第六十四話・不審船
日が落ちて辺りが暗くなった頃、休憩を取ることになった。と言っても、漁船を動かせるのはアリだけだ。他の三人が交代で仮眠をとる。
前回の小型自動車運搬船と違い、操舵室以外の部屋はない。その操舵室も二人が立って入るのがギリギリだ。幸い甲板はそこそこ広いので、腰を下ろして休むことが出来る。
三ノ瀬と江之木がサッサと寝に行ったので、さとるは一人で船縁に肘をついて夜の海を眺めていた。吹き付ける潮風が体温を奪っていく。肌寒さに身体を震わせていたら、頭の上から何かを掛けられた。
「ほい毛布」
「……ども」
アリが差し出してきた毛布を受け取り、軽く頭を下げる。
なんだかんだで彼には世話になっている。船という移動手段がなければ連れ去られた二人を探しに行くことすらままならなかった。話せば苛立つし気は合わないが、アリが居て助かっているのは紛れも無い事実。
「船に積みっぱなしだったヤツだからカビくさーい! でもま、風邪引くよりはいいよねー」
ケラケラ笑いながら三ノ瀬達にも毛布を渡しに行くアリを見て、さとるは少しだけ気が楽になった。
「なあ、寒いし操舵室に入れてよ」
「いーけど、座るとこないよー?」
「船を運転してるとこ見てみたい」
「どーぞどーぞ」
狭い操舵室に二人で入り、扉を閉める。風が遮断されるだけで随分と体感温度が違う。
運転席の椅子に浅く腰掛け、操舵輪を握るアリの横に立ち、さとるは興味深そうに前面の操作パネルを眺めた。何に使うか分からない小さな計器類やスイッチが幾つもある。
「坊主も操縦してみるー?」
「いや、いい。てか坊主てなんだよ」
「坊主は坊主じゃん」
夜間、しかも障害物のない沖合での航行。時折操舵輪を回し、スロットルレバーを動かすくらいであまり変化はない。十数分もしないうちに、さとるは背面の壁に背を凭れさせてうとうとし始めた。
出航してからどれくらい経っただろうか。
まだ真っ暗な時間帯にアリが肩を叩いて寝ている者を起こして回った。
「巡視艇に見つかった。三ノ瀬サンと坊主は隠れて」
「えっ、なんで?」
「いーから、早く」
甲板中央にある四角い蓋を開け、そこに二人を押し込む。本来は生け簀として使われていた部分だが、現在は海水は入っておらず、多少窮屈ではあるが身を隠すことが出来る。三ノ瀬とさとるを隠したのは、漁船に女性と子どもが乗っていたら不自然だからだ。
二人が生け簀に入ったのを確認してから蓋を閉め直し、アリはマスクを付け、作業着のファスナーを一番上まで上げて刺青を隠した。江之木には古い防水着を羽織らせ、漁師を装う。
そうこうしている間に強力なライトの光が夜の闇を切り裂くように照らし、漁船の姿を捉えた。ひと回り大きな船が徐々に距離を詰めてくる。
「変ね、この船はチェックしないように通達が行ってるはずなのに」
蓋を閉められた生け簀の中で身を寄せ合って息をひそめる。互いの顔も見えない状態で三ノ瀬が不安そうに呟いた。
「連絡し忘れたとか?」
「葵久地さんはそんなミスしないもん。おっかしいな〜、現場に通達が行ってないなんてことないと思うんだけど」
一番最初の任務に行く際も、怪しい小型自動車運搬船が登代葦の工業港から無人島に着くまで日本の巡視船には捕まらなかった。その代わり、敵側の船には何度か見つかった。
「……ねぇ三ノ瀬さん。アリの話がホントなら、今この船に近付いてる巡視艇って日本側の人達じゃないかも」
「どういうこと?」
「『見逃せ』って連絡のあった船を狙って捕まえに来た、とか。邪魔者を排除するって意味で」
「もしそうなら、那加谷市に行けなくなっちゃうわ」




