見ると、ファルガも、加賀美もカー君も、そして世界全体も微動だにしない。
この状況下で動いているのは……
「ぐふ、ここは現実とは切り離した時の進まない世界。例えこの世界にどれだけ居ようとも、現実の時間は一秒も進んでおらん。もっとも、戦闘などは一切できず、会話しかできないという条件付きですがな」
キモ豚大臣と……
「異空間魔法………タイムの流れを狂わせるマジックか……まあ、ミーがその気になればこの程度の空間、イージーにデストロイできるが……内緒話をするにはうってつけというわけか」
ミルコと……
「俺たち三人だけ。当事者三人だけってことか………キモ豚大臣………」
俺たち三人だけだった。
「申し訳ない。ファルガ王子の前でする会話ではないからな。君たち二人の存在は、既に別の存在とされていますからな」
二年前、タイラーと一緒にこいつは魔法を放ち、この世から俺とミルコの記憶を消した。
俺から全てを奪った奴らの一人。
「それにしても、驚きすぎて反応に困る。まさか、幽閉されていたヴェルト・ジーハと、魔王キシンが合流し、それだけでなく監獄からマッキーラビットとカイザーまで解放して行動を共にしているとは」
「情報がおせーな。まあ、俺たちが脱走したのは、今日なんだけどな」
「よりにもよって…………」
「こっちこそ驚きだぜ。六人の聖騎士なんて、タイラーみたいなイケメンがやるもんだと思ってたのに、まさかテメエみたいに肥えた豚が帝国の聖騎士だったとはな」
「ふっ、噂通り口が悪い。まあ、私は聖騎士と言っても戦場での実績もありませんし、なにより次世代の聖騎士候補のギャンザの方が有名ですから。私の称号など、それこそ一部の王族関係者しか知らないこと」
キモ豚大臣は頭を抱えてかなりまいってるようだ。そりゃそうだろう。
テメエらの計画を一瞬で破綻させかねない脅威が二年の沈黙を破って出て来たんだ。
色々考えるところもあるんだろうな。
「この村に来たのは? ユズリハ姫と繋がりが?」
「ユズリハ? いーや。さっき会ったばかりだし。つか、誰なの? あの生意気なガキは」
「知らないのですか? ユズリハ姫とジャックポット王子。二人が、四獅天亜人・イーサムの子ということを」
………なんか、サラッとスゲー血筋だったとか、そういうのやめてくれ。
「おい、ミルコ。お前、イーサムと酒飲むぐらい仲良かったんだろ? カー君は顔見知りみたいだったけど、お前は知らなかったのかよ」
「OH~。そうだったのか。だが、イーサムに何人のワイフとキッズが居ると思ってる? さすがに全部はミーも把握してないよ」
そうだった、あいつ嫁が何百人とか言ってたっけ?
また、いらんもんと関わっちまったな。
「家出した二人が人類大陸に隠れていると知るや否や、シンセン組を引きつれてイーサムが迎えに来ると言うもので、その前に二人を確保しようとして我々はここに来ました。イーサムもファルガ王子とは面識があるようで、是非にと推薦もありましたので一緒に」
ふ~ん、ま、あんなのがまた人類大陸に来たら、メチャクチャになるからな。
そういう話になるのも分からなくねえ。
「さて、それでは御二人は? あんな二人まで引きつれて、世界に飛び出し、何をなさろうとしているのか?」
その問いかけに、俺たちは笑った。
「俺とこいつが一緒に居る時点で、もう答えなんて決まってるじゃねーかよ」
「イエース。ゴッドのパワーで、全魔族と全亜人を騙し、バニッシュしようというユーたちのプランは、ミーたちがストップする」
迷いなく宣言した俺たちの言葉。その言葉を受けて、キモ豚大臣は更に難しい顔して俯いた。
「………君は迷っていると……君は関わりたくないと……タイラーからはそう聞いていた。なのに、なぜ? なぜ、そんな考えをした。人類が魔族と亜人に滅ぼされても良いと?」
「そうは言ってねえ………」
「それとも、君の近しい存在……ウラ姫たちのような者たちを守るためか?」
「………それは、あるな」
「っ、であれば! そうであればその心配はない。あの日、君たちと一緒にこの計画を知ったフォルナ姫の嘆願により、『種の絶滅』ではなく、『生かすべき魔族と亜人』について、極力考慮しようという流れになっている。私が今の役職についているのも、そのためだ。厳正な審査はするつもりだ」
ん………ん~………
「君の抵抗は無駄ではなかった。君の仲間の命は保障しよう。だから、我々と共に来てほしい、ヴェルトくん。そうすれば、こんな悲しい魔法は解除されよう」
だから、それはもうこの二年で何度も話したんだよ。
「あのな~、タイラーですら説得できなかったのに、テメエみたいなキモ豚大臣の話に耳貸すわけねーだろ?」
「なっ!」
「だから、誰を生かすとか、誰を騙すとか、誰を滅ぼすとか、んなもんどうでもいいんだよ。どいつもこいつも、もうウンザリなんだよ!」
なあ? ミルコ。
「誰の思惑も計画も関係ねえ。そもそもの争いの原因が神族大陸だってなら、俺がとっぱらってやる! 征服してやる! 種族だなんだ、ゴチャゴチャゴチャゴチャぶっ壊して、この世界は俺が変える! なんだったら、ついでに世界だって救ってやるよ!」
ミルコも当然同じ気持ちだと言わんばかりに、笑って俺に頷いた。
「俺たちはイチイチ選別しねえ。人間も魔族も亜人も関係ねえ。俺たちの前に立ちはだかる奴は全員ぶっ飛ばす! そして、俺が生かしてやる!」
「なにっ!」
「それが俺たちの世界征服だ。俺たちの支配する世界だ!」
もちろん、具体的なプランがそこまであるわけじゃねえ。
ただ、神族大陸を征服することで、そもそもの争いの根本を断っちまう。
「この世を支配するだと? ぐふっ、そんな妄言を吐き捨てて、この世を更に混乱させようと言うのか?」
「それで、俺の望むもんが守れれば、それでいい」
「ふざけるな、世界を変える? 世界を救う? そんな言葉、軽々しく口にするな!」
できるかどうかなんて関係ねえ。
「へっ、デケェ口叩く度胸もねえ奴は、それこそ何もできねーだろうが」
「ッ……き、君は………」
「聖王とやらが何者かは知らねえが、帰って伝えろ。暴走する不良は手に負えねえってな! 俺はとっくに、激おこプンプン丸ってなァ!」
それしか思いつかねえから、それをやるだけだ。
「そういうことだ。話がかみ合わないのであれば、これ以上、ユーと話をすることはない。豚小屋から出させてもらうよ。もう、誰もミーたちのストーリーを止めることはできない!」
ミルコは息を吸い込む。暴力などは一切できないというこの異次元空間を………
「ロックンロール・スピリット・フリーダムッ!」
一つの叫びで粉々に破壊しやがった。
「ッ、バカな! 外界と完全に遮断したこの空間魔法を、ただの叫び一つで破壊しただと!」
「戦争にも出ず、テーブルの上で人類救済ごっこをしているユーたちには、インポッシブル」
まるで、化け物とでも言いたげな表情だが、これは聖騎士たちのミスでもある。
だってそうだろ? 今まで魔王だったミルコは、それこそ王族だとか国だとかを背負って、自分自身の手かせ足かせとなるものが山ほどあったはずだ。
だが、今は違う。背負ってたものや、ミルコを縛ってたものを全て無くしたのは、こいつらだ。
完全に解き放たれたミルコを止められる奴なんて、そもそもこの世にいるのか?
そして、俺のこともな!




