イクトルート7
ドラグーンの討伐成功で、周囲は湧いてる。
僕たちみたいな狩人もいるし、ちゃんとした国の兵士も揃って雄叫びをあげた。
そんな中、息を吐き出した僕に近寄って声をかけたのはチトセさん。
「すごいな、君は。ドラグーンを滑らせて海に落とすとは」
「いえ、すごいのは本当にイクトさんと、氷の道を作ったヒノヒメさんですよ」
「謙遜だな。連れの戦斧以外に傷を負わせる武器がないと見てからは早かっただろう」
チトセさんがいうとおり、兵が来ても持ってたのは距離を取って刺す槍ばかり。
だから僕はイクトさんたちにドラグーンが泳げないと聞いて、水で濡らした道を凍らせて、ドラグーンを滑らせ港から海に落としたんだ。
アイスバーン現象なんて知らないだろうに、僕の拙い説明でやった二人が本当にすごいよ。
今は船員の海人たちが潜ってドラグーンの様子を確認中。
少なくとも上がって来る様子もなければ、呼吸による泡も出ないから死んでるはず。
「ほんま、素敵やわぁ」
溜め息を吐きながら賞賛するヒノヒメさんの視線の先にはイクトさん。
僕とチトセさんは思わず顔を見合わせた。
「え、もしかしてひと目ぼれってやつですか?」
「ちょ、お姫いさま? 何言ってはるん!?」
チトセさんのつっこみは気にせず、ヒノヒメさんが僕のほうに向きなおる。
「なぁ、坊? 三、四年前に、チトス連邦に行く予定なかったやろか?」
「え、えっと、海を見たいとイクトさんが言ってた時期はありましたね」
「せやろなぁ。あぁ、その時動いてくれとったら、会えた気ぃするのになぁ」
「ちょ、待って下さいよ。いきなりルキウサリアいく言うてはったの、まさか男と会うためですか!?」
いや、それはおかしい。
だってこれが初対面だし、イクトさんの反応を見てもそうだ。
「あ、イクトさんとニノホトで会ってたとか?」
「そんなことあらしません! というか、ニノホト出身ですか、あの海人」
チトセさんが訛ってた言葉を戻して、イクトさんの出身に目を瞠る。
けどそんなことも気にせず、ヒノヒメさんは僕に内情を話し出した。
「うちなぁ、ニノホト皇の縁者でな、ちょぉっと神託? 託宣? できるんよ。それで、イクトさまと出会いとうて、学園からここに留学の途中でなぁ」
つまり何やら予言めいた力がある?
チトセさん見ても否定しないどころか、それ言うのって感じの顔。
あ、これたぶん、トップシークレット系だ。
「あの、聞かなかったことに…………」
「いけず言わんといて。うちの勘なんやけどな? 手伝うてくれたら、上手くいくと思うんよ。なんや困ることもあるなら、うちも手を貸すつもりもあるんよぉ」
にこにこ美人にお願いされ、本当に予言めいた何かがある気がしてきてしまう。
「ちなみに、なんで一番年下の僕に?」
「一番血筋のえぇの、坊やない? 帝国の公爵子息の子ぉ、血縁やと思うんよ」
チトセさんも驚いて、その公爵子息について教えてくれたら、うん、親戚。
皇帝の従兄弟の子供で、僕とははとこに当たる子だった。
「僕自身会ったこともないのに、なんでわかるんです? その子息もきっと知りませんよ」
「本当に帝室に血縁があるのか? いや、まぁ、わかりやすい繋がりがあればこの方は当てるんだが」
本当にそういう力で、血縁とかは当たりやすい部類だとチトセさんが言う。
その上で、僕はロックオンされてるらしい。
この状況で僕がとれる行動は、保護者のイクトさんに相談することで、うん、繋ぎ取っちゃう感じになる。
逃げられない状況に僕が黙るとチトセさんが取りなすように言った。
「その、悪いようにはしないはずだ。逆に、こうして声をかけて暴露するということは、そのほうがより良い先に繋がるという神のお告げのようなものだ」
「お船に乗るんやろ? せやったら、うちもついて行かせてほしいなぁ。大丈夫や、楽しいことはあっても悲しいことはあらしません」
ヒノヒメさんがぐいぐいくるし、これは僕じゃ無理だ。
しょうがなくイクトさんへ話を持っていく。
イクトさんも出身国のお姫さまとなると、侯爵さん相手のような雑対応はできなかった。
そして本当にただのお姫さまじゃなく、お告げのような神がかりを見ることになる。
「まずはうちらの預けてたもの、一緒に取り行かさしてもろて」
海運ギルドか何かに荷物の受け取りにと言い出したヒノヒメさんと同行したら、そこに風変わりなエルフがいた。
何故かそのエルフとヒノヒメさんが意気投合。
あれよあれよという間に、数日後にはエルフの住む大陸西へ向かう西回りの船に人数分取れたし、もちろん、ヒノヒメさんとチトセさんの分もある。
「旦那さま? 珍しいですね、ここまで押し込まれるの? いい加減所帯持つ諦め尽きましたか?」
「違う…………。何故か、全てがあの姫君の都合がいいように物事が動くような?」
今も執事のように振る舞うイースさんに、イクトさんは宿まで同じ場所を押さえられた状況に額を押さえて考え込む。
僕も何故かヒノヒメさんに気にいられてるらしくて、連れ回される状態だ。
僕より年上だけど、イクトさんからすればすごく年下のヒノヒメさんは、イクトさんへ嫁にもらってほしいと他の使用人にも言ってはばからない。
今日は勝気な美魔女風メイクのマーサさんが、口元に手を添えて笑った。
「あら、相手がお姫さまだなんて、行きつくところまで行きつきましたわね? 旦那さま、玉の輿ですわよ」
「それで、アーシャはその手紙にあの姫君のことは書くのか?」
渋面のイクトさんを揶揄わず、ミロイさんが書き物をしていた僕に聞く。
それにレントさんも思い出したように言った。
「上司の方への報告もってことになると、貴族の結婚だし必要だな。これ、本当にあのお姫さまは何処まで計算してアーシャまで懐柔してるんだ?」
確かに、ヒノヒメさんが最初に僕を指名したのが計算づくに思えてくる。
貴族の結婚は王さまの許可が必要だそうで、結婚届受理する先が、前世のような役所じゃなくて王さまで、帝国では皇帝なんだ。
つまり、筆不精のイクトさんに代わって手紙を書いて報告もしてる僕へ、事情を最初に話したのは、報連相としては正解。
イクトさんに頼んだらいつまでも結婚のためにお付き合いの一歩すら進めなかった。
「ここに来るまでも助けた大商会のご令嬢から、富んだ領主の妹君から、お忍びでいらした何処かの王姪から色々あったことは報告してたので、同じようにお知らせだけはします」
手紙に対して侯爵さんから詳しくって言う返事もあったし、貴族的には何処の誰と縁を繋いだか気になるらしい。
もちろん女性以外も、腕を見込んで登用とか士官とかの誘いが旅の間にあった。
ただ、イクトさんはそれらの縁をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
この港町で魚料理噛み締めてた姿見ると、お金や美女より、食だったんだろう。
僕も久しぶりに食べて、川魚と海の魚ってこんなに味が違うんだって驚いたよ。
まぁ、その感覚はヒノヒメさんたちも共通だったらしく、なんだかんだ食の趣味が合って、イクトさんと仲良くなってるように見える。
「僕としては、明日の出航でヒノヒメさんたちが高飛び同然に本来の船とは別の船に乗る予定なのが、伝えるべきかどうか迷います」
実はヒノヒメさんたち留学のためにこの港町に滞在してて、今回の騒動だ。
他にも連れがいるらしいのに、その人たち置いて旅立つという。
国に帰る航路だから問題ないとか、たぶん問題しかないこと言ってた。
そして当日、案の定、別の船に乗り込んだヒノヒメさんたちに気づいた関係者が港で騒ぐことになる。
こっちとしては他人ごとで済まそうとしたんだけど、その中に、僕と同じくらいの子供がいてちょっと目を引いた。
旅して狩人してた僕に比べると、小綺麗な貴族のお坊ちゃんという感じの大人びた子。
「あれ、あの子ぉが公爵のご子息なんよ」
ヒノヒメさんに言われて、僕は紺色の髪の貴族子弟に笑って手を振ってみた。
すごくなんだこいつって顔されたけど、逆にそれが年相応に見えて笑ってしまう。
血縁者って言われても、あんまり実感はわかないや。
ただその瞬間、海鳥に似た魔物が視界の端を飛んだことに気づく。
周辺によくいるタイプで、敵わないから人間は襲わない。
けど、勝てると思えば襲うという、子供にとっては害のある魔物だった。
「ヒノヒメさん、少し下がって」
「気持ち右狙ってなぁ」
何をするとも言ってないのに。
まぁ、神がかった人に助言をもらったからには従うか。
僕は腰に下げた小ぶりな弓に、手元を見ないまま弦を張って矢を番えると、狙い定めたところから気持ち右に放った。
この時に無駄な呼吸は邪魔だから、ひと呼吸の間に収める。
瞬間、公爵子息の帽子を獲物と間違えて狙ったらしい海鳥の魔物に命中。
ちょうど風が吹いて、左に流れそうになったけど、右狙いで修正され羽根を貫いた。
そしてバランスを崩しきりもみして、魔物は船を係留する石の塊に頭から突っ込む。
だらりと舌を垂らして動かなくなった様子から、首が折れて死んだようだ。
「えぇ腕やね。きっと帝都にも聞こえる狩人になりはるなぁ」
まるで予言のような言葉の後には、気づいたイクトさんたちからも褒められた。
ちょっと得意になった僕は、まだ呆然とした公爵子息と目が合う。
もう一度手を振ってみると、慌てて帽子を脱いで声を上げた。
たぶんお礼を言ったんだろうけど、ちょうど護岸から船が離れ始めて風の音に紛れる。
そんな船出で妙な仲間の増えた旅は、どうやら順風満帆に始まった気がした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




