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俺が『魔素吸収』を使えるとは、ヤマトも思わなかっただろう。
これまでの戦いで、俺が無駄に魔素を消費していると思ったかもしれない。
もちろん、そんなことはない。
強すぎる相手と戦うなら、奥の手のひとつやふたつ持つのは当たり前。
というか、俺はそんな相手とばかり戦っている。
奥の手のひとつが成功し、俺はヤマトを驚かせることができた。
ちょっと気分がいい。
そこからは、魔素の奪い合いだ。
これは俺たちが接近戦を好むからこそ成立する。
魔素の奪い合いに持ち込んだのは俺。
こんなことを続ければ、俺が負けるのは必至。それは重々承知している。
ヤマトは、俺がミスをしたと思っただろう。
だが、そうではない。
このじり貧状態の魔素の奪い合いは、次の奥の手の布石なのだ。
「魔素を一方的に吸われた気分はどうだ?」
二回もめいいっぱい吸収したら、カラッカラだった俺の魔素が満たされた。
一方ヤマトは……って、あまり堪えたようには見えない。平然としている。
ブラフでなければ、まだまだ余力を残している感じだ。
「驚いた。何をされたのか分からなかったよ」
「そうだろ」
これは魔素吸収に続いて、俺の切り札の二つ目。
素盞鳴尊の特殊技能は何なのか。
本来、魂に刻まれているそれを使うのは、種族の本能に任せればいい。
だが俺は、かなり長い間、特殊技能が使えなかった。
理由は分からない。
身体が馴染んでなかったからとも思えるが、これといった原因は分からない。
ゆえに特訓した。
魔王トラルザードから、ヤマトは魔素を扱う技能に長けていたと聞いていたので、それ系の特訓をした。
結果、魔素吸収を扱えるようになったが、それだけだった。
そこで俺は、発想を変えた。
俺の中には未知の特殊技能が眠っている。
魂がそれを覚えているものの、使い方が分からない。
その前提をもとに、ありとあらゆる可能性を試した。
光明が見えてきたのは、大分後になってから。
「いくぜ!」
俺の視界が狭まる。特殊技能が発動するといつもこうだ。
身体がゆっくりと流れるように動く。
ヤマトの動きがスローモーションのように感じられる。周囲の動きも同じだ。
水中を歩くとこんな感じになるかもしれない。
腕を伸ばし――といっても、本当にゆっくりと伸ばして、俺はヤマトに触れた。
その瞬間、狭まった視界が元に戻る。
「くらえっ!」
俺はヤマトに体内で練っていた気を送り込んだ。
分かったと思う。これが俺の特殊技能、『刹那の刻』だ。
ほんの一瞬、ゆっくりと瞬きする程度の時間だけ、俺は時間を支配する。
支配できるのは、急いでも半歩踏み出す程度の僅かな時間。
あまりに短い効果時間だが、その間だけ俺は好きにできる。
『刹那の刻』が発動している間にやれることは少ない。
だが俺だけでなく、相手も近接型であれば、可能性は無限に広がる。
タネ明かしはこうだ。
俺は魔素吸収の準備をはじめ、ヤマトに近づく。
そこで『刹那の刻』を発動。一瞬だけ存在する『俺時間』で、ヤマトの胸に手を当てる。
いまの俺では、そのくらいがせいぜいだ。だがそれでいい。
『刹那の刻』が切れた瞬間、俺は魔素吸収をはじめた。
ヤマトは、時間を盗まれたように感じただろう。
普通、いくら素早く動いたとしても、それは同じ時間軸の中での出来事でしかない。
始まりと終わりが見えれば、すぐに対応されてしまう。
だが、この『刹那の刻』は違う。
「分からなくても、種明かしはしないぜ」
この『刹那の刻』は秘中の秘だ。
なので、俺は勝ち誇るように言った。
ひとつ目の切り札は、『魔素吸収』。
二つ目は、『刹那の刻』。
そして三つ目の切り札。
これはヤマトには理解できないことだ。
人の長い営みの間で研磨されてきた技のひとつ――発勁。
相手に気を送り込む浸透系の技だ。俺はこれを使った。
「もういっちょ!」
『刹那の刻』で潜り込み、ヤマトの脇腹に手を当て、気を送り込む。
手応えはあった。内臓を引っかき回すほど、滅茶苦茶に気を込めてやった。
「……なるほど、これは人気を操る技か」
「何か分かるのか?」
「いま使ったのは、人間が発する人気というものだ。本来私たちは使えないものだが、人間の魂を持つキミならば、扱えるのかもしれないね」
結構な量の気を打ち込んだのだが、それでも苦しそうには見えない。
やはりヤマトは底の見えない化け物だ。
「人気ね。俺は発勁って呼んでいるがな」
「人の感情――想いは、集まれば力を持って人に訴えかける。その力の源となるのが人気だ。信仰として昇華された人気は天界へ向かい、聖気の糧となる。人気がなくなれば、聖気もまた存在することができない」
「ほう……すると、結界で阻まれた人気はどうなるんだ?」
最近、天界の聖気が枯渇気味だと聞いたが。
「膨れあがった人気は大きなうねりとなって、一番強い想いに引きずられていくだけ。たとえば破壊、もしくは再生へとね」
つまり戦争と復興というわけか。
結界を抜けられない人気は、人界の中でひとつの方向性に向かって進むらしい。
たとえば破壊。たとえば再生。
それは歴史の流れを作りだしているのかもしれない。
そして俺の使う発勁……これはどうやら魔界にはないものらしい。
魔界の住人には使えない技。
というより、人の魂を持つ俺だけが使える技というわけか。
ここまでで俺はヤマトに相当なダメージを与えてきた……つもりだったが、ヤマトはいまだ平然としている。
素盞鳴尊に進化した俺の攻撃力は、それこそ魔王と渡り合えるほどに高まったはず。
なのに、こうも開きがあるとは正直思わなかった。
そしてこれはヤバい。
実はこれ以上、俺に隠し技がない。
このあと何ができるか。
魔素量の差を埋めるには、延々と魔素吸収をし続けるしかない。
だが、そんなワンパターンな攻撃は、早晩対応されてしまう。
どんなに特殊能力を駆使したところで、続ければいずれは底が知れる。
そして驚愕の真実。
――ヤマトはまだ本気を出していない
こちらの手札が完全に切れたのに、ヤマトの方はまだ様子見の段階なのだ。
(これは……かなり拙い事態じゃなかろうか)
背中に嫌な汗が流れた。




