第136話 愛情
天使たちの戯れ。地上世界で言うなら、乱痴気騒ぎ。
さすがに、俺も一線超えるのはマズいんで静かになれる場所で落ち着きたかったんだが……まあ、いいか。
そう思って、エルジェラに連れられて向かった先は、街や王宮から離れた雲山の頂上。
そこから見下ろす世界は、青く光り輝いていた。
「おっ、……こ、これは……海の上か?」
「はい。地上世界の七割近くを占める、青海です。そして、あちらに見えるのが地上世界の大陸ですね」
空から地上を……いや……それはまるで、宇宙から星を眺めているような感覚かもしれない。
どこまでも広がる青い海。
そこから比べれば、人類、魔族、亜人が住む大陸は小さく見えるかもしれない。
だが、その小さな世界を舞台に、生命は争いを続けているわけか。
なんだか、それも切なくなってくる話だ。
「ヴェルト様の故郷はどちらですか?」
「ん~、こっからじゃ分からねえな。まあ、良いところではあるけどな」
「あら、どのようなところがですか?」
「こんな俺を好きになってくれた奴らと出会えた国だから」
「まあ、それは本当に素敵ですね」
真顔で聞いてくる、エルジェラ。
ヤベエ、何だか恥ずかしいから適当に誤魔化そうとしたが、何だかそれが出来ずについ本音がポロっと出てしまった。
あ~、恥ずかしい。顔が熱くなっている気がする。
本当に、不思議な女だ。
何か、話を変えねえと……
「そういえばさ、お前らって結婚とかそういうのはないんだろ? つか、子供も生涯に一人しか産まないみたいだし、何でそれで姉妹が居るんだ?」
「ああ、それはですね、我々の世界の制度によるものなのです」
「制度?」
「はい、天空世界。それは、この領空だけではありません。我々の世界は、いくつもの領空に分かれていまして、それは世界各空に散らばっています」
「……えっ! 天空世界ってここだけじゃねえの?」
なんか、サラッと言われたけど、それってかなり重大なことなんじゃねえのか?
いいのか? いいのか? 世界の秘密をアッサリ教えて。
「遥かな昔より続いた世界。散らばった天空族を一つにまとめ上げたのが、私たち皇女の先祖。『八人の天空皇女』と呼ばれています。それ以降、私たち皇族は同時代に生まれた皇女を姉妹として接しています。皇女に優劣はなく、八人の皇女が時代ごとに天空族をまとめ上げ、管理し、守り、そして導いているのです。今は、私たちのお母様である、現在の八人の天空皇女が健在で、お母様たちが表立って全天空世界を管理しています。私たちは、いずれその後を継ぐものとして、今のうちに各地に配属して仕事などをこなして色々と学んでいるのです」
八人の天空皇女。その皇女の子供たちが次の天空世界を管理する。
世襲制なのは仕方ないが、一つだけ俺たちの世界と違う点があるとすれば、天空世界を一人の皇ではなく、八人の皇女が協力して管理しているということだ。
まあ、ぶっちゃけ……そこまで興味はねえけどさ……
「まあ、ゾッとするのは、お前らの母ちゃんはまだまだ現役で、さらにはお前やロアーラみたいな姫様が、まだまだ居るわけか」
「ゾッとするなど、ヒドイですわ。我々は地上人が干渉しない限り、決して無闇に関わることはありませんから」
そう言われても、こいつらの気まぐれ一つで、今の三種族の争いの勢力図が一気に変わることだってある。
そう考えると、この天空世界の存在はいつまでも伝説のままで居てくれた方が、何かとありがたいのかもしれねえな。
「次はヴェルト様です」
「はっ?」
「次は、ヴェルト様のお話を聞かせてください。ヴェルト様のお母様はどのような方でしたか? あっ、というより、この場合はご両親ですか? 天空族と違って、地上人は母親と別に、父親というものが存在するのでしょう?」
そうか……女が一人で女を生む世界に、父親なんてものは存在しないからな。
気になると言っても無理はないか。
それにしても、両親か……
「俺の両親は…………自分の命よりも……この世界の誰よりも俺を愛していた……」
そう。こんな息子で申し訳ないと思ってしまうほど、俺を愛してくれたんだ。
それは間違いなかった。まあ、だからこそ、後悔もしたわけだけどな。
それを一切伝えられずに、親父とおふくろは逝ったわけだからな。
「ヴェルト様……」
すると、そんな俺の横顔を見ながら、エルジェラはそっと囁いた。
「ん? なんだよ……」
「ヴェルト様。私はまだ親になったことはありません。そして、地上人の父親というものを知りません。ですから、本当にアテにはなりませんが、私は思いました」
「なんて?」
「ヴェルト様は…………きっと、良い親になられるなと」
……本当に、アテにならないというか的外れだな。
こんなアホが親になったら、子供が不幸になるに決まってんだろうが。
「ねーな。何言ってんだよ。俺がガキで、親がこれなら、まず間違いなくグレるな」
「いいえ、そんなことはないと思います」
「はあ? 何を根拠にそんなこと言えるんだよ」
「だって、ヴェルト様は……親の愛情を誰よりも理解していますから」
「………………」
「そういう方こそ、その愛情を今度は自分の子供に伝えて上げるのだと思います」
言われてどこか胸がズキンと来るような感覚だった。
俺が親になる? それは、あまり考えたことはなかった。
もし、本当にフォルナと結婚すればそんなことはありえるかもしれないが、その場合は母親がしっかりし過ぎているからな。
ウラと結婚したとしても同じだ。
まあ、俺が親父になる資格云々は置いておいて、俺はそんな状況だから、そこを考えたことはなかった。
あっ、でも王都でウラとハナビの三人で歩いていた頃は「親子」とかって冷やかされたな……
「……そいつは……どうだかな」
「あら、そうだと思いますよ?」
不思議な感覚だった。今まで一度も誰ともそんな話をしたことはなかった。
仮に話題に上がったとしても、適当にふざけて誤魔化していた。
それなのに、何だかこの女を相手にしていると、ポロポロポロポロ、ガラじゃない言葉が出てくる。
しかも、それが悪い気分じゃないから、更に不思議だった。
だが、俺がそんな穏やかで心地よい時間をいつまでも過ごしているかと思ったら…………世界の急変は突然起こった。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
それは天空に突如響き渡った怪物の咆哮だった。
「なっ……こ、これは!」
「ッ、一体、何事ですか!」
思わず俺たちが立ち上がると、その瞬間、天空に巨大な爆音とキノコ雲が発生した。
「げっ……う、嘘だろ……」
「そんな……何が……何が起こったのです!」
事態が全く理解できない俺たち。
その時、いつもどおりの無機質なテレパシーの声が俺たちの頭に鳴り響いた。
―――緊急事態発生。強力な拘束具と牢により捕らわれていた、チロタンが自力で脱走。繰り返す、チロタンが脱走。周囲の騎士団は直ちに警戒にあたり、その行方を追え。なお、ただいまの爆発により、磁場が大きく乱れてチロタンの居場所の感知が困難。くれぐれも単独行動を控えて搜索に当たるように。
そして、俺たちは知ることになる。
本気でブチ切れた、七大魔王の本領発揮を。
天空世界が思うほど、七大魔王の称号が甘いものではなかったということを。




