303
常夏の海岸に入って、すでに五日が過ぎた。
末裔図書館までちょうど半分までの旅程を消化した感じだ。
ここまではとくに何もなし。
巡回兵と出会ったのも一度きりだ。あれ以降、音沙汰がない。
このままならば、誰にも会わずに抜けられるか……と思った矢先、それはあった。
「……ん? なんだあれは?」
最初に見つけたのは俺。
道の先に灰色の壁があった。
壁は道の上に堂々として建っている。
それがぐるっと円を描いているようにみえる。
上にいくほどすぼまっているので、プッ○ンプリン……トーチカ要塞が一番近いか。
四角い覗き穴が開いているので、もしかすると本当にトーチカなのかもしれない。
トーチカ……防御用の簡易要塞のことだ。
「ジュガ、あれがなんだか分かるか?」
「いえ……ボクはこの道を通って常秋の山林へ逃げましたけど、その時は何もありませんでした」
「ということは、最近出来たのか? ジュガが常秋の山林に来たのはいつ頃だ?」
「四十日ほど前です」
「なるほど……」
俺たちが封印墳墓を出てからゆうに十日は経っている。
とすると、俺がジュガと出会ったのは、ジュガが逃げてきてから一ヶ月経っていないことになる。
やはり、あのトーチカは最近できたものだ。
「さてどうしよう。迂闊に近寄ると危なそうなんだよな」
異界に銃はないと思うが、道を塞ぐようにして作られているのが不気味だ。
かといって、迂回しようにも片側は海岸と海だ。もう片側は高い崖になっている。
あそこは、守るのにちょうどいい場所だ。
「正面から攻めては駄目なんですか?」
ジュガは、トーチカが何なのか知らない。
「迎撃するのにもってこいの場所にあるんで、攻略するのは相当面倒だぞ」
穴は小さすぎて、俺の身体は入らない。
どこかに出入り口はあるだろうが、中から鍵くらいかかるだろう。
「でもなんであんなものがここにあるんです?」
「常秋の山林から来た者はだいたいこの道を通る。迎撃しやすい場所に砦を作りたかったんだろう」
あれは秋側からの侵入を阻止するために作られたものだ。
理由は? おそらく大事なものを守るためだ。
「なあ、ジュガ。ひとつ聞きたいんだが、反抗勢力の本拠地ってどこにあるんだ?」
「虚の洞窟ですか? だったら、この先を行ったところです」
「……なるほど」
簡単な話だった。俺は勘違いをしていたようだ。
これまでの話の流れから、叛乱勢力の本拠地は末裔図書館にあると思っていたが、そうではなかったのだ。
そういえば、竜どもは最初から虚の洞窟に住んでいると言っていたっけ。
そして虚の洞窟はこの近くにあるという。
だからこそ、それを守るための要塞がここにある。
この前、巡回兵と出会ったのも頷ける。
本拠地が近いのだ。それを守る連中が徘徊していても不思議ではない。
そんな砦を攻略しなきゃいけないんだ。
マジで骨が折れそうだな。
守る方は、迎撃の仕方も理解しているだろうし、どうするか。
ここで俺のスペックをもう一度考えてみる。
まず昔のような武具は持っていない。
人間が作ったと思われる刀が一振りあるだけだ。
防具はなし。ただの着流しという紙装甲となっている。
そして極めつけは、肉体強度はただの人間と同じ。
魔素で強化できるので、それほど悲惨なことにはならないが、進化したあとの俺と比べると、やはり落ちる。
「特殊技能が使えるのは救いだな」
擬人に入った状態でも、俺の魂までは変わらない。
種族はかわらず素盞鳴尊だと俺の魂がささやいている。
擬人の身体に入ったとはいえ、そこは同じだ。
「あとは戦闘経験か」
そっちは前世(オーガ族)と前々世(人間)で、散々積んできた。
もし戦いになっても何とかなるだろう……おそらく。
「この刀は……あまり使えないんだよな」
これはどうみても人間用だ。
刀身が細く脆いので、木の幹すら絶ち斬れない。
戦闘種族は、大なり小なり魔力で身体を硬くする。
上位種族になればなおさらだ。
武器に魔素を流して、強化できればよかったのだが。
「この刀には、一切魔素を流せなかったな」
魔界にある植物や鉱物ならば、自然と魔素が取りこまれている。
すべての物質に魔素が含まれているのだ。
人界で作った武器には、素材に魔素が含まれていないらしい。
そういった素材では、魔素を流すのは不可能だ。
「まあ、ない武器を嘆いてもしょうがない。今ある手札で勝負するしかないか」
俺はゆっくりとトーチカに近寄った。
すぐに覗き穴から槍が飛来してきた。
それを避けながら槍を掴む。相手の狙いはいい。
俺の喉元にピタリと吸い付くように飛んできている。
「威力も申し分ないな。とすると、あのトーチカの中に結構強いのがいることになるか」
だとすると、不用意に進むのは危険だ。




