189
メシを食ってから出発したが、なぜだろう。少し歩いたらすぐに腹が減る。
そういえば、腹が減ってしょうがない話をメラルダ将軍にしたら、俺が一日に食べた量を確認して首を捻った。
「これまでお主が食べた量からすると、もっと魔素が増えてもおかしくない……進化したからか、魔素の回復が通常の半分程度になっておるわ」
よく特殊技能を使う種族――たとえば魔法攻撃が得意な種族は、減った分の魔素を食事で回復させる。
休息で大気中から魔素を吸収できるが、それよりも直接体内に取り込む方が早い。
ゆえに、食事と魔素の回復割合は、だれでも計算できる。
将軍が言うには、俺の場合極端に少ないらしい。
魔素の回復が少ない種族もいるらしいが、鬼種はそうではない。
たとえ少ない種族でもこの回復量はあり得ないという。
「予想の半分程度ですか……」
一応心当たりがある。
魔素はどこに溜まるかといえば、もちろん支配のオーブの中である。
ただ身体が大きいだけでは、扱える魔素が多くならない。
その入れ物たる器が大きいことが必要なのだ。
俺の場合は少し違う。
支配のオーブの中には「俺」だけでなく「オレ」もいるわけで、そっちは「俺」よりもずっと魔素が多い。
もしかして食事と一緒に取り込んだ魔素は、「俺」と「オレ」で半分ずつ分け合って吸収しているのではなかろうか。
だとすると、魔素が回復するのに通常の倍かかるのも頷ける。
そんな会話があったから、俺は食事のたびに腹一杯食うことにしている。
だが、それでも少し経つと腹が減る。はやく満杯になってくれないだろうか。
それが待ち遠しい。
「……腹減った」
もはやこれを言うのは、何回目だろう。
「ゴーラン様、この先にホーンド族の集落があります。寄りますか?」
町ではなく集落というからには、規模はさして大きくないだろう。
「迷惑じゃないかな?」
手持ちの食糧は少ないが、余所様の集落で食い物を漁るのはどうだろうか。
「ここはメラルダ様の治める地ではありませんが、話せば分かると思います。このままですと、次の町まで足らないかもしれません」
「それは困ったな。……しかたない、事情を話して食糧を分けてもらうか」
「はい。では一人、先行させます」
荷物持ちが、そのホーンド族の集落まで走っていった。
メラルダ将軍は魔王トラルザードの元へ、今回の件について使者を出している。
定期報告だが、うまい具合に時期が重なったので、俺が会いにいくからよろしくと申し添えたらしい。
「準備もあるじゃろう。ゆっくり行くが良い」
と言われているので、その言葉通りゆっくり行こうと思っている。
「向こうについてもこの調子だと、いろいろ大変だしな」
せめて空腹だけはなんとかしておきたい。
俺たちはホーンド族の集落に向かった。
「なるほど、あれは凄いな……生活していて、折れないのか?」
ホーンド族の頭には、巨大な二本のツノが生えていた。
といっても、サイのようなものではなく、トナカイなどに多く見られる、横に複雑な形で広がっていく方だ。
「折れはするでしょうが、あれは力の象徴。ちょっとやそっとでは、折るのは無理だと思います」
「そういうものか。しかし一族の者みなが筋骨隆々だな。鬼種でもあれほど肉厚じゃないぞ」
ホーンド族ではなく、マッチョ族の方が合っているんじゃないだろうか。
みなはち切れんばかりの肉体美を持っていた。
ちなみに顔は馬やトナカイに似ている。
ムキムキの草食動物が二足歩行しているイメージすると分かりやすい。
……分かりやすいか?
俺たちは集落に着くと、すぐに大きな部屋に通され、食事を馳走になった。
先行した者が事情を説明してくれたらしい。
「肉だな」
「そうですけど、なにか変でしょうか?」
「いや……なんでもない」
ホーンド族の見た目が草食動物だから、肉を食わないのかと思ったが、そういう部分は顔とは関係ないらしい。
そんなことはどうでもよく、湯気が立ち上る旨そうな飯に、俺はかぶりついた。
目の前の皿の中身がみるみる減っていき、「絶対作りすぎだろ」という顔をしていた給仕の人も、「なぜ足りないの?」という顔に変わっていた。
オーガ族はもとから大食いだ。
今はもう、天井を突き抜けてしまうほどの大食いになっている。
というか、食ったそばから腹の中で消えていく。
だれか本当になんとかしてくれ。
「そう言えば、ここはメラルダ将軍の治める地ではないんだろう? だれの支配地域なのだ?」
「この周辺はみな、クルーニャ将軍の地になります」
「クルーニャ将軍……南方で大暴れした将軍の名だったな。かなり前だが聞いたことがある」
俺は出入りの商人から、できるだけ他国の話は仕入れている。
その中で戦争関連の話は、わりと耳に入りやすい。
「クルーニャ将軍はいまだに南方に張り付いています。魔王リーガードとの戦いに明け暮れていると思います」
ここにも戦闘狂がいた。
魔王軍との戦いに明け暮れる将軍など、お近づきになりたくない。
そういう手合いには、事前情報が必要だ。
しっかりと情報を集めた方が、何かと有利に働く。
おもに避けるときにだ。
「クルーニャ将軍はどういう人なんだ?」
「色んな意味でおっかない人ですね。黒死族から進化した方なんですが……」
「マジか……よく言うこと効かせられるな」
「トラルザード様だからこそでしょう」
黒死族とはまた、最悪な種族を仲間にしているものだ。
ヴァンパイア族や死神族と同じ上位種族だが、黒死族の持つ特殊技能は凶悪なものが多い。
「〈墓標〉だっけか?」
「よく知っていますね」
魔界の住人の魂は支配のオーブによって管理され、自らの名前が紐付けされている。
黒死族の特殊技能〈墓標〉は、自らの魔素で生み出した石に相手の名を刻んで壊すことで、死に至らしめる。
呪いの石と呼ばれるそれに名を刻むことが成功したら、死は免れないと言われている。
俺も実際にみたことはないが、不吉の象徴として忌み嫌われている。
「ああいう危ない種族はしっかり覚えておくことにしているんだ。〈ペインネイル〉や〈黒斑点〉など、絶対に浴びたくないしな」
「本当によく知っておられますね。クルーニャ様はそれの上位種族でありますから、特殊技能も、それにふさわしいものに進化しているようですよ」
「ますます、会いたくなくなった。トラルザード様の近くにいなくて良かったわ」
引っ掻かれると、激しい痛みとともにその場所から腐っていく〈ペインネイル〉や、黒い斑点が浮き上がって死に至る病をまき散らす〈黒斑点〉など。
これで嫌われない方がおかしいといえる特殊技能を数多く持っている。
ちなみに中世ヨーロッパでペストを流行らせたのも、黒死族ではないかと俺は秘かに疑っている。
やはり魔王国ともなると、将軍は一味も二味も違う。
というか、よくそんな将軍に部下が付いていくな。
「……ん? 外が騒がしいな」
ようやく腹が一杯になったと思ったら、何やら喧噪か聞こえてきた。
「見て参りましょう」
ストメルが外へ確認しにいった。
「ゴーラン様、どうやらこれからこの集落で、戦場に赴く者を決めるようです」
「兵役か?」
「その前の段階ですが、彼らにとっては同じでしょう。戦って、集落の代表を決めるようです」
戦いで決めるとは野蛮な……とは言えない。
魔界では、強い者を決めるとき、どこでも行う、普通のことだ。
「面白そうだな。俺たちは見学していいものだろうか」
「大丈夫だと思いますけど、聞いてみます」
集落の若手たちの間で、これから強い者を決める大会が開かれる。
こういう血湧き肉躍る戦いは、間近で見るに限る。
「ゴーラン様、許可が出ました」
「そうか。早速見に行こう」
魔王国の集落の実力。
この目で堪能することにしよう。




