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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第9章 異界の旅路編
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 俺には分かる。

 ヤマトはまだ本気を出していない。


 ヤマトが本気を出せば、いつだって俺に致命傷を与えられる。

 ではなぜ、そうしないのか。


 ふとその理由に思い至った。


「……てめえ、手を抜いているのか?」

 戦いの序盤は、様子見をしていたと思う。


 こっちがどこまで食い下がれるのか、測っていた。

 それはいい。何しろ、俺は連戦だったのだ。


 ヤマトの側近と戦ったあとで、インターバルが欲しかったからちょうど良かった。


 同時に、魔素吸収への伏線も張れたし、時間は有効に使わせてもらった。

 その後、俺はいっきに畳みかけることができた。


 俺の有利で戦いは進んだはずだ。

 だがここに至っても、ヤマトは変わらない。


 最初の雰囲気のままだ。

 俺の攻撃に対応することはあっても、こっちの度肝を抜くような技は使ってこない。


「私が手を抜いている?」

「そうだ! 違うとは言わせねえぜ。……小覇王にまで上り詰めた力は、そんなもんじゃないだろ」


 小覇王の力ならば、一息で町全体を壊すくらい簡単なはずだ。

 そんな規模の攻撃を喰らえば、俺だってひとたまりもない。

 欠片を残すことなく消滅してしまう。


「そういうことか……だったらキミは、少し勘違いしているね」

「なんだと?」


「異界の維持に使っている力は決して小さくない。他の誰にも代わってもらえないほど、異界の維持は大変なのさ」


 そういえば、ヤマトは何度も言っていた。

 自分が死ねば異界が消滅すると話していた。


 ゼウスの身体を起点に異界を造ったが、その維持は自分がしているとも言っていた。


 たしかに世界をひとつ維持し続けるのは大変そうだ。相当な力が必要なのも分かる。

 つまり、いまのヤマトは全力を出せない状態……もしくは、力の最大値が下がっている状態なのかもしれない。


 だがそれでもおかしい。

 俺との戦いで、魔法を一度も使ってこない。


 少なくとも、単調な攻撃ばかりというのはありえない。

 ヤマトは何がしたいのか。


「それでも本気を出してないことには変わらないだろ? そんなに力を温存して楽しいのか?」

 わざと苦戦を楽しんでいるとしか思えない。


 もしそうなら屈辱だ。

 俺の全力でも、まったく相手になっていないのだから。


「なるほど、キミはそう捉えたのだね。……いいだろう。だったら私も本気を出そうか」

「やっぱり本気じゃなかったじゃねえか!」


「それはそうさ。キミが使っている器――擬人を壊したくなかったからね。何しろ……」

 擬人の残りは少ないらしい。


 ただ、数が少ないから貴重なだけで、無くては困るというわけではないようだ。

 できれば無傷で回収したいと考えているに過ぎないだと。


 そして本気を出さなかった理由がもう一つあった。

「キミが使ったあとの器がどう変化したのか、確認したいからね」


 魔界からやってきた俺の魂。それが擬人に入ったとき、異界で長く住んでいた者たちとの差異が出るかも知れない。


 それをヤマトが知りたがったのだ。


「そりゃ、研究熱心なことで」

 そんな理由で手加減されていたと分かったら、やたらと腹が立った。


「だけど、戦いが長引くなら、どこかで妥協しなければいけないね」

 それは、アッサリとした言い方だった。


 俺が「あん?」と思わず聞き返したくらいだ。

 その直後、ヤマトの言う「妥協」の意味を知った。


 ――ドゴッ


「…………あっ?」

 腹部に衝撃があった。


 ゆっくりと視線を下げると、腹に大穴が空いていた。

「なんだ……これ?」


 ヤマトが何をしたのか分からなかった。

 予備動作はなかった。


 魔法の類いだろう。

 魔力弾かなにかを打ち込まれたのだと思う。


 腹に空いた大穴から血が流れ出し、身体から力が抜けていく。

 腹を押さえるも、穴が大きすぎて意味が無い。


 こういうのを風穴というんだろうなと、俺が埒もないことを考えていると……。


「擬人を無傷で回収するのは、諦めることにしたよ」

 至極冷静な声が聞こえた。


(やっぱ化けモンじゃねーか!)

 ヤマトはいつでも逆転しようと思ったらできたのだ。


 ただ異界の維持に力を振り分けており、擬人を壊したくなかったから、俺に付き合っていただけなのだ。


「無傷での回収は諦めることにしたよ。時間の無駄だからね」


 俺の反応がなかったからか、もう一度ヤマトは言った。

 俺との戦いを時間の無駄と言い切りやがった。


「……んだと」

「空いた穴はあとで私が塞ぐことにする。……それと知っているかな」


「何を……だ?」

 うまくしゃべれない。


「意識しなければ、魔素は血液に乗って身体を巡る。そのとき身体の一部が欠損すると、使える力が著しく減少する」


 血液が減ると、魔素が減る。

 そして欠損した部分から魔素が漏れ出していく。


 鍛錬によってそれは克服できるらしい。

 今さらな知識だが、もし生き残ることができたら、俺もやってみよう。


「まだだ……まだ」

 俺は魔素吸収でヤマトから魔素を吸い上げた。


 ヤマトはそれをするに任せる。抵抗はなかった。

 魔素を補給できたので、揺れかけていた視界が元に戻った。

 なるほど、血が失われても、魔素があれば持ちこたえられるわけか。


「そうそう……いまの時代まで、魔界で私のことが知られているのは光栄だけどね」

 背筋がゾクッとした。


 ヤマトは何かをするつもりだ。

 なんだか分からないけど、かなりヤバいことだけは分かった。


「人だろうが、魔界の住人だろうか……もちろん天界の住人だろうとも、避けられないものがある……それが死だ」

 当たり前だ。何を言っているんだ。


「死によって魂が肉体から解放されると、ことわりにしたがって、魂が冥界へと下りていく」


 抜けていく力を振り絞って、俺はヤマトに攻撃した。

 それをヤマトが軽々と弾く。だめだ、効果がない。


「だからこの技だけは伝わっていないはずだ……何しろ、使った相手は全員死んでいるからね」

 全身の血が一気に氷ったような錯覚をおぼえた。


 このままだと死ぬ。だが、逃げても殺られる。

 そう考えた俺はがむしゃらに突っ込んだ。

 ヤマトの話は続く。


「同格以上の相手には効果がないのが欠点だけど……今回はどうかな」

 ヤマトと同格? それ以上には効果がないだと? 人界、魔界、天界合わせても、そんな奴、どれくらいいるんだ。


 ふざけたことを言うヤマトを睨みつけた。


 ヤマトは両手を拝むかたちに合わせて、頭上に掲げていた。


「身体と魂は鎖で雁字搦めに固定されている。それを外してあげよう。魂はどこへいくかな」

「なっ……」


「それが私の特殊技能のひとつ。見せた相手は全員死んでいるので、後世にも伝わってないはずだ……そうだよね」


 ヤマトは両手を振り下ろした。



 ……キィン



 何かが断ち切られた音がした。

 瞬間、世界が止まった。


 いや、俺の時間軸だけが停止したように感じられた。


「これが『縁切えんきり』だ。肉体と魂を切り離す技。成功か失敗しかない、究極の技……聞こえているかな」


 生か死か。

 そのどちらかをもたらす技、『縁切り』。


 その言葉を最期に……俺の魂は擬人の器から離れていくのが分かった。



「ああ……これが死か」

 そこで俺の意識が潰えた。



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