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俺を追ってきている天界の住人の数は……およそ数百体。
「多すぎて、数えてらんねえよ!」
どうやら奴らは、『負の霧』の上空に、まんべんなくいたらしい。
先ほど増援を呼んでいたからだろう。続々と集まって来やがった。
少なくとも俺が相手できる数じゃない。
いまここにいる数の数分の一、百体だって同時に相手してられない。
たとえ連中の能力が半減していたとしても、手に余る。
こうなったら、あれだ。メルヴィスの庇護を求めるしかない。
180度向きを変えて、俺は突っ走った。
天界の住人たちに向かっていく方角だ。心臓がドキドキする。
だがその先にメルヴィスがいる。
そこまでたどり着けば、なんとかなるかもしれない。
幸い、聖気で遠距離攻撃してくる様子はないが、まだ安心できない。
奴らが脅威であることには変わりないのだから。
――ちゅどーん!
と思ったら、メルヴィスの魔法で吹っ飛ばされた。
空に舞う天界の住人たちを、羽虫を払うがごとく撃ち落としている。
キレモード再びだ。
その余波でまたまた死にかけた。
「巻き添え喰らったら、一瞬で昇天じゃねーか」
まるで前門の虎、後門の狼だ。俺はどっちに逃げればいい?
たぶん、どっちに逃げても死ねる気がする。
いっそのこと、自爆覚悟で天界の住人と戦うか? だが、数が圧倒的だ。
「我が王は、仲間思いの方だった」
そんなとき、メルヴィスの声が聞こえた。
途切れ途切れに聞こえてくるが、それは魔法の着弾音にかき消されているからだ。
メルヴィスは、何かをずっと喋っている。
「儂はいつも主がその呪縛から解き放たれることを願っていた」
どうやら、ヤマトについてのことらしい。
「頼られれば、嫌と言いつつも、懐に入れておった……儂は何度も見捨てるよう言ったものだ」
天界の住人がメルヴィスに襲いかかる。
先に排除すべき敵と認識したようだ。
「主は、お主らのためにあるのではない」
「ヤバイッ!!」
メルヴィスの魔力がかつてないほど高まった。
キレまくってるじゃねーか。
「お主らの実験のために使ってよいお方ではないのだ。その驕った考えこそ、万死に値するわ!」
俺は逃げた。
身体強化は最大限。後ろを振り返らずに、全速力で逃げた。
背後で膨れあがる殺気。
天界の住人たちは、こぞってメルヴィスの方へ集まっていく。
あいつらは、危機管理能力が欠如しているんじゃないのか。
これは世界の果てまで逃げる案件だろうが。
――『永眠』
あり得ないほど不吉な力ある言葉が聞こえた。
「おふぅ」
腹の中がかき回された。ヤバい、一瞬で意識を持って行かれそうになる。
あれだけ離れたというのに、まだ効果範囲に入っていたらしい。
「……ま、魔素吸収を」
魔法ならば、吸収できる……はず。
そうでもしなきゃ、文字通り永眠する。
頭がグラングランと揺れる中、俺は必死に周囲の魔素を吸収した。
体内に入った異物も同時に吸収する。
俺が殺られるのが先か、吸収が間に合うのか先か。
「……って、駄目かも」
身体が動かない。
身体強化してあるのに、関節がロウで固めたように固定されている。
身体を動かさないと……と思う間もなく、俺の意識は闇に沈んだ。
一面に白い霧が漂っている。
「ここはまさか……支配のオーブの中?」
見覚えがある。俺とオレが共存していた場所だ。
俺が唯一、オレと会話できた場所。
ここで馬鹿な話をして盛り上がったこともあるし、協力して乗り越えたこともあった。
ひとつの魂に融合された俺たちは、同時に表に出ることができない。
表裏一体の存在だったが、この中だけは違った。
天界の実験によって俺たちは図らずも魂を融合させられ……って、あれ?
「もしかして、あの言葉……」
先ほどなぜか、天界の住人は俺を追いかけてきた。
しかも増援を呼ぶほどに……俺を絶対に逃がさないという意気込みが感じられるほどだった。
「あいつら……俺を見て、唯一の成功例とか言っていたよな」
もしかしてそれは、俺とオレのことではないのか?
思い返してみれば、思い当たるフシがある。
トラルザード領で、俺ははじめて天界の住人を目の当たりにした。
その時なんて言われたか。
――ヤット見ツケタ
天界の住人は、そんなことを口走っていた。
何のことか分からなかったが、たしかに奴ら、俺を見て「見つけた」と言っていた。
つまり、俺のことを探していたのだ。おそらくずっと……だから「やっと見つけた」と言ったのだ。
そして今日も……。
「ということは、エンラ機関が俺を探している? 俺とオレが魂を融合したから、それが成功例ってことか? あの実験の時、俺たちは逃げ出したんだよな」
あの実験では、「オレの魂」を元に「俺の魂」を融合させたらしい。
だから実験室でのことは、オレの方がよく覚えている。
あれも擬人の一種だったのだろう。
器に入った状態で意識を取り戻したとき、身体を動かしていたのはオレの方だった。
だからだろう。
その後俺たちは、オーガ族の身体に転生した。
俺の魂が主導していたら、人間に転生していたかもしれない。
それはいい。問題は、奴らが俺を狙ってきた理由だ。
いろいろ考えたが、俺がその唯一の成功例であるのは、間違いないと思えてくる。
「……とすると、今後ずっと付け狙われるってことか?」
天界の住人は、実験のためならば何でもする連中だ。
そして面倒だから諦めるということもしない。
「……拙いな」
俺を狙っているのはエンラ機関だと分かった。
それは最悪の情報だった。
「こんなとき、オレがいてくれたら……って、無い物ねだりか」
オレは、俺を生かすために離れていった。
もう会うこともできない。
やはり俺は、半分を依存していたのだと分かった。
半身をもがれたのは辛い。
だが、立ち止まれない。それは約束だから。
「オレに恥ずかしくない行動をとらなきゃな……さて出口を探すか」
俺は白い霧が漂う中を歩き回り、いつもの穴を見つけた。
これに飛び込めば現実世界に戻れる。
俺は躊躇うことなく、穴の中に身を躍らせた。




