第200話 終戦
「タイラー! この状況、どーすんだ? 味方が増えてくれたのはマジで助かるが、それでもウラの仲間を入れて数千ってところだ。とても万を越える両軍は止められねえぞ?」
断じて言う。俺は誤魔化してねえ。
「ネエ、ヴェルト。ドウイウコトデスノ?」
ただ、今はそれどころじゃねえだけだ。
そうだ、後で言い訳……じゃなくて、ちゃんと説明すりゃ問題ねえだろ。
「なに、問題ないよ、ヴェルト。我々の存在に彼らが戸惑っただけで十分だ」
十分? まあ、確かに敵か味方かも分からない千を超える集団は、存在するだけで脅威になるだろう。
しかも、その一人一人が良く見たら一騎当千の名だたる奴らばかりだ。
「度肝を抜かれるというのは、正にこのことですね」
その時、動きの止まった人類大連合軍から一騎、前へと出てきた。
その男は誰もが戸惑うこの状況を、もはや呆れるしかないとばかりに、表情は苦笑に満ちていた。
「ロア!」
「ロア、ちょっ、危険よ!」
「ロア王子!」
だが、ロアは大丈夫だと微笑んで、ゆっくりと前へ出てきた。
すると、ジーゴク魔王国軍も動いた。
「テリブルだな」
ミルコだ。苦笑の勇者に対して、鬼魔族の王は爆笑していた。
しかも、その表情はどこか嬉しそうだ。
「魔王様!」
「キシン様、危険です! 得体の知れない連中に、何よりも卑怯な人間どもが何をするか!」
「お下がりください!」
そして、ミルコもまた、危ないと心配する部下たちに問題ないと告げ、一人だけ前へと出てきた。
正に三竦みの状態。誰もが動き出せずにいく中で、一番最初に声を上げたのは、ロアだった。
「僕の名は、ロア・アークライン! 人呼んで、真勇者・ロア!」
その名乗りに、ミルコも乗った。
「マイネームイズ、キシン・ジーゴク! エブリバディ、コールミー、ロックの魔王・キシン!」
で、何でこっちを見るんだ?
まるで次はお前らの番だとばかりに。
っていうか、おい、タイラー。ここはお前が名乗れよ。
おい! 何で俺を促す! 何で俺に!
「ヴェルト」
「愚弟。のっておけ」
「朝倉、KYはやめとけよな」
「いっけー、弟君!」
「殿! 豪快にお願いします」
「ヴェルト、支えるからな」
「兄さん、かましちまえっす!」
「さあ、コスモス、あなたのパーパのかっこいいところを見るのよ」
「ぶば~!」
はっ? ちょっと待て、何で俺がリーダーみたいな話がそのまま継続してんだよ。
つか、何でお前らは受け入れ満々なんだよ。
マニーは? あの、加賀美のバカのふざけた提案が何でそのまま生きてんだよ!
マニーの奴はどこだ? あいつに訂正させなけりゃ……
「ヴェルト? ねえ。ねえ、ねえ、パーパって一体………」
「俺の名前は、ヴェルト・ジーハ! リモコンのヴェルトだ! 覚えておけ!」
やけくそだ。
とりあえず、二度と戻れない道を突き進んだのだと、俺は覚悟を決めた。
すると、俺のやけくその叫びに頷いたタイラーが、前へと出る。
「双方、これ以上の戦は失うものが多すぎる。人類大連合軍もジーゴク魔王国軍も、前ばかりではなく、後ろも振り返るべきだ」
タイラーの言葉が何を意味するのか分からず、戦場がざわつき始めた。
後ろ? なんのことだ。
「我々の得た情報では、他国が手薄になった人類大陸とジーゴク魔王国に対して不穏な動きを見せている」
両軍総力戦。そうなれば当然、ホームはお留守だ。まあ、さすがに空っぽってわけではないが、光の十勇者に六鬼大魔将軍が大勢参加しているのであれば、他の勢力に手を出されたら身が持たないだろう。
「得たものはなく、失ったものしかない戦争であったかもしれない。しかし、失った命も無駄ではない。一かゼロになるしかなかった戦を、ゼロにしなかったのだからだ。しかし、これ以上、ゼロにするための戦いを繰り広げるというのであれば、それこそ不毛であり、失った命を無駄にすることであろう」
それは、帝国を襲撃された記憶の新しい人類大連合軍も、そしてその状況にハッとなったジーゴク魔王国軍にも脅威となるものでもあった。
しかし、それでも納得できなかったら?
「ここは亜人代表である第三者のユーバメンシュを間に立てて、双方和睦の儀を交わしていただきたい」
だが、タイラーの思惑は、ゴールまでの道筋がちゃんと描かれていた。
「無論、タダでとは言わぬ! 魔王キシン殿、勇者ロア殿。此度の戦でそなたたちが勝利していた場合、得られていた土地や財の利益を超概算で構わないので出していただきたい。さらには、徴兵された兵への手当や褒賞、戦死した兵の遺族への補償も加えて欲しい。そうすれば、『新・大型組織ラブ・アンド・ピース』より、その超概算金額の倍の金額をお支払いしよう!」
――――――――――ッ!!??
「「「「「「「「「「な、ば、倍の金額だと!!!!」」」」」」」」」」
我らの大義を買収する気か? と誇りを叫ぶには、あまりにもスケールの大きな話であるだけに、さすがに誰もが言葉を失った。
っておいおい、国や何万もの軍や補償やら、サラッと倍の金額払うとか言ったけど、それってどんだけ………つか、この組織って、そんなに金があんのかよ! どんだけ蓄えてんだ?
「ば、倍だってよ……このまま戦わなくても……」
「バカ、金の問題じゃねえだろ! いくらもらったって、結局ここで人間殺さねえと……」
「でもよ、でも……このままユーバメンシュやタイラーを敵に回すか……それとも無事にみんなで帰って金をもらうか……」
鬼たちがブレ始めている。なんともまあ、金って本当に偉大だな。
異世界共通で、すべての物事の流れや行く末も委ねられる。つか、加賀美。お前はこの組織でいくら儲かってたんだ?
その金の力が動くだけで、不退転の覚悟で挑んだ鬼たちの覚悟を揺らし………
「ノー。…………三倍だ。三倍なら手を打とう」
「「「「「「「「「「さ、…………三倍ッ!!!!」」」」」」」」」」
ミ、ミルコ、断っ……三倍だと! なんか、俺がゴチャゴチャ考えているあいだに、メチャクチャサラッと言いやがった!
だが、そんなスケールのでかいぼったくりに、タイラーは小さく笑った。
「まあ、一回の交渉で簡単に受け入れられたら、あなたのメンツもないでしょうしね……分かりました、お支払いしましょう!」
う、うけ、受け入れやがった!
いや、確かに言われた金額のままアッサリと帰ったら、いいなりになったとか思われて、ミルコ自身のメンツが下がっただろう。
だが、こうやってふっかけたことで、最低限のメンツは保った。
しかし、だからと言って、三倍とか言われてアッサリ納得するとか……つか、そんな組織のリーダーやらせるとか、加賀美の野郎は何考えてんだよ!
俺……こんなとこに居ていいのか? ……わめいてごねることすら戸惑っちまうほどの状況だよ。
「いかがですかな? ロア王子。結果的に、魔王軍は撤退し、あなた方は見事に領土を守ったことになる。更に、あなた方への手当も先に言ったとおり約束しよう」
すると、ロアは随分の苦い表情をしていた。
「タイラー様。僕は…………そのやり方は本当に好きになれません。あの日、昨日、そして今日の誓いや想いが全てお金に変えられるなど……」
「勿論そう思われるのは仕方のないこと。しかし、欲にまみれた俗物的な思いではなく、貴女方が受け取るべき正当な対価だと思っていただきたい」
ロアが複雑に思うのも分からんでもない。
俺には理解できない世界だが、誇りだなんだを掲げてカッコつけてた連中を買収しようってんだ。
勿論、半端な買収金額じゃ応じなかっただろうが、今回タイラーが提示したのはあまりにも魅力的すぎた。
戦う必要も死ぬ必要もなく、土地も守れて金をもらえるなんてハッピーハッピーだからだ。
そして、ロアも仕方なく頷いた。
「わかりました! この終戦協定は、真勇者ロアの名において受け入れましょう! 全軍、直ちに武装解除! 戦争は、終わりです!」
そして今度こそ本当に、戦争が終わった。
「ねえ、ヴェルト……いい加減、ワタクシの話を聞きなさい」
そして、俺の修羅場は終わらない。
だが、一方で真面目な話……
――タイラー・リベラルは信用するな
ミルコに言われたその言葉が、こんな状況で頭を過った。
200話です。ですが、まだたった200話です。まだまだよろしくお願いします。




