第118話 茶番
審議会には軍幹部を含め、帝国の有力者集っていた。
厳重な拘束具と鎖で全身を巻かれているのは、マッキーラビットこと加賀美。
そこから半径十メートル四方は何もなく、傍聴者の目の前には腰の高さ程度の柵が設けられている。
そして、俺は目の前で起こっている茶番に目と耳を疑った。
「では、次にマッキーラビット氏の功績を報告致します」
どこかの偉い貴族か政治家かは知らないが、加賀美の罪状を述べるのではなく、功績を語りだした。
「総合会社ラブ・アンド・マニーを設立後、その企業の傘下に入った盗賊、海賊は数知れず、その全てを一括に管理し、彼らに海運や陸運などの職を斡旋。これにより、人類大陸での海賊や盗賊の犯罪が二割減少しております。更に、戦災孤児に対する孤児院を設立し、里親探しに尽力」
こいつは驚いたな。言い方さえ変えれば、あいつがすっかり善人扱いになってら。
「無論、今回の帝国危機を起こした罪は重罪ではありますが、彼がこれまで人類に貢献した成果も考慮すべきかと存じます。以上です」
さて、クラスメートをボコって犯罪者として送り込んだ身として、あいつが死刑になった場合は色々と複雑な気分になるが、あいつの功績を長々と聞かされると、これはこれで複雑な気分になる。
何だか、審議会全体が加賀美を裁くことを躊躇っているような空気だ。
フォルナとのデートの流れのまま、俺たちはこの場に立ち寄り、そして歯がゆい思いをしていた。
「やはり、そうなりましたわね」
全てを悟ったかのように呟く、フォルナ。どういうことだ?
「ヴェルト、確かにマッキーラビットの罪状は上げるだけでキリがありませんわ。ですが、今の人類大陸では、彼を簡単に裁けない事情があるのですわ」
「なんでだ? 野郎が帝国をぶっつぶすところだったうえに、あくどい商売も腐るほどしてるんだろ?」
「ええ、ですが今も報告が上がったように、マッキーラビットが経営する組織で多数の元盗賊から元海賊に加え、犯罪者予備軍が多数所属していますわ。もし、マッキーラビットが倒れて組織が崩壊した場合、それらが全て人類大陸の野に放たれることになりますわ」
そういうことか。
元盗賊、元海賊、さらにはハンターに至るまでを雇い、そして管理して職と金を与えたことが犯罪低下に繋がっていたとはな。
「さらに、彼らの開発した商品も彼ら独自の技術による物。それが途絶えれば、当然社会にも影響を及ぼしますわ。そして、それを製造するものたちも新たに職を失い、路頭に迷いますわ」
正直、やられたと思った。
加賀美の野郎は分かっていたんだ。こうなることを。
自分が存在しない限り、組織が回らない。そして、自分が居なくなることがどれだけ人類にとってマイナスになるのかを分かっていたんだ。
中央で一人ほくそ笑んでいる加賀美は、無言で俺にこう言っているように見えた。
―――なあ? くだらねえだろ?
それが、には腹立たしく、そして何だかんだでここまで成り上がった加賀美を、見事だと思ってしまった。
「クズ野郎が。大したもんだぜ」
やってくれる。やるじゃねえか。そう思わされた。
俺は、気づけば柵を乗り越えて、加賀美の前に立っていた。
「えっ、ちょっ、ヴェルト! あなた、何をしていますの!」
「ヴェ、あのバカ! 何であいつはああいうことを堂々と出来るんだよ!」
「ちょっと、ヴェルトくん! それはシャレにならないから早く戻ってきなさい!」
「おい、誰だ、あのガキは!」
「いや、待て、あれはこの間の勲章式で表彰されていた奴だ」
「そうだ、フォルナ姫の恋人だ!」
淡々と進んでいたはずの審議会がどよめきだした。まあ、俺も大概だけど、あの帝国全土の注目を浴びた表彰式に比べれば、この程度のどよめきや問題行為に対して、それほど何とも感じなかった。
俺はぷかぷかと浮いて、二度と会えないはずだった加賀美の眼前に立った。
「くはははは、この野郎。これだから、コミュニケーション能力の高いリア充はメンドクセえ」
「おっ、やっぽー。ずーいぶん、パナく早い再会だったじゃな~い、マ~イフレンド」
「やってくれたぜ。勲章なんか貰ったのが、今になって恥ずかしくなってきたぜ。テメエにとっては、タイマンで負けることも、ましてや捕まることすら大した問題じゃなかったんだな」
「え~、何のことかね~? こうして自分の罪をパナい反省している俺は、自分の裁きを粛々と待つのです~」
喧嘩に勝って全体的に負けた。なんかそんな気分だ。
「皮肉なもんだな。この世を恨んできたテメエが、この世によって生かされている。世界を変えるだけの存在になりやがって」
「にゃはははは、褒め言葉? 褒めてるよね? 喜んでいいのかな?」
「ああ、ここまでくると、てめえ、パナいな」
目の前の敵をぶっ倒す以外のことをできなかった俺ではたどり着かない深い所まで、こいつは見ている。
今の俺なんかじゃ、救えねえはずだ。
「ヴェルト・ジーハ殿、今は神聖なる審議の最中です。直ちにそこから離れなさい!」
俺を怒鳴るような声が飛び交うが、もはや茶番にしか見えないこの状況下で、俺が臆することはなかった。
「ああ、いいよ。出ていくよ。俺としては、もはやこいつが俺の大事なもんに手を出さねえかぎり、しばらくシカトするさ。今の俺には手に負えねえ」
「え~、せっかく会えたんだから、また遊ぼうよ。ヴェルトくん♪」
「死んでもお断りだ。だが、お前の言うとおりせっかく会えたんだ。さっさと情報交換してバイバイといこうぜ」
「情報交換? なにを?」
「簡単だ。お前はこれまで、他に誰と再会した?」
俺が、今のこいつにしてやれることもないし、こいつが死刑なんて後味の悪いことにならないと分かった以上、こいつから聞き出すことはもうこれ以上ない。
だから、俺がこいつに問いたださなきゃいけないのは、正直これだけだった。
「なるほど、そう来たか。会いたい子がいるわけね」
「ああ、そうだ。それが俺自身が見つけた生きる目的でもあるからな」
案の定、俺たち二人以外には意味不明な問答だが、それでも何かを察したのか、俺を咎めていた連中もいつの間にか静かになっていた。
「君と宮もっちゃん以外は、二人。綾瀬ちゃん、備山ちゃん。残念ながら、美奈ちゃんとは再会してないよ」
「ちっ、やっぱりか。そう簡単には本命にはたどり着けないか」
まあ、そうだろうとは思ってたけどな。こいつがもし神乃と会っていれば、俺との喧嘩の時はそれをネタに俺を揺さぶっただろうしな。
それをやらないってことは、こいつは神乃とは再会してないってことだ。
「備山ちゃんがどこにいるか教えてやろうか?」
「備山かぁ……あんまり思い出はねぇけど……流石にどうでもいいって言うわけにもいかねぇしな……一応教えろ。これまでは、たった一人再会するたびに命がけだったり死にかけたりしたから、次は是非とも平和な再会を祈りたいぜ」
鮫島の時も、宮本の時も、加賀美の時もいつもギリギリだった。
今後、俺が一体どれだけの奴らと再会できるかは分からないが、あんまりこれまでのような再会にはならないでくれと願うばかりだった。
だが、その時、俺はふと思った。
「ん? そういえば、何で備山だけなんだ? 綾瀬は?」
そういえば、宮本も綾瀬と再会していたみたいだし、話題に出さないことを疑問に思って聞いてみた。
すると、加賀美はニヤニヤ笑いだした。
「ああ。だって、綾瀬ちゃんはすぐに再会することになるだろうからね」
「あっ? それってどういう意味だ?」
そう思ったとき、閉ざされた審議所の扉が勢いよく開けられた。
「審議中に失礼します」
若い女の声だ。誰かが、現れた。
ストレートの長い水色の髪。
凛とした冷たい瞳と、整った顔立ち。
年齢は若い。俺と同じぐらいか?
遠くからでも分かる、目立った黄色いロングコートを羽織った女。
「耳を疑ったわ。あなたが確保されたと聞いたときは」
なんだ? この上から目線の女王様口調の女は?
すると、加賀美の表情に更に笑みが浮かんだ。
「おお~、これはこれは。遠征中と聞いたけど、お早いお帰りで」
「当たり前でしょ? 袂を分かったとはいえ、それなりの付き合いなんだから」
加賀美の知り合いか? いや、それだけじゃなく、この場にいる誰もがその女の姿を見て驚いている。
「ん? ……あら!」
「……え?」
その女は隣にいる俺を見て、小さく微笑んだ。
「空の映像は私も見ていたわ。それと、勲章授与式の話も聞いたわ。君がフォルナの旦那様の、ヴェルトくんね。お会い出来て光栄よ」
俺のことまで知っている? いったい誰かと思っていたら、その場にいた誰かが声を上げた。
「アルーシャ姫!」
姫? すると、加賀美が笑いを堪えながら俺に向かって言った。
「そうそう、ヴェルトくんは知らないよね。アークライン帝国の姫君にして、光の十勇者の一人。『アルーシャ・アークライン』様」
帝国の姫? さらに、光の十勇者だと!
その予想外の素性に、俺は絶句した。
そんなとんでもねえ、超VIPだったのか?
「アルーシャ。あなた、北方遠征に往かれていたのでは?」
「久しぶりね、フォルナ。そのはずだったんだけど、マッキーラビットについては放っておけないからね」
「そう、だったんですの?」
「ええ。それにしても、フォルナ。良かったわね、最愛の人と再会できて」
フォルナと何気ない会話をしているアルーシャだが、確かに身に漂う雰囲気や物腰が普通じゃない。
それにしても、加賀美はこんな奴にまで目の敵にされていたのか?
だが、当の本人の加賀美だけはどこか皮肉の籠もった笑みを浮かべている。
「くくく、あはははは、こいつはいいや……」
そして……俺にだけ聞こえるような小声で……
「アルーシャちゃん…………もとい、綾瀬ちゃん」
え………………?
俺は更に言葉を失った。
ついに出やがった……




