342
「現在我が軍は、天界の連中の拠点を次々と潰している」
深淵族のブーレイはそう言って、ニヤリと笑った。
なかなか戦闘狂っぽい笑い方だ。
ブーレイの言う敵の拠点というのは、俺が見たあの白い建物らしい。
天界の住人は、魔界の中央に聖気結界を張ったものの、メルヴィスに破壊された。
そのため、各地で拠点が孤立している状態だという。
「なるほど、あれが拠点ですか。聖気結界が維持されたままだったら、かなり脅威でしたでしょうね」
「拠点を見たのか?」
「ええ……白亜の建物ですよね。天界の住人が厳重に守っていました」
「おそらくそれだ。上空から天界の兵が補充されたのは見たか?」
「見ました。空に裂け目が現れて、わらわらと出てきました。途中で敵に見つかったので、逃げましたが」
あの建物は攻略しづらいようにできている。
一階部分に窓や入り口がなかった。
俺単独では、ちょっと建物に特攻できない。
壁を破壊してもいいが、そんなことを悠長にやっていたら、背中から襲われて間違いなく死ぬ。
だから逃げたわけだが、ダールム軍はあれを破壊して回っているのか。
なかなかの規模を動員しているな。
「空の裂け目は、魔素が薄いところを狙っているからだな。奴らはちゃんとそういう場所を把握している」
「そうみたいですね」
魔素は魔界に満ちているが、濃い場所とそうでない場所が存在する。
変質した魔素が溜まると『瘴気地帯』となる、
俺たち魔界の住人すら、瘴気地帯には住めない。
だからそんな場所はすぐに分かるが、魔素の濃度だけは見た目では分からない。
実際に暮らしていると、濃度の差を感じることができるらしい。
ただ、濃度の違いまで認識している者は少ないと思う。魔界の住人は大ざっぱだし。
そして魔素が極端に薄い箇所が存在する。
ほとんどの場合、それは空中だ。
地上に張り付いて暮らしている俺には分からないが、空中にはそういった箇所があるらしい。
天界の住人たちはそのような場所に穴を開け、魔界にやってくる。
ちなみに、魔界から天界に行く場合も似たようなものだ。
天界に満ちている『聖気の薄い箇所』に穴を開けることになる。
たいていは地上より下にある。
大地の裂け目とか、洞窟の底の方とかに多いらしい。
俺は天界に行ったことがないので分からないが、千年以上生きている者たちには実際に天界に行った者もいるらしい。
すき好んで、力が半減する場所に行きたがる物好きはそうそうでないと思う。
そういう訳で、魔界に侵攻してくる場所はある程度特定できる。
ただ、そこに罠を張ったなんて話はきかない。
魔素が極端に薄い箇所が多すぎるのか、見つけても放置しているのか、純粋に面倒だからなのか。
ブーレイの話を聞く限り、分かっていても、そのような場所をリスト化する訓練は受けていないのだろう。
「よし、ゴーランのおかげで天界の拠点がひとつ分かった。潰しに行けるぞ」
ブーレイはやる気だ。
俺が見た建物――ブーレイの言う拠点だが、本来聖気結界の維持に使われるはずだったものだ。
魔界の中央に結界を張り、その中に拠点となる建物を八方に作る。
次はそこを起点として結界を広げていく。その先で拠点を作り、同じように結界を広げていく。
そうやって結界を維持しながら広げてゆき、徐々に魔界を侵略していく予定だったようだ。
というのも、今回敵が張った聖気結界は、今までと違っていたらしい。
「頑張れば結界の中に入れるらしい。中から出ることはできないようだが」
そうブーレイは言った。
これはどういうことか。強力な個体ならば、聖気結界の中に入れる。
中に入れば、天界の住人と戦わねばならなくなる。
結界の中だと、俺たちの能力が半分ほどに落ちるので、かなり苦戦する。
逃げようにも、今度は結界の外に出られない。
これは極悪な罠だ。
弱い個体は結界を抜けられない。
そういった連中ならば、結界の外で戦っても勝てると踏んだのだろう。よく考えられている。
天界の住人が最初に張った結界は、メルヴィスが中から壊したらしい。
もしそうなっていなければ、かなり厄介な事態に陥っていたのではなかろうか。
というか、よく中から壊せたなと思う。さすが化け物級。
「拠点の場所は分かりますので、案内しますよ」
俺としては、はやくメルヴィスに正気に戻ってほしい。
というわけで、ブーレイに協力することにした。
俺ひとりならば手に余る建物でも、数で押せば破壊できるならば、その方が安全であり、成功率も上がる。
「よし、全軍で向かうぞ」
もし聖気結界が健在だったら、知らずに俺も中に入ったことだろう。
そして天界の住人に追い回されたかもしれない。
結界内で何体か倒せても、途中で力尽きたことは間違いない。
危ない所だったと思う。
また、ブーレイと出会えたことで、情報も手に入った。
目的が同じなので一緒に行動できるのはありがたい。
「俺の運も上向いてきたな」
俺が『丘の上の攻防戦』を戦ってから今日まで、やたらと危機的状況ばかりだった。
こういう風にうまく運んだことはほとんどない。
大抵は自力で切り抜けてきた。
頭と身体を駆使して生き残って……いや、結構死んでいるか。
それでもなんとか今日まで無事でいられた。
「この出会えた幸運に感謝しなきゃな……あっ、この先です」
逃げてきた記憶を頼りに歩いたが、正解だったようだ。
随分と近くまでこられたと思う。
目の前の林を抜けたらすぐだ。
「この先ですね。木々が切れたら……ほら、あれが……戦っている!?」
「あれはっ!!」
ブーレイが驚愕の声をあげた。
そりゃ驚くだろう。
これから攻略しようと思っていた拠点に行ったら、先にメルヴィスが来て暴れているのだから。




