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聖気の杭どころの話ではない、今度は天界からの侵攻だ。
しかも相手は「エイラ研究所」という、以前滅んだはずの研究施設らしい。
おそらくこの結界内で一番強い晶竜族のハルムが、茫然自失となっている。
よほど衝撃的だったのだろう。はやく復活してもらいたいものだ。
結界が張られたあと、また天が裂けた。今度は大きい。
世界に穴を開けるのは、これほど大変なのかと思うほど、耳障りな音が響く。
裂けたはずの天が徐々に修復しようと押し戻しはじめた。
穴の向こうからは、それを強引に開こうと、空の彼方では力のせめぎ合いが始まった。
今のうちに逃げたいが、さっき降ってきた槍のおかげで、結界が張られてしまっている。
結界内では、どこにも逃げ場がない。
しかし参った。俺が集めてきた中に、天界の情報は少ない。
必要ないと思っていたからだ。
魔界の住人に関する内容は、無駄と分かってもすべて収集してきたが、ここにきて、天界の情報が必要になるとは思わなかった。
「チィ、こんなことなら、真面目に情報収集しておくんだった!」
天界の住人の攻撃方法は? どうやって強さを測る? 弱点は?
そもそもどうやったら死ぬのか? 首を斬ればいいのか、心臓を突けばいいのか。何も分からない。
「まさか、腕を斬り落としたら、生えてくるなんてねえだろうな」
「生えてくるぞ。聖気を消費するが、そういう風に身体を改造している者もいる」
俺の軽口に、少し前まで呆然としていたハルムが復活していた。
身体の改造か。改造と言っても、科学技術が進歩しているわけではないだろう。
魔石――俺たちでいうところの支配のオーブの研究や、その他特殊な分野に特化した中で生まれたものであろう。
しかし奴らの関心は、自身の身体にまで及んでいるのか。
「結界が張られたようだが、破壊できないのか?」
「八本の天槍を破壊すれば可能だが、敵は無能だと思うか?」
「いや、少なくとも、俺たちより優秀だろう」
「ならば分かるよな」
「守りは万全ってわけか……っと、そろそろ空から何かが出てきそうだ」
力のせめぎ合いは、天界の住人に分があったらしい。
数千枚のガラスを一斉に引っ掻く音を響かせながら、天が大きく裂けた。
裂け目の奥から、光の奔流が降り注ぐ。
「来たぞ。エイラ研究所員だ。本物の……」
出てきた奴らは、白衣を纏っているのに、羽が生えていた。
羽? 翼か? 天使の持つようなあれだ。
天界の住人も、二千年以上前に地球に降りなかったか?
そしてどこぞのヨブとかいうじーさんに、試練を与えたんじゃないだろうか。
俺がそんなことを考えている間に、敵が手の平をこちらに向けた。
直後、光の矢が四方八方に飛びだした。
爆撃。
俺はそう思った。
あれは断じて矢ではない。一本、一本がロケット爆弾のように炸裂しやがった。
破砕音とともに大量の土が舞い、肉片が飛び散る。
「今のでどれだけやられた!?」
十や二十では効かないだろう。
もしかする数十の単位の兵が木っ端微塵になった。
あれはヤバいと本能で分かる。
避けられる速さではないし、耐えられる爆発でもない。狙われたら即死の一撃だ。
再度の攻撃に身構えていると、なぜか次は来なかった。
シーンと静まり返るその中で、敵の目は俺たちの方を見定めた。
あれだけ離れているのに、ここを見つけるか。
ハルムが最大の障害と認識したのだろう。
それは間違っていない。俺は近くにいなきゃ、逃げていた。
だがいま動けばやられる。
蛇に睨まれた蛙のように固まっていたら、敵が三体、こちらにやってきた。
ハルムが、本物の研究所員と言った連中だ。
「間に合ったようだな」
「ウォーメルか。部下は?」
「置いてきた。この戦いだと、参加しただけで塵に変わると言ってな」
「なるほど、たしかにそうだ」
「三対三、数としてはちょうどいいじゃないか」
「ダイルは戻ってないか?」
「オレじゃ不満か?」
「……いや」
やってきたのは、軍団長ダイルの副官で、ウォーメルだ。
この巨体だ、陣内で一度だけ見たことがある。
ウォーメルは、巨人種のグレンデル族らしい。
五メートル近い巨躯で、遠くからでも目立つ。
もう小魔王になるんじゃね? と思うくらい威圧感があるが、こんなグレンデル族の最強でも、この国では軍団長の副官をやっていたりする。
まったくもって、どれだけ層が厚いんだか。
三百メートルくらい離れていたのに、敵はもう目の前まできた。
ハルムもウォーメルもやる気だ。怒気を漲らせている。
敵は三体、こっちも同じ……って、えっ?
ちょっと待て!
落ちついて敵の数を数えよう。
一、二、三……はい、三体だ。
一方味方は、ハルム……ウォーメル……そして……俺ぇ!?
いやいやいやいや……ありえないって!
さっきのウォーメルの言葉じゃないが、一瞬で塵になる。
この場はひとつ、若い者たちだけで……俺は十七歳だけど。
ヤバい、本当にヤバい。
しかたないので、俺は「最強の秘技」をここで出すことにした。
「これだけは使いたくなかったんだけどな」
「おっ、やる気だな」
ウォーメルが俺の頭をポンポンと叩いた。
これでも俺はオーガ族。身長は二メートルを軽く越えているのだが、子供扱いか。
いや、そんなことはどうでもいい。時間がないのだ。
俺は両手を握る。ただし、人差し指だけは伸ばしてだ。
左手は下に、右手は左手の伸ばした人差し指を握るようにする。
忍者が忍法を唱えるときの手の組み方と言えば分かりやすいだろう。
これで準備は整った。
――拙者は、これにてドロンさせていただきま……っ!?
最後まで言えなかった。
俺の究極の離脱技が失敗した。
なぜならば、今まで一度だって自己主張してこなかった、『オレ』が「出せ! 出せ!」と、俺の内側から暴れ始めたのである。
(何なんだ!? 何なんだ、一体!?)
そう思いつつ、俺は内側から外へ抜け出そうとする力に抗い切れず、内へと引きずり込まれていった。




