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「空が青いな」
フッとニヒルな笑みを浮かべたが、おそらくだれも見ていない。
俺を吹っ飛ばしたのは、メルヴィスの放った魔法弾だろう。
天界の住人に向けて撃った、散弾の流れ弾。
それにしてはあまりに大きすぎるが、メルヴィスの魔法ならば、これでも被害が少ないくらいだろう。
どこか遠くでメルヴィスが天界の住人と戦っている。
「直上から落ちてきたって、いったいどこで撃ってるんだよ」
飛距離が半端ない。
規格外すぎて、戦闘場所が特定できないのは困りものだ。
いつまでも寝っ転がっているわけにもいかないので、起きることにする。
俺がメルヴィスの元に無策で突っ込んだ場合、無事に辿り着けるのだろうか。
かなり難しい気がする。
タイミング次第では、範囲魔法で一発昇天だろう。
辿り着けるかどうかが運次第。
そんな危険な賭けはしたくない。というわけで、作戦変更。
「先に天界の住人を蹴散らすか」
敵がいなくなれば、メルヴィスとてむやみに暴れたりしない……はず。
暴れたりしないよな?
敵がいなくなってメルヴィスが落ちついたら、頃を見計らって近づこう。それがいい。
「念のため、身体強化でガチガチに固めて天界の住人を殲滅……それでいきますかね」
戦場は分からないが、被害が酷そうな所に向かって俺は駆け出した。
しばらく進むと、天界の住人の死体がちらほら見えてきた。
だいたい原形を留めていない。
侵攻というからには、強力な個体が多いのかと思ったが、どちらかといえば小物っぽい連中の死体が転がっている。
「今回は数で押したのか?」
少数精鋭ではなく、数の暴力でくるなんて。
合理性を重んじる天界の住人らしくない行動だ。
ちなみに魔界の住人が死ぬと、魔素が抜けて、ただの死体になる。
天界の住人の場合、死体になると聖気を放出するため、しばらくは周囲の魔素がかき乱される。
それを狙ったわけではないはず。
「……おっ、いたいた」
かなり遠くだが、天界の住人を見つけた。
あいつらは服を染色しないから、すぐに分かる。いつでも全身が真っ白なのだ。
ファッションとは無縁……どころか、みな同じようなローブを纏っている。
研究以外はどうでもいいというのが、ありありと分かる格好だ。
前世でも研究者は白衣を着ていたなと、不意に思い出した。
研究者と白い服。なにか共通点があるのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながら進むと、生きて動いている天界の住人たちがいた。
周囲にいるのは二体だけだ。
天界からの侵攻だと、先に『聖気結界』を張ってから活動するものと思っていたが、そうではないらしい。
魔素が満ちるこの地で、たった二体。
何がしたいんだか。
俺は身体強化したまま全速力で近づき、手にした六角棍で一体を打ち据える。
「脆いな」
へしゃげた身体が飛んでいく。それを目で追うもう一体。呆然と立っているが、戦闘経験が皆無なのか?
俺はそのがら空きの腹に、六角棍を突き刺した。
吹っ飛んだ奴に追撃をかけて絶命させると、死体からわずかながら聖気が漏れ出たのが分かった。
戦いは一方的だった。天界の住人にしてはかなり弱い。
魔界の住人ならば、中位の上あたりだろうか。上位種族には届いていないと思う。
メルヴィスが戦っている場所はおそらくもっと先。
だったら、ここにいた二体は何をしていたのか。
「捜し物か?」
何か、もしくは誰かを捜索していたように見えた。
合理的に行動する天界の住人たちだ。
難しいことは分からないが、散らなければならない理由があったのだと思う。
「戦場にだんだんと近づいてきたってことだよな」
今回の目標は、俺が無事にメルヴィスのもとまでたどり着くこと。
気を抜いたら即死案件だ。そう何度も死んではいられない。
というか、次に死んだらもう生き返らないだろう。
だから気合いを入れつつ、慎重に進もうと思う。
○
メルヴィスが去ったあと、大魔王ダールムは執務室で溜まった仕事を片付けていた。
大魔王になってはや数百年。自分の国にガタが来ていることをダールムは実感していた。
いまの魔界には、大魔王はたった二体しかいない。
そのうちの一体であるダールムだからこそ、中途半端なことはできない。
国土が広いゆえに、すべてに目が行き届かなくなる。
治世が長くなれば尚更だ。
「やれやれだな……」
統治に興味が無いメルヴィスが例外であり、強い者は多くの部下を従え、自分が裁量できる国を作るものである。
そんな国が大きくなれば、自分が決断する事案も多数発生する。
自分だけが最終決定権を握っているのだから当然だ。
ダールムはそんな国を作り上げた。
一向に減らない仕事に、自分が望んだのはこんな国だったのかと自問していると、部下が慌てて駆け込んできた。
「どうした?」
メルヴィスが去ったことで、多少気が抜けていたのだろう。
ダールムは「落ち着け」と、慌てる部下をたしなめた。
「ダールム様、つい先ほど連絡が入りまして、我が国内で天界からの侵攻が確認されました」
「……なんと。ではすぐに迎撃させよう。火竜族を向かわせるよう指示をだせ」
「かしこまりました」
大慌てで部下が去って行く様をダールムは落ちついた瞳で眺める。
天界の住人がやってきた。
兆候はあったため、驚きはない。
ただ面倒なことになったなと思うだけだ。
「最近は魔王バロドトや魔王トラルザードの所にも侵攻があったらしいが、我の所にも来たとはな」
ダールムは、優秀な配下を多数従えている。
迎撃は彼らに任せれば大丈夫だろう。
そうダールムが思っていると、先ほどの部下がまた慌ててやってきた。
「ダールム様大変です!」
「落ち着け……今度は何だ」
なぜ二度も落ちつかせなければならないのか。
そう思いつつ、先を促した。
天界が侵攻してきた連絡は受けた。
この上、何があるのか。
「大変です。侵攻してきた天界の住人たちが、小魔王メルヴィス様と交戦しました。そしてメルヴィス様がキレました」
「なんだとぉ!?」
それは最悪の報告だった。




