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○訓練場の観客席 軍団長ダイル
昨日の宣言通り、晶竜族のハルムが見学しにやってきた。
観客席には、多くの兵もいる。
各所に配備されている者を除き、手が空いている兵たちがみなここに集まっている。
「盛況だな」
ハルムが物見高い兵たちを眺めている。
「噂でしか見たことがないからだろう」
ダイルの目は、訓練場の中で身体をほぐしている磨羯族に向けられた。
本日は集団戦である。
基礎訓練の中ではもっとも見応えがあろう。
だがなぜこうも観客が集まっているのか。
ここにいる兵たちはみな、それを経験し、くぐり抜けているというのに。
本来ならば、集団戦など暇つぶしの娯楽程度である。
だが今回、訓練を施す相手が特殊だったりする。
訓練場に先に到着し、入念な準備をはじめているのは、磨羯族という。
魔王トラルザードをして「集団戦の勇」とまで言わしめた、いわば伝説の種族である。
磨羯族を実際に見た者は少ない。そして実際に戦っている姿を見た者はもっと少ない。
「今日使用する大盾と木槍は特注か」
「この日のために作られ、昨晩届きました」
訓練場の磨羯族たちは、背丈を超えるほど大きな木の盾を持ち、それを振って、感触を確かめている。
握りが通常より太い木槍を含めて、それらは今回の訓練のためだけに用意されたものだ。
普段はもっと殺傷力のある鉄製のものを使用している。
「木の弓? ただの木で出来た矢では、オーガ族の肌は通さないだろう」
「鏃が付けられないが、だからといって戦い方は変えないらしい」
「なるほど。従来の慣れたやり方の方がいいわけだな」
磨羯族が持つ弓は、盾や槍に比べて小さい。携帯性を重視するとそうなってしまう。
彼らは精密射撃を可能とするだけの腕を持っているが、今回使用できる武器に金属が使えず、鏃を抜いたものを用意している。
「それでもあの盾の妙技と槍の連携で問題ないでしょう。単体の実力ではオーガ族より少し強いくらいですが、なにしろ磨羯族にはアレがある」
「――特殊技能の〈相乗効果〉か」
ハルイの言葉にダイルは頷く。
「今回は同数の戦いのため二十体だけだが、それでも全員が〈相乗効果〉を使う。あの数でも黒動亀族の突進すら弾くらしい」
突進で建物どころか、城の門すら破壊できるあの「黒動亀族の突進」をわずか二十体の密集防御で防ぐという。
「そして攻めあぐねたところに槍が向かうわけか」
同じ動作をする者が多ければ多いほど、〈相乗効果〉の力は強くなる。
全員で盾を持てば、どれほどの防御力を発揮するか。
全員が槍を持てば、どれほどの効果を発揮するか。
そもそもこの磨羯族の存在は秘匿されている。
十名、二十名、五十名、百名と同じ事をする者が増えれば増えただけ、その効果が高まるのである。
〈相乗効果〉によって、格上の存在と対等に渡り合える。
もし磨羯族の数が増えれば、一大国家を形成することすら可能であろう。それだけのポテンシャルを備えているのである。
「オーガ族がどのくらい善戦するか楽しみだな」
「少しはいいところを見たい気もするが、さすがに無理でしょう」
ダイルがわざわざ本隊から借り受けてきたのだ。
磨羯族は本来、将軍とともにある存在。軍の中でも精鋭である。
「オーガ族がやってきたようだな」
「お手並み拝見といきましょう」
訓練場の反対側から入場してきたオーガ族は、みな手に何かを持っていた。
「あれは……」
「……丸太?」
オーガ族の全員が肩に丸太を担いでいた。
「何をするつもりだ?」
「あそこで陣を作るとか?」
ダイルとハルムが首を傾げる中、訓練開始を告げる声が会場に響いた。
○訓練場 ゴーラン
「――みんな、丸太は持ったな!」
「「「うぇ~っす!」」」
俺のかけ声に、全員の返答があった。問題なさそうだ。
丸太は昨日、森に入って伐ってきたやつだ。
太さは電柱の倍くらい。長さは……電柱より長い。
だが〈腕力強化〉したオーガ族ならば、持って戦える。
訓練開始の合図が鳴ったが、敵は盾を構えて亀のように丸まってしまった。
ちょうどいい。こちらから攻めるとしよう。
「いくぞ! 囲め」
丸太を抱えたまま走り、敵を囲うように陣取る。
途中、矢が降ってきたが、念のためにと装備した革鎧すら貫通しなかった。
落ちた矢を見たら、鏃の部分がぶった切られていた。それじゃあ、オーガ族の肌は貫けない。
昨日のエア訓練をみたとき、ずいぶんと大きそうな盾を想定していると思ったら、背丈以上の盾を用意していやがった。
こっちも準備しておいてよかった。
「大木の準備はいいか?」
「もちろんでさ」
「あとちょいで、行けます」
今回、俺は『大盾を無視できる攻撃』を用意することにした。
オーガ族が持てる最大の丸太……それも複数人で持つくらいのものが相応しい。
昨日思いついて、探し出したのがこれだ。
「まるで世界遺産だな」
六人のオーガ族がようやく持ち上げられるほどの丸太。
伐り倒すだけで、三時間もかかった。しかも四方向から同時にはじめてだ。
「持ち上げろ!」
「ういーっす!」
敵が縮こまっているならば、こいつでこじ開けるだけだ。
本来持ったまま突っ込む予定だったが、これを上から叩きつけてやる。
「半分、補助しろ!」
六人では持ち上がらなかったので、倍の十二人でなんとかあがった。
何人かが阻止しに動いてくると思って、俺とサイファ、ベッカの三人はずっと敵陣の正面にいたが、その気配はない。
敵は足並みを揃えないと死ぬ病気にでもかかっているのか?
ここは犠牲覚悟で何人か出すところだろうに。
「そのまま落とせ!」
それでも出てこないのならば、都合がよい。
まるで世界遺産に登録できそうな巨木の丸太が、敵の頭上に落とされた。
――ズズズーン
自重と落下速度が加わればこんなものだ。
大地が揺れ、敵が空中に投げ出された。
観客席から「相乗効果ぁー!」と悲痛な声が聞こえたが、あれは一体、どういう意味だろう。
見れば、敵の半数が木の下敷きになって、残りは左右に跳ね飛ばされていた。
「丸太だ! 丸太で叩け!」
「うぉおおおおっ!」
起き上がろうとする敵に向かって、俺は一心不乱に丸太で叩く、叩く、叩く、叩く。
まるでボクシング漫画のように同じ動作を延々と繰り返した。
途中、観客の中から「相乗効果がぁ! 相乗効果がぁ!」と煩かった。
この訓練、リーダー格の者が敗北宣言しないと終わらない。
だがそれがまだないということは、訓練は続いているわけだ。
「てめぇら、へばるなよ! 死ぬ気で叩け。叩かない奴は、あとで怖ぇええぞ!」
「「はいっ!!!」」
素直な奴らだ。
丸太を打ち下ろす音が激しくなった。
「なんだっけな、この音……どこかで聞いたような」
しばらくして思い出した。
生前聞いた、打楽器のシンフォニーだ。
楽しくなって、俺もこのオーケストラに参加した。
どれくらい時間が経っただろうか、気がついたら軍団長のダイルが俺の腰にしがみついて、止めてくれと叫んでいた。
この訓練、敵のリーダーの降参で終わるのだけど、どうして軍団長が?




