315
俺がオーガ族のガキだった頃。
あまりに虚弱で、周囲から長く生きられないと思われていた。
他のオーガ族に比べて、保有する魔素が少なかった。
魔素を身体の中に溜められないとも言う。
魔素は魔界のどこにでもある。
普通は食事で補給するし、呼吸をすれば、微量だが吸い込むことができる。
植物や動物の肉に魔素が含まれているから、食事でそれを摂取すればいい。
体内の魔素を補給するのは簡単な話だ。
だが俺の場合、呼吸や食事でも、魔素が身体の中に溜まらないのだ。
溜まるのはほんのちょっぴり。身体を維持するのに精一杯だった。
何しろ魔界の住人は、生きるだけで魔素を消費する。
だから俺は力が弱い。内臓の働きも弱い。
走ることもできず、何かあればすぐに倒れた。
これでは長く生きられない。
そう思われて、放って置かれた。
このままじゃ死ぬ。何とかしなきゃいけない。
俺はあがき、魔素の濃いところへ向かった。
俺が向かったのは瘴気地帯。
そこは魔素が変質し、凝り固まった腐った魔素の溜まり場。
なぜそんなところへ向かったのか。
濃い魔素ならば、吸い込む量も増えるんじゃないかと思ったわけだ。
俺は瘴気地帯に入り、いくばくもしないうちに中毒をおこして倒れてしまった。
当然の結末だ。俺の第二の人生――オーガ生か? そこで終わりを告げるはずだった。
だが偶然、そこを通りがかった男に助けられた。
いま思えば、不思議でしょうがない。
魔界の住人はだれしも、瘴気地帯に足を踏み入れれば魔素中毒を起こす。
誰も好き好んであんな所へ行ったりしない。
ではあそこにいた男は誰だったのか。
そして重要なこと。
脳筋が支配していると言っていい魔界で、その男は魂に詳しかった。
ひと目で、俺に魂が二つあることを見抜いた。
魔界の住人の魂は、支配のオーブの中にある。
支配のオーブの中には、俺だけでなく「オレ」の魂も入っていた。
男はそれを見抜いたのだ。
なぜあれほど魂について詳しかったのか。俺は不思議でならない。
「俺はあんたと魔界で会ってるんじゃないかと思ってね」
何しろ、そのとき男は名乗ったのだ。
――ヤマトと。
「……なるほど、思い出したよ。擬人の器に入っていると分からないものだね。私が魔界で会ったのはただ一人しかいない。死にかけたオーガ族の子供だった。キミがそのときの子供かい?」
「ああ、瘴気地帯で倒れている所を助けてもらった。あれは感謝しているぜ」
「あのときの子供は、もうひとつ魂を内に抱えていたと思う。いまは感じられないようだけど?」
「俺じゃなく『オレ』の魂は直前まで一緒だったよ。あんたに教えてもらったとおり、少しずつ俺と『オレ』は魂の容量を増やして、普通に生活できるようになった。……いや、やり過ぎて、少しばかり窮屈になったけどな。だが俺が魔界で死んで、冥界で『オレ』は消えた。転生する魂の道筋を俺に譲って、『オレ』はいなくなった。冥界で別れたんだ」
魔素を増やしすぎたために、『オレ』が長時間、俺の身体を使えなくなってしまった。
魔素を増やした弊害といえば、それくらいだろう。
そして「オレ」との別れ。
本来ならば俺が冥界で魂の浄化を受けて、「オレ」の方はさっさと転生したはずなのだ。
あいつはそれを俺に譲って、どこかに行っちまいやがった。
「それは奇妙な話だね。くっついていた魂が別れた? 魂は距離にも物質にも影響を受けないはずだけど……別れた?」
ヤマトは考え込んでいる。
「それで魔界にいたのは本当らしいが、なぜだ? 人界には結界が張ってあったんじゃないのか?」
時空の狹間にいたならば、戻ってきたのかと考えられるが、ヤマトがいたのは人界。
しかも、ゼウスが張った結界の中だ。
十数年前になぜ魔界にいることができたのか。
「そうだね。あそこでキミに会うなんてすごい偶然だね。気になるのだろう? 私があそこにいた理由……そしてゼウスの結界を抜けた理由を知りたいのだね」
「あたりまえだ。普通に結界を抜けられるなら、さっさとみんなを魔界に返せばいいじゃないか」
「ならば話そう。あの時、何があったのかを」
そしてヤマトは言った。
――発端はヘラだった。
はるか昔、人界でヤマトはヘラを追い詰め、消滅させる直前で逃げられた。
といっても、人界の結界は健在。
人界のどこかにいるのは明らか。
だが、逃げに徹したヘラを見つけることは叶わなかった。
「それよりも同胞の回収と、天界の住人の抹殺が優先されたしね」
そしてヤマトは異界を造り、その中に籠もる。
つまりヘラは、どこかで雌伏していたわけだ。
ヤマトへの復讐を誓って? そんなはずはない、ヘラの目的は過去も今もただ一つ。ゼウスの復活だ。
「あれはヘラの呪いみたいなものだった。最後の最後で、ゼウスにかけるはずのものを私が受けてしまってね。魂が身体から分離してしまったのだよ」
イタチの最後っ屁というやつらしい。
ゼウスの魂を持ち帰ろうとしたヘラは、ずっと準備をしていたようだ。
ゼウスに対して使うものだ。
ヤマトも無事とはいかなかった。
その魂は肉体を離れて……漂ったらしい。
「そりゃまた大変なことで」
ヤマトとヘラ、相性が悪いんじゃないのか?




