第114話 懐かしい朝
――えへへ、楽しいね、朝倉くん
何でこの夢を?
懐かしい光景だ。
神乃が居て、気づけば回りに人が集まった。
気づいたら俺も笑いそうになっている。
だが、あの日はもう二度と戻らない。
加賀美との再会がそれを決定付けさせた。
あいつは変わった。もう、二度と取り返しのつかないところまで進んでしまった。
だが、それでも願わずには居られない。
神乃。お前だけはどうか変わっていないで欲しいと。
そう思うと、胸が苦しくなる。
――ヴェルト
ああ?
――ん、ちゅ、起きませんわね、なら、………もうちょっと、ん、ちゅ
胸が苦しい? いや、何か息苦しいというか、呼吸がうまくできないというか………
「好き。大好き。ワタクシのヴェルト。ワタクシだけのヴェルト。ん~」
おい………
「ヴェルト、すごい。こ、ここが、こんなに………昔、一緒にお風呂に入った頃は全然………先輩が言っていた通り、男の人って朝はこんなに………」
頭が働かないというか? これは夢の中なのか?
「ふふ、でも、うれしいですわ。ワタクシのことを夢の中でも感じていてくださるのね。ヴェルト」
いや、何で神乃の夢を見ていたかと思えば、俺のベッドの中に下着姿のフォルナが這い寄り、さらに唇を塞ぐ?
「お、王族の娘として、知識としてはワタクシも、………でも、シたことありませんからうまくできるかどうか………ヴェルト、喜んでくれるかな?」
あん? 何でフォルナが俺のズボンを下ろして、口を開けて、何を………
「ヴェルト、………いきますわ! あ~~~む」
「………おい!」
………取り敢えず、チョークスリーパーかました。
昨日もなかなかハードだったが、体は思いのほか痛みは無かった。
まあ、四獅天亜人やらクレランとの戦いに比べれば、それほど怪我もなかったしな。
結局あの後は、細かい処理やら顔見せやらは後回しにして、疲れた体を休ませるためにフォルナの屋敷に泊まった。
「「「「「おはようございます。フォルナ様、旦那様」」」」」
部屋の外に出れば左右に並ぶ十人以上のメイド。
フォルナ一人に何人世話係がいるんだよ。
「おはようございますわ」
「フォルナ様、朝食のご用意ができております。また、既に兄上様やお連れ様も居間に降りられております」
「あら、さすがに兄様たちはタフですわね。分かりましたわ、ヴェルト、ワタクシたちも朝食にしましょう」
帝国の高級住宅地区に構えられた、フォルナの屋敷。
庭付きメイド付きにプール付きに部屋が何部屋もある、絵に描いたお屋敷ぶりだった。
人類大連合軍は人類の英雄たちの集団とはいえ、新兵や階級の低い連中は軍宿舎や仮宿住まいだが、階級が上がるに連れて様々な特権や土地やら人材やら財やらが与えられ、その頂点に位置するフォルナが与えられるものは想像を遥かに超える。
まあ、元々が一国の姫様なだけに、家の中も豪華なシャンデリアやアンティークな絵画や骨董品などが飾られている。
「おい、クソ遅え。今日は午前中に勲章式典と陛下との顔見せがあるから早くしろって言ったのはテメエだろうが」
「おそ~い。弟くん………あれ? なんで、弟くんと妹ちゃんが同じ部屋から? それに、何だか弟くんが罪悪感に満ちた表情なのに対して、妹ちゃんは顔がツヤツヤしている」
「おい、フォルナ………昨日だけ………ヴェルトを貸したのは昨日だけだが、まさか何かやらかしていないだろうな?」
「おはよっすー! も~、兄さんも嫁さんも朝から腕組んじゃって、完全に新婚状態じゃないっすか~!」
居間の扉を開けて目に入るのは、重厚感漂う長テーブル。
ファルガやウラは元王族なだけあって、何だか豪華な部屋や空間にもしっくりとしている感じかする。
つーか、昨日は戦争に参加したというのに傷一つないメンツを見ると、本当にこいつら全員化けもんだなと思いたくなる。
だが、あれ?
「ムサシは?」
「あれ? そーいえば、ムサシちゃんいないね」
「というより、あいつは部屋にもいなかったらしいぞ? 私たちはてっきり、あいつはもう起きてると思っていたが」
ムサシがいない? どこに? と思ったのも束の間、俺とフォルナに続いて、ムサシが居間に入ってきた。
だが、どこか様子がおかしい。顔を赤くしながら、何だかフラフラしている。
「あう~、あう~………………あう~」
「おう、どうした、ムサシ?」
「あう~、あう~、あう~………………はっ! と、殿! お、おほ、おはようございます!」
「ああ。お前どうしたんだ? なんか顔を赤くして」
すると、ムサシは途端にパニクって両手を振ってごまかそうとする。
「い、いえいえいえいえいえいえいえ、なんでもないでござる! せ、拙者は何も見ていないでござる! 太極図とかウロボロスなんて見ていないでござる!」
何を見た?
「ムサシ。お前、さっきフォルナのメイドがお前を起しに行ったら、部屋にいなかったと聞いたが」
「な、何を、ウラ殿。せ、拙者は、昨晩から、その………殿をお守りするために、殿の部屋の天井裏に………はっ!」
慌てて口を閉じるムサシだが、今のはほぼ答えを言っているようなもの。
フォルナが急にショックを受けたような表情を浮かべた。
「ム、ムサシと言いましたわね………………」
「はっ、こ、これは奥方様!」
「ねえ、あなた………昨晩からずっとヴェルトの部屋の天井裏で見張ってたということは……ワタクシがヴェルトの部屋に忍び込んだのも?」
「あっ、その、いえ、奥方様は殿とご夫婦ゆえ、殿と同衾されることに拙者がとやかく言う必要もなく………」
「うふふふ、問題なのはそのことではなく、………………あなた、見ていましたの?」
見たな………絶対………
「み、見てはいないでござる! というより、何をでござる? 昨夜は奥方様もお疲れで、殿のベッドに忍び込んだものの、そのままお休みになられたではないでござるか!」
「ええ、昨晩は。………………今朝は………………?」
その瞬間、ムサシが汽車のように煙を頭から出して部屋中を落ち着き無く走り回った。
「みみみ、見てないでござる! 拙者は何も見ていないでござる! 先に目を覚まされた奥方様が突如服を脱がれて殿を朝這いして、接吻やらここ、こう、口いんし、その後に殿が目を覚まされて抵抗されるものの、そのままくんずほぐれつになり、太極図と言いますか、ウロボロスと言いましょうか、互いのペペペ、ぺ、ニ……殿の、こ、虎徹、そして、お、奥方様の、と、桃源郷……を……ぬわああああ、拙者には言えぬでござるぅぅううう!!」
朝早くから、フォルナの疾風迅雷アッパーでムサシが天井に叩きつけられた。
「ヴェルトォォ! あなた、何故、こんなウッカリ亜人を拾ったんですの?」
「エッ? あ~………おもしれーから?」
「み、見られましたわ! ヴェルトにしか絶対に見せない、ワタクシのハシタナイ姿を! 絶対に、ワタクシが、い、淫乱などと勘違いしてますわ!」
「いや、今朝の光景を思い出すと、俺でもお前は相当色々溜まってたんだと………」
「いやですわああああああ!」
フォルナは恥ずかしさのあまりに壁に地面に何度も頭突き。
屋敷中に轟音が響き渡った。
「フォルナ様、一体何事………………ッ、フォルナ様がご乱心を!」
「えええい、フォルナ! ヴェルト! お前ら………今のムサシの発言………お前たち朝から何をヤっていた!」
「兄さん、男っすね!」
「クソ品のねえやつだら………つきあってられるか………」
「う~ん! ここのご飯おいしー。昨日はサイクロプス食べられなくて残念だったけど、たまにはこういう料理も悪くないわね」
賑やかな朝。昨日までの戦が嘘みたいだ。
いや、それよりも、この感じ……
「フォルナ~、貴様、ヴェルトと……一線越えたな!」
「うっ、ううう~、それは、まだ寸前で……だって、ヴェルトが……だから、お、おくちで……」
「そ、そうか……そこまでなら……しかし、それでも私と同じ領域まで……油断ならん女め。くそ、この五年間………お前に気を使わずにヴェルトと契っておくんだった!」
「だって、五年ぶりに格好良く大人になったヴェルトが朝起きたら目の前に居て………我慢できなかったんですもの………」
「いい度胸だ! ならば、私も今日からもう遠慮はしないからな!」
フォルナが居て、ウラが居て、ファルガが居て、クレラン、ムサシ、ドラまで加わった。
このメンツで一斉に揃うのは初めてなのに、フォルナが居るだけで何だか何でも「懐かしい」「久しぶり」と感じてしまう。
命懸けではあったが、もう一度この感覚を味わうことができて本当に良かった。




