第190話 伝説を崩す
「す、すげえ、ヴェルト……なんで……なんでそんな伝説を相手に打ち合えるんだよ」
気づけば味方も……
「ば、かな……あのゼツキ様を相手に、人間がたった一人で……」
敵も……
「ヴェルト様……あ、あなた様は一体……」
かつてのウラの仲間たちも。
この場に居る誰もが俺とゼツキのぶつかり合いに見入っているようだ。
「このクソ鬼がぁぁああああ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
そして、俺としてはこいつにはとっととぶっ倒れて欲しいってのに、こいつはまだまだやる気満々って感じで、本当に困ったものだぜ。
「くそ、しつこい野郎だ……とっとと這い蹲って、草花の肥やしにでもなりやがれ!」
「ごふっ、が、ごほっ!? っ、ふ、ふはははは……強いなぁ……強いではないか!」
だが、決着はつかなくとも、形勢は徐々に傾き始めてきた。
ゼツキは元気に見えても、対峙している俺には分かる。
動きが鈍くなってきている。
俺のふわふわ技からの自爆自滅の会心のダメージから、あのチロタンの戦いで身に着けた俺の攻撃力。
「ふわふわ乱警棒ッ!!」
「ごぉ!? ご、ごおおおおお!?」
さらに……
「まだ、終わらぬ! 魔導兵装――――」
「ふわふわキャストオフ!」
「ッ、ぬ!? な、……ま、魔力が?!」
相手の身に纏う魔力すらも強制的に弾き剥がして、相手の攻撃も防御も無効化する。
「おら、どうした! 魔法がなけりゃ、ケンカもできねえか?」
「ッ!?」
「ふっとべ! ふわふわ乱気ック!」
そして、無防備な生身に再び攻撃を叩き込む。
「すごい……こ、こんなに強かったの? あのヴェルト君がここまで……」
「つ、強い……ツエーぞ、ヴェルトの奴! あのゼツキ相手に……結局一対一で圧倒してやがる!」
「信じられねえ、七大魔王級の力を持つゼツキ……光の十勇者と同等かそれ以上の力を持つ、あの伝説の怪物に!」
「す、素晴らしい……シャークリュウ様が……ウラ姫様がお認めになるはずであります……我らの新たなる王は……なんと怪物のごとき強さ!」
「うそだ! ゼツキ将軍が……あのゼツキ将軍が人間に一対一で……」
「悪魔だ……あの小僧は悪魔だッ!」
「ト、トゲニー将軍。こ、これは」
「ありえん。そんなバカな! あの、ゼツキがこれほど追いつめられるなど!」
何だかんだで、俺は大したダメージもなくゼツキを圧倒出来ていた。
確かにゼツキは伝説的な強さを持っているかもしれないし、実際強いんだけど、イーサムだとかチロタンだとか、伝説的な強さに俺も免疫が出来て慣れてしまったのかもしれない。
自分で思う以上に身体が動き、キレ、そして思う存分暴れてぶつけることができた。
「ふははははは! まさかこれほどの強さとは……イーサムの話よりも何倍も強いではないか……いや、強くなっていると言うべきか……リモコンのヴェルトよ」
「うるせえ……その名前で呼ぶんじゃねえよ」
やがて、傷つき激しく消耗したゼツキは、片膝ついて俺に向かって苦笑いを浮かべていた。
そう、伝説が俺の前で崩れたんだ。
とはいえ、何だか気分的に俺も高揚するとか、達成感だとか、そういうものが沸き上がるわけでもない。
「……降参するか?」
それどころか、もうこの辺でどうにかならないものか? と問いかけていた。
だが、俺の問いに対してゼツキは頷かない。
「笑止。それだけはできぬ。これまで犠牲になった者たちの魂がうかばれぬであろうが! 倒れて言った者たちの想いに報いるためにも、吾輩が倒れるわけにはゆかぬ!」
何となくだけど、「言いそう」な定番セリフをこいつは言いやがった。
「けっ、何言ってんだよ。死んだ人間の気持ちなんて誰も分かんねえよ。死んだ奴の声も、想いも、死んだら知ることができねーんだから」
「なん、だと?」
「確かに俺はお前らのように、戦場の先人たちからデケーもんを受け継いだりしたことねえ。背負ったこともねえよ。受け継いだのは、俺のダチが命よりも大事に思っていた娘ぐらい。だから、お前たちのソレがどれほど譲れねえもんかも分からねえ」
だからこそ、普通は思う。
分からないなら言うんじゃないと。
だが、俺は違う。
分からないからこそ、逆にこう思うんだ。
「でもな、もう二度と会えねえ死んだ奴らを理由にして、今この世に生きてる俺たちの人生を狂わせんじゃねえよ!」
死んだ奴が天国から見守っているとか、生きているやつらに恨みを晴らしてほしいとか、そんなこと本当に考えてるかどうかも分かんねえ。
そりゃあ、死ぬ間際はそうだったかもしれねえが、今この瞬間まで想い続けているかどうかなんて誰にも分からねえ。
「意外と、死んだ奴らもそれどころじゃねえかもしれねえぞ? ひょっとして別の世界で転生して、新たな人生を歩んでるかもしれないぞ? それなのに、どいつもこいつも、パナいバカみたいに命落として、勝手に死んで、誇らしげにしやがって……加賀美の……マッキーの言ってたことも一理あるぜ」
どうして俺は今こんなことを?
決まってる、歯がゆいんだ。
「どうせ戦争するんなら、もっと人間が嫌いとか、ぶっ殺したいとかそういう理由で戦いやがれよ。死んだ奴を理由にして暴れるぐらいなら、こんな戦争さっさとテメエが止めてくれりゃいいんだよ!」
言ってて自分でもメチャクチャだってことは分かってる。
でも、ゼツキとかみたいに、何とかできるかもしれない立場と力を持った奴が、「くだらねえ理由」で戦争してるなら、何とかして欲しいもんだ。
「いらねえもんを、後生大事に受け継ぎやがって! この、バカ共が!」
だから嫌なんだよ。喧嘩すんのは構わねえ。でも、喧嘩はもっと分かりやすい理由でやるもんだ。
なのに、戦争だけは分からねえ。なのに、分からねえ奴は口出しするなと来たもんだ。
だけど、口出ししねえと世界が滅ぶなら、口出しするしかねえだろうが。
「ふっ……吾輩を馬鹿と言いよるか……確かに……人間も魔族も亜人も関係なく過ごせる貴様には……そう言いたくなるものかもしれぬな……」
すると、ゼツキは怒るでも俺に対して呆れるでもなく、苦笑した。
「だがな、男が世界に憂いを感じたのなら、自身で行動せい! 他人にやってくれなど、情けないことこの上ない。世界の流れに逆らいたいのなら、正しい世界にしたいのなら、力づくで変えてみせよ! それができずして、吾輩たちを止めることなどできはしないぞ!」
ああ、そうだろうな。そんなに気に食わないなら、力づくで止めろってことだろ。
どいつもこいつも力、力、力、力!
ファンタジー世界のくせに、脳筋どもばかりだよ。
「ああ、そーだな。じゃあ、テメエを這いつくばらせて力ずくで止めてやるよ、この野郎!」
「そうだ、それでよい! さあ、来い!」
そこから先は、どこか痛みや感覚が超越したような気分だった。
「うおおおおぉおおおおお!!!!」
「ぬどりゃあああああああ!!!!」
ゼツキの攻撃はもう俺には届かない。
俺が一方的に叩きのめすだけ。
叩いた、蹴った、捻じ込んだ。
しかし、相手も流石に伝説の怪物。
その硬すぎる肉体を攻撃するだけで、俺の疲労はどんどん蓄積される。
「くは、はあ、はあ、さっさと往生しろよ。鬼は退治されてなんぼだろうが」
「ほざくな、鬼は君臨しつづけてこそだ」
そのため、怪我がなくとも俺もまた全てを出し尽くすぐらい自分を解放していた。
「貴様には分かるまい、千の戦と万の命を食らい、歴史を紡いできた吾輩たちの想いが生み出す力を! 敵も味方も含めて、この双肩に宿いしものを!」
「知るかそんなもん! 俺には興味ねぇよ!!」
その結果、俺たちはむき出しの本音をぶつけることぐらいはできたと思う。
「ぜい、ぜい、ぜい、ぜい」
「くっ、足が、動かぬ」
「くはははは、今になってローキックが効いてきたか。あんま味わったことねえだろ? この世界じゃな」
そして、しんどい戦いもついに終わりが見えてきた。
俺は確実にゼツキを追いつめている。
ゼツキの表情に余裕がない。
すると、最後の最後に、ゼツキは小さく笑った。
「若造」
「あっ?」
「吾輩とお前、どっちが正しいと思う? それとも勝った方が正しいことになるか?」
「ちげーよ。間違ってんのはこの世界さ。仲良くできるのに、懲りずに殺し合いしやがって」
最後の一撃だ。
別にこんな戦いの勝ち負けで、どっちの考えが正しいかなんて分かるわけがねえ。
だが、それでも決着しなけりゃいつまでも終わんないって言うなら……
「「いくぞ!」」
最後の最後に、お互いの意見が一致した。
俺たち二人の拳が最後に交差をする。
正に、その時だった!
「ん~ふふふふふふふ、こらこら、ヴェルちゃん。人類が負けたらヤバいとは言ったけど、鬼が負ければいいってわけでもないのよん。予想以上の活躍しちゃってん」
俺たちはぶつかり合う前に止まった。止められた。
俺たち二人の間に、何の前触れもなく現れたそいつに。
「えっ!」
「なっ、なにい!」
「ちょっ、あ、あ、あ、あれは!」
それは、人も鬼も問わずに起こった驚愕だった。
スキンヘッドの筋肉モリモリのバニーガール姿のカバの亜人。
「マ、ママン?」
「間に合ってよかったわん。マニーを脅して、無理やりワープさせてもらったわん」
オカマで、怪物で、なのにその親指つきたててニッと笑うママンが、死ぬほど男前に見えてしまった。
そして、ママンに驚愕した両軍が、ただただ驚きの声を上げた。
「「「「「し、四獅天亜人の狂獣怪人ユーバメンシュ!」」」」」
天地が震えるほどの驚愕に対し、ママンはゼツキを見て、トーンの低い声で告げた。
「ゼっくん、ヴェルちゃん……無粋なマネして悪いけどん、この戦争を止めさせてもらうわよん」
ゼツキはただ、目を丸くしたままだった。




