185
「俺が魔王トラルザード様に会ったとして、過去の恨みとかで殺されませんか?」
メルヴィスが相当酷いことをやっていたようだし。
「それは……ない」
「いま目を反らしましたね! 危険があるんですか?」
「……ないと思うが、これから我が話す事によってはあるような、ないような」
「実家に帰らせていただきます」
俺は立ち上がった。
「待て、ゴーラン、どこへ行くのじゃ」
「今までの話はなかったことにしてください」
「待て、冗談じゃ。冗談……そんなすぐに殺されるようなことはない。だから、落ちつくのじゃ」
出て行こうとする俺の腕をメラルダ将軍が掴んだ。
さすが小魔王だけのことがある。ふりほどけない。
俺が本気で抗えば可能かもしれないが、そこまでするつもりもない。
「……分かりました。逃げませんからその手を離してください。それと、本当に身の危険を感じたら逃げます。それで何か危ない話でもあるのですか?」
「危なくないぞ……たぶんじゃが。我が主と小魔王メルヴィス様の関係は分かったじゃろう? 我はお主にトラルザード様に会って、小覇王ヤマト様の戦いについて、話を聞いてほしいのじゃ。何しろ、トラルザード様は何度かお主の国に足を運んでおる」
魔界の動きを見ればよく分かるが、各国の王たちは独立独歩でやっていこうとする者は少ない。
同程度の者と手を組んで、自分より強い者を倒す。
それくらい普通のことだと考えている。
ゆえに同盟と破棄は、いまも魔界の至る所で起こっている。
トラルザードがメルヴィスに会いに行ったというのも、別段不思議ではない。
逃げ帰って泣くほどの目に遭わされたならば、早晩手を結ぼうと考えるだろう。
まして領土が接しているお隣さんだ。変にこじれたままではよくない。
「そういえば、なぜ俺の国はあんなにも小さいんでしょう。もとは大魔王だったわけですから、もっと大きくてもいいと思うんですけど」
領土の大きさでいえば、弱小国だ。
「メルヴィス様は支配に欠片も興味がなかったようじゃぞ。大魔王であった頃も、支配地域はほとんどなかったはずじゃ」
「では支配のオーブによる底上げは……」
「当然、ほとんどなかったであろうな」
どうやら、メルヴィス自身が素で強いらしい。
そりゃ、魔王を撃退するわけだと思う。
「自分の国なのに、いろいろ知らないことが多くて驚きですよ」
「まあ、それでもあれほど小さいわけがないと思うが。何かの拍子に手放したのだろう。その辺を知っている者はおらんかもしれん。何しろ、もう時代が変わっておるからの」
「そうですね。まあ、持っていたとしても戦争の種にしかならないので、持っていてもしょうがない気もしますが」
「うむ。それでトラルザード様じゃが、亀竜バーグマン様と不死のメルヴィス様から聞いた両方の話を知っておる」
「なるほど! そういうことですか」
こんな所に大昔の生き証人から、話を聞いた者がいたなんて。
たしかに長命種族ならばありえる。盲点だった。
「かといって、我がトラルザード様から聞いた話は、あまり多くない。じゃが、お主の種族名を聞いてつい思い出したものがある」
「俺の種族って……素盞鳴尊ですか?」
素盞鳴尊は、日本書紀や古事記の神話に出てくるというのは知っている。
俺自身、そういったものに興味がなかったので、巷に流れる物語以外は、ほとんど知らない。
「小覇王ヤマト様の種族は分かっていないし、知っている者もおらん。種族名を隠したかったのか、長い年月で忘れ去られたのか。……ただ伝えられる外見は、あまり特徴がないということじゃ。たとえば、人界にいるとされる人間のように」
「意外ですね」
もっと強烈な人なのかと思った。
ツノが20本くらい生えているとか。
口が耳まで裂けているとか。
魔界の住人は、ゲームに出てくるモンスターの外見をしている者が多い。
それがスタンダードなので、人間に近いと逆に浮いてしまうか?
「トラルザード様は、ヤマト様の種族名を聞いたことがあるそうじゃ。と言っても、伝聞であるゆえ、本当かどうかは分からん。ゆえに話を半分に聞いてほしいのじゃが」
「分かりました。……それで、何という種族なのですか?」
「――日本武尊と言うておった」
ああ……と俺は思った。
本人の名前がヤマトで、種族が日本武尊。
被っているし、できすぎのような気もする。
だが、その名がメラルダの口から出てきたというのが、妙な信憑性を持たせている。
魔界の住人は日本書紀や古事記を知らない。
だからその名がピンポイントで出てくると、無条件で信じてしまいそうになる。
「お主、やっぱりなという顔をしておるぞ。何か心当たりがあるのか?」
「いや……その……似ているなと」
『すさのおのみこと』と『やまとたけるのみこと』。
字面にすると違うが、発音すればなんとなく共通点がある。
だからこそ、メラルダも思い出したのだろう。
「お主がトラルザード様に会って、当時の話を聞いて欲しい理由はまだある。天界の住人との戦い。あれはエイラ機関が、小覇王ヤマト様を狙ってやってきたものであるとトラルザード様は語っていた」
「あれは天界が魔界に侵攻してきたから戦ったのではないですか?」
「我も詳しい話は聞いてない。それにエイラ機関の名も、後に正しくないということも分かった。魔界ではすでにその名が浸透していたため、訂正されることもなかったがな」
「ん? どういうことです?」
「戦闘中にその名を聞いたらしい。ゆえに聞き間違えたのじゃろう。それよりかなり後になって、堕天した者が言っておった。かつて天界にあった最大の研究機関の名は、『エンラ』だと」
「エイラではなく、エンラ? かなり似ていますね」
「そうじゃろう。似ているし、すでにない組織の名前じゃから、我らとしてはどうでもいい。じゃが、お主は正しい名前を覚えておいた方がよいと思っての」
「そうですね。覚えておきます……エンラ」
「それと、堕天した者が言うには、エンラ機関のトップはヘラという者らしい。とくにエンラ機関は女体の者が多いので、ヘラは女であると思う。それがヤマト様と相打ちになって、ともにこの世界から外れてしまった」
「いま、時空の狭間にいるんですよね」
「さあて、それを見た者はおらんからな。どこに行ったのやら……ただし、支配の石版にはヤマト様の名前が残っておるゆえ、死んではおらん」
「ヤマト様は、エンラ機関のヘラと戦った……んですか」
「その時の様子もトラルザード様は知っているはずじゃ。会って聞くがよい。また、メルヴィス様についても、トラルザード様は何か知っておるはずじゃ。我には教えてくれんかったが、同国のお主ならもしかしたら話してくれるかもしれん」
「そうでしょうか」
「可能性はある。お主の種族名はヤマト様と関わりがあるかもしれん。とすれば、天界のエイラ機関とも関わりがあるかもしれんし、ヤマト様や天界と関わりがあるならば、同様にメルヴィス様ともある。ゆえにお主はトラルザード様の元へ向かうがよい」
「分かりました。そういうことでしたら会って、聞いてきます」
「うむ、それでよいのじゃ……そうそう、忘れておったが、トラルザード様から報告が届いておった。東方についてじゃ」
「東方と言うと、俺の国がある方ですね」
「そう。ちと大変なことになっておる」
メラルダは、厳しい顔をした。




