第四十九話・出迎え
陸が近付いてくると、遠くから微かにサイレンの音が聞こえてきた。不安を掻き立てるような音色に時折混じるアナウンス。それは船室にも届いた。
さとるはもう一度船室から出て狭い階段を登り、操舵室手前の通路にある窓から外を眺めた。
先ほどより陸地が近く、沿岸にある建物の色形まで視認できる。遥か遠くの市街地からは相変わらず黒い煙が上がっているが、この辺りは民家も疎らだからか被害を受けていないようだった。
サイレンは被害を受けていない町の防災行政無線のスピーカーからも延々と流れている。
「さとる君、船酔いは大丈夫ですか」
「あ……はい。さっき薬貰ったんで」
真栄島に声を掛けられ、さとるは素っ気なく返事をした。先ほどアリと一触即発に成りかけた気まずさもあり、まともに顔が見られない。
「もうすぐ陸地に着きますよ」
「は、はい。でも、ここは?」
行きに利用した登代葦港とは明らかに風景が違う。登代葦は工業港で、周りは工場ばかりだった。今見える範囲に大きな建物は見当たらない。
「登代葦は主要道路が潰れて通行出来ないそうなので、私達は宇津美港から上陸します」
宇津美は同じ県内にある小さな町だ。近年町興しの一環でマリンレジャーに力を入れており、知名度が高くなっている。しかし高速道路や鉄道の駅もなく、不便な立地であることから被害に遭わずに済んだ。
小さな漁港に不釣り合いな大型船が侵入していく。陸地から長く伸びた堤防の内側に回り込み、徐々に奥へと進む。
ランプウェイがある側を岸壁に付けるようにして止まると、アリが操舵室から飛び出してきた。バチッと視線が合うが、さとるはすぐに逸らした。その様子を鼻で笑ってから、アリは船の係留作業のために走り去っていった。
「……ヤな奴」
さとるのこぼした小さな呟きに、真栄島は苦笑いを浮かべるほかなかった。
ここで船から車を下ろし、シェルターのある場所へ直接向かうことになった。
事前に連絡があったのだろうか。見慣れぬ大きな船が港に停泊したというのに、地元の人間は遠巻きに眺めるだけで近付いては来ない。
「この二台はもう遠くまで走れないよー。ここに置いていきなー」
下ろした車のうち、二台の軽自動車に対してアリがストップを掛けた。無反動砲を撃った際にフロントグリルやバンパーが破損している。見た目も酷いが、深刻なのは中身だという。
無反動砲の筒をエンジンルーム内に通す際、ラジエーターのクーリングパネルを従来のものより小型に取り替えている。その他、邪魔な配管を曲げたりパーツを替えたりして改造してある。島での特攻に耐え得る性能さえあれば済むからだ。
撃った際の衝撃が内部に影響を残している可能性もある。長距離移動の途中で壊れても修理出来ない。
軽トラックの荷台に乗って移動するわけにもいかない。どうしたものかと、さとるとゆきえは頭を悩ませた。
「もうすぐ迎えが来るから大丈夫ですよ」
そう言って、真栄島はにっこり笑った。彼は衛星電話を手に、余裕の姿勢を見せている。
「えっ、誰が迎えに来るんですか」
「私達の仲間です」
その言葉通り、数分もしないうちに一台のステーションワゴンが港の敷地に侵入し、船の目の前までやってきた。
「こんなところまでありがとう、葵久地さん」
「いいえ、任務お疲れ様でした!」
運転席から降りてきたのは、眼鏡を掛けた長髪の若い女性だった。




