第六十六話・強がり
巡視艇から離れる際に正反対の方向に向かう。縛り上げた乗組員たちに見せつけるようにワザとゆっくり進んでいく。少し遠回りにはなるが、目的地がどこか悟られないようにするためだ。
「またああいった船が近付いてくるかもしんねェな」
「アレもそんなに堂々と海に居られるモノじゃないからねー、大丈夫だいじょーぶ」
江之木の不安をよそに、アリは呑気に鼻歌を歌いながら操舵輪を握っている。
海上保安庁の巡視艇に似せた船だ。本物の巡視艇または巡視船に見つかればただでは済まない。それが例え国会議員やそれ以上の存在の息が掛かっていたとしても。
「あ、コレ返すねー」
ポンと投げて寄越された警棒を受け取り、江之木はその先端を甲板に押し付けて縮ませ、腰のホルスターに仕舞った。
「オマエが持ってりゃいいのに」
「それだと江之木サンが丸腰になるでしょー」
「まあ、それもそうか」
操舵室の扉に凭れ掛かり、船を操るアリを後ろから眺める。口調も態度も変わらないが、彼が先ほどからほとんど動かないことに江之木は気付いていた。
「兄ちゃん、怪我してんじゃねーの」
「えー、そんなコトないよー」
負傷を指摘され、アリは笑って否定した。
しかし江之木はそこで退かず、更に踏み込む。
「さっき一撃喰らってただろ」
「……見てたのー?」
巡視艇に飛び移って制圧する際に、鉤付き棒を持った二人の乗組員と対峙した。警棒で倒す際に棒の先端がアリの腹に当たったのを江之木は目撃している。
その後も普通に動き回っていたから掠っただけだと思っていた。しかし、思っていたより痛みがあるのか、アリの表情は以前ほど余裕がなくなっている。それに気付いているのは今のところ江之木だけだ。
「船を動かすくらいは出来るから黙っておいて」
「でも、オマエ」
「平気へーき! 単なる打ち身だよー」
よほど弱ったところを見せたくないのだろう。普段と変わらぬ笑みを浮かべて強がるアリに、江之木はそれ以上何も言うことが出来なかった。
一方、甲板では三ノ瀬が戦利品に夢中になっていた。
「わあい銃がいっぱい〜! ね、ね、撃ってもいいかなあ? 撃っていいと思う〜?」
「海の上だし、別にいーんじゃないですかね」
「あっ、でもコレ偽造拳銃だ〜。やだぁ、どこの国のだろ。暴発したら怖いからやめとこ」
巡視艇から奪った銃火器のうち、半数ほどがメーカー不明の模造品だった。こういった紛い物を普通に所持しているあたり、やはりあの巡視艇は本物ではなかったのだと分かる。
ザッと選り分け、粗悪な偽造拳銃は海に捨てた。使えそうなものだけを懐に仕舞う。
「さとる君も持っとく?」
「いや、オレ銃は……当たった試しがないし」
島で小銃を撃った際も一度も標的に当たらなかった。さとるが唯一出来た有効な攻撃は手榴弾だけだ。
「持ってたとしても、講演会の会場でブッ放つワケにはいかないもんね〜」
講演会の会場がどれくらいの規模かは分からないが、阿久居せんじろう以外の人間もたくさんいるに違いない。そんな中で阿久居だけを狙うのは難しい。不慣れな武器であれば尚更だ。
「あのさ、今回はみつる君達を探しにきたんだからね? 目的を間違えないでね」
念を押すように三ノ瀬が問われ、さとるは驚いたように目を見開いた。
「……オレ、そんなにヤバそう?」
「ちょっと危うい感じはするかな」
「ハハ、三ノ瀬さんに言われるって相当じゃん?」
「どういう意味よ!」
こうして笑い合えるうちは大丈夫。不安定な状況の中で、頼れる大人たちの存在が心強く感じられた。




