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俺には分かる。
ヤマトはまだ本気を出していない。
ヤマトが本気を出せば、いつだって俺に致命傷を与えられる。
ではなぜ、そうしないのか。
ふとその理由に思い至った。
「……てめえ、手を抜いているのか?」
戦いの序盤は、様子見をしていたと思う。
こっちがどこまで食い下がれるのか、測っていた。
それはいい。何しろ、俺は連戦だったのだ。
ヤマトの側近と戦ったあとで、インターバルが欲しかったからちょうど良かった。
同時に、魔素吸収への伏線も張れたし、時間は有効に使わせてもらった。
その後、俺はいっきに畳みかけることができた。
俺の有利で戦いは進んだはずだ。
だがここに至っても、ヤマトは変わらない。
最初の雰囲気のままだ。
俺の攻撃に対応することはあっても、こっちの度肝を抜くような技は使ってこない。
「私が手を抜いている?」
「そうだ! 違うとは言わせねえぜ。……小覇王にまで上り詰めた力は、そんなもんじゃないだろ」
小覇王の力ならば、一息で町全体を壊すくらい簡単なはずだ。
そんな規模の攻撃を喰らえば、俺だってひとたまりもない。
欠片を残すことなく消滅してしまう。
「そういうことか……だったらキミは、少し勘違いしているね」
「なんだと?」
「異界の維持に使っている力は決して小さくない。他の誰にも代わってもらえないほど、異界の維持は大変なのさ」
そういえば、ヤマトは何度も言っていた。
自分が死ねば異界が消滅すると話していた。
ゼウスの身体を起点に異界を造ったが、その維持は自分がしているとも言っていた。
たしかに世界をひとつ維持し続けるのは大変そうだ。相当な力が必要なのも分かる。
つまり、いまのヤマトは全力を出せない状態……もしくは、力の最大値が下がっている状態なのかもしれない。
だがそれでもおかしい。
俺との戦いで、魔法を一度も使ってこない。
少なくとも、単調な攻撃ばかりというのはありえない。
ヤマトは何がしたいのか。
「それでも本気を出してないことには変わらないだろ? そんなに力を温存して楽しいのか?」
わざと苦戦を楽しんでいるとしか思えない。
もしそうなら屈辱だ。
俺の全力でも、まったく相手になっていないのだから。
「なるほど、キミはそう捉えたのだね。……いいだろう。だったら私も本気を出そうか」
「やっぱり本気じゃなかったじゃねえか!」
「それはそうさ。キミが使っている器――擬人を壊したくなかったからね。何しろ……」
擬人の残りは少ないらしい。
ただ、数が少ないから貴重なだけで、無くては困るというわけではないようだ。
できれば無傷で回収したいと考えているに過ぎないだと。
そして本気を出さなかった理由がもう一つあった。
「キミが使ったあとの器がどう変化したのか、確認したいからね」
魔界からやってきた俺の魂。それが擬人に入ったとき、異界で長く住んでいた者たちとの差異が出るかも知れない。
それをヤマトが知りたがったのだ。
「そりゃ、研究熱心なことで」
そんな理由で手加減されていたと分かったら、やたらと腹が立った。
「だけど、戦いが長引くなら、どこかで妥協しなければいけないね」
それは、アッサリとした言い方だった。
俺が「あん?」と思わず聞き返したくらいだ。
その直後、ヤマトの言う「妥協」の意味を知った。
――ドゴッ
「…………あっ?」
腹部に衝撃があった。
ゆっくりと視線を下げると、腹に大穴が空いていた。
「なんだ……これ?」
ヤマトが何をしたのか分からなかった。
予備動作はなかった。
魔法の類いだろう。
魔力弾かなにかを打ち込まれたのだと思う。
腹に空いた大穴から血が流れ出し、身体から力が抜けていく。
腹を押さえるも、穴が大きすぎて意味が無い。
こういうのを風穴というんだろうなと、俺が埒もないことを考えていると……。
「擬人を無傷で回収するのは、諦めることにしたよ」
至極冷静な声が聞こえた。
(やっぱ化けモンじゃねーか!)
ヤマトはいつでも逆転しようと思ったらできたのだ。
ただ異界の維持に力を振り分けており、擬人を壊したくなかったから、俺に付き合っていただけなのだ。
「無傷での回収は諦めることにしたよ。時間の無駄だからね」
俺の反応がなかったからか、もう一度ヤマトは言った。
俺との戦いを時間の無駄と言い切りやがった。
「……んだと」
「空いた穴はあとで私が塞ぐことにする。……それと知っているかな」
「何を……だ?」
うまくしゃべれない。
「意識しなければ、魔素は血液に乗って身体を巡る。そのとき身体の一部が欠損すると、使える力が著しく減少する」
血液が減ると、魔素が減る。
そして欠損した部分から魔素が漏れ出していく。
鍛錬によってそれは克服できるらしい。
今さらな知識だが、もし生き残ることができたら、俺もやってみよう。
「まだだ……まだ」
俺は魔素吸収でヤマトから魔素を吸い上げた。
ヤマトはそれをするに任せる。抵抗はなかった。
魔素を補給できたので、揺れかけていた視界が元に戻った。
なるほど、血が失われても、魔素があれば持ちこたえられるわけか。
「そうそう……いまの時代まで、魔界で私のことが知られているのは光栄だけどね」
背筋がゾクッとした。
ヤマトは何かをするつもりだ。
なんだか分からないけど、かなりヤバいことだけは分かった。
「人だろうが、魔界の住人だろうか……もちろん天界の住人だろうとも、避けられないものがある……それが死だ」
当たり前だ。何を言っているんだ。
「死によって魂が肉体から解放されると、理にしたがって、魂が冥界へと下りていく」
抜けていく力を振り絞って、俺はヤマトに攻撃した。
それをヤマトが軽々と弾く。だめだ、効果がない。
「だからこの技だけは伝わっていないはずだ……何しろ、使った相手は全員死んでいるからね」
全身の血が一気に氷ったような錯覚をおぼえた。
このままだと死ぬ。だが、逃げても殺られる。
そう考えた俺はがむしゃらに突っ込んだ。
ヤマトの話は続く。
「同格以上の相手には効果がないのが欠点だけど……今回はどうかな」
ヤマトと同格? それ以上には効果がないだと? 人界、魔界、天界合わせても、そんな奴、どれくらいいるんだ。
ふざけたことを言うヤマトを睨みつけた。
ヤマトは両手を拝むかたちに合わせて、頭上に掲げていた。
「身体と魂は鎖で雁字搦めに固定されている。それを外してあげよう。魂はどこへいくかな」
「なっ……」
「それが私の特殊技能のひとつ。見せた相手は全員死んでいるので、後世にも伝わってないはずだ……そうだよね」
ヤマトは両手を振り下ろした。
……キィン
何かが断ち切られた音がした。
瞬間、世界が止まった。
いや、俺の時間軸だけが停止したように感じられた。
「これが『縁切り』だ。肉体と魂を切り離す技。成功か失敗しかない、究極の技……聞こえているかな」
生か死か。
そのどちらかをもたらす技、『縁切り』。
その言葉を最期に……俺の魂は擬人の器から離れていくのが分かった。
「ああ……これが死か」
そこで俺の意識が潰えた。




