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「あい きゃん ふらーい」
見るからに歴戦の勇士と分かるヴァンパイア族の精鋭に両手足を掴まれて、俺は空の旅を楽しんでいない。
俺はいま、キレたメルヴィスのもとへ一直線に向かっている。向かわされている。
それもすごい速さでだ。
「あの……もうちょっとゆっくり飛んでもいいんですよ」
「速やかにお届けするよう、言われてますので」
「そうですか……」
任務に忠実なのはいいね。
俺に被害が出ない範囲でだが。
俺はまだ、心の準備はできていない。
できれば、少し落ちついた頃のメルヴィスと会いたい。
「無理なんだろうな」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、何でもないです」
「そうですか。全力でお届けしますので、もうしばらく辛抱ください」
「……はい」
俺はひとつ利口になった。
走るより、飛ぶ方が速い。
一歩一歩、足の裏で地面を蹴り、前へ押し進む。
それよりも翼でばさーっとやった方が明らかに速かった。
「……ヒマだ」
両手が塞がっているので、鼻の頭すら掻けない。
ちょっと前に俺の住んでいる村の上空を通過した。
あまりに暇なので、速度を計算してみた。
だいたい俺は一日で100キロメートルくらい歩く。
アタラスシアと会ったあの戦場は、俺が住んでいた村から歩いて七日の距離。
途中道なりに進むし、山を迂回したりするので、直線距離にすると500キロメートルほど離れているだろうか。
ここまで一時間ちょいで飛んできたので、いま出ている速度は、概算で時速300キロメートルオーバー。
「速いわけだ」
新幹線なみのスピードが出ている。
「何かおっしゃいましたが?」
「いえ……御苦労さまです」
四人で持っているとはいえ、かなり重いだろうに。
それでこんな速度が出るのだから、さすが上位種族は違う。
また一時間くらい飛んで、俺たちは国境を越えた。
大魔王ダールムの国に入ったのだ。
ちなみに大魔王の国に入ったのは、初めてだったりする。
「ここから先は自国ではありませんので、注意して下さい」
「突然攻撃を受ける場合がありますので、注意して下さい」
「この状態でどう注意しろと?」
俺はいま、両手足を動かせないんだけど。
というかこの姿、ヤバいんじゃないの?
地上に向けて、腹出しているし。
それに、こんな怪しい格好のやつが空を飛んでいたら、俺だったら撃ち落とす。
話によると、天界の住人が侵攻してきたらしく、ダールムの国はその対応に追われているらしい。
天界の住人は空からやってくる。
つまり、ダールムの兵たちは空を注視しているんじゃなかろうか。
魔界だと「協力して敵に当たろう」と考える者はいないので、どこかと同盟を組んでいない限り、単独で戦っているはずだ。
そこへ明らかに自国の者じゃない飛行物体が現れたら、敵認定されるんじゃなかろうか。
「……大丈夫なのか?」
「さあ、私どもには分かりかねます」
「…………」
すごく不安になってきた。
ダールムの国に入ってから半日ほど経った。
時刻は真夜中だと思う。
夜目が利くヴァンパイア族は、速度を落とさず進む。
休憩もなし。もの凄い体力だ。
このまま行くと、本当に心の準備なくメルヴィスのもとまで連れて行かれかねない。
どうしたらいいだろうかと本気で悩み始めた頃、不意に速度が緩んだ。
一晩中飛んで、空はもう明るくなっている。
俺の目にも地上の様子が見えるようになった。
「改めて見ると、この辺は平地が多いな」
俺の故郷の村は山間にあって、どこへ行くにも山道を登ったり下りたりする。
一方、ダールムの国は平地ばかりだ。
「この辺はかつての戦場でしたので」
その昔、ヤマトやメルヴィスがここで天界の住人と戦ったのだという。
「地形が変わるほど戦ったわけですか?」
「そう聞いております」
「…………」
マジか。
相変わらず半端ないな、ご両人。
見渡す限り平地って、どんだけ暴れたんだか。
そりゃ、ファルネーゼ将軍も慌てるわけだ。
同じことが今回起こったら、いろいろヤバすぎる。
そして先ほど速度が緩んだ理由。
俺は休憩なのかとウキウキしていたら違った。
俺は地上に降ろされた。
「それでは我々はここまでとなります」
ヴァンパイア族のみなさんは、俺を置いて帰るらしい。
「先ほど我々の目で確認しましたところ、この先で戦闘跡が確認されました」
「……なるほど」
被害を受ける直前までが輸送範囲だったようだ。
「ここから先は俺一人で向かうということですか」
「はい。我々では耐えられませんので」
「空から侵入すると発見されやすくなりますから」
と言うことらしい。
言っている意味は分かるし、もっともだと俺も思う。
だが、ここで下ろされるとは思わなかった。
この先は危険だから一人でお願いしますと言われて、「分かりました」と即答できるだろうか。
「メルヴィス様の説得、よろしくお願いします」
シュタッ! といい挨拶だけを残して、ヴァンパイア族のみなさんは去って行った。
脱兎のごとくと表現したくなるほど、いい去りっぷりだった。
「……マジか」
そう嘆いても許されるだろう。
ここから先は、マジで危険地帯なのだ。
「気が重い……」
だが行かねばならない。
とりあえず何があっても大丈夫なように『身体強化』を念入りにかけておいた。
こんな場所でウダウダ考えても始まらないので、俺は駆け出した。
すると幾ばくも進まないうちに、地面が大きく抉れている場所に出た。
クレーターだ。ここで何らかの魔法が炸裂したのだろう。
直径は数百メートルの円ができている。
最も深い部分で10メートル以上抉られている。
同じようなのがあちこちにあることから、散弾で撃った一発がこの規模なのだろう。
なんて威力の魔法だろうか。
「これ、俺が耐えられるレベルじゃねーだろ」
直撃したら普通に死ぬわ。
ファルネーゼ将軍には悪いが、戦闘中なら引き返すしかない。
そう思いながら進んでいると……。
――ひゅ~~~~~~
「……ん?」
何か嫌な音が近づいてきた。
気付かなかったのは、それが直上から降ってきたからだ。
空の上から地上へ垂直に落下したのは、光る魔法弾。
「ヤバッ!」
回避は間に合わない。
――ちゅど~~~~ん
俺の数百メートル先にそれが着弾し、もの凄い閃光と轟音をまき散らせて、大地が爆ぜた。
「ぐわっ!?」
爆発の余波を受けて、俺の身体が吹っ飛ぶ。
身体強化済みでよかった。なぜならば、俺は……。
「あい きゃん ふらーい」




