144
「……知らない天幕だ」
俺は身体を起こした。どこにも異常はない。
記憶が定かでは無いが、メラルダ将軍麾下の軍団長とやりあったところまでは覚えている。
「ゴーランさま、お目覚めですか?」
「リグか?」
俺が答えると、副官のリグが天幕に入ってきた。
「まる一日ほど寝ておりました」
俺が尋ねるより早く答えてくれる。できた副官だ。
「記憶が混乱している。ここはどこだ?」
「我が軍内の天幕でございます。メラルダ将軍の陣からはやや遠く離れております。ゴーラン様が起きられましたら、連絡するよう仰せつかっておりますが、いかがなさいましょう」
「だったら、知らせてやってくれ。それと、昨日の出来事を教えてくれるか? どうにも記憶があやふやでな」
というか覚えていない。
リグと話している間に少しだけ思い出したが、軍団長のバルタサールに煽られたゆえの喧嘩で、俺が天幕を吹っ飛ばしたんだよな。
いい機会だからと、俺が考えていたことを実行しようとした。
途中で将軍の介入が入って……バルタサールと俺が殴られたんだったな。そこから記憶がない。
うまくオレに変わることができただろうか。
通常ならば、『俺』から『オレ』に変わっても、見聞きしたことは覚えているんだが、俺の方はすぐに気絶してしまったらしい。
「では、私が太刀と金棒を持ってきたところからお話します」
「頼む」
リグの話を聞いて、断片だった記憶が蘇ってきた。
メラルダ将軍に殴られたあとも、ちゃんとオレが応対してくれたようだ。
そしてリグの話を聞くうちに苦笑してしまった。オレの方も中々やる。
あれはバルタサールと俺のタイマンだった。
将軍の横やりが入ろうが、それは変わらない。原則はそうなっている。
だからオレはそれに従って倒そうと試みた。将軍が慌てて止めたところをみると、バルタサールもあれで優秀なのか、親の力が強いのか、影響力のある存在なのだろう。
あの場面で、俺とオレの考えが一致していたのが嬉しい。
とにかくバルタサールをあの場で無力化する必要があった。
再戦などもってのほか。できれば腕か足を切り落とすか、殺してしまってもしょうがないとさえ考えていた。
将軍麾下の誰かと喧嘩して俺の軍の力を示す必要があったから、バルタサールの煽りは渡りに船だったのもある。
あれは絶対に負けてはいけない喧嘩だった。
将軍に止められたときは焦ったが、最終的には武器を持った戦いまでこぎ着けることができた。
太刀で奴を下し、負けを認めさせたら、もう会うつもりも無かった。
まさか将軍から戦い禁止の約束までもぎ取ってくるとは。
「オレは上手くやったんだな」
「はっ?」
「いや、こっちの話だ。それで俺だけでなく、俺の部下にも手を出させない、そうメラルダ将軍は言ったんだな」
「はい。間違いなく言いました」
軍団長の命を助けるためとはいえ、将軍も思い切ったことをする。
俺が負けて部下が軽んじられれば、この地での戦争で、俺たちは使い潰される運命かもしれなかった。というか、それ以外に使い道はない。
俺たちが足手まといのクズ部隊と思われないために力を示すつもりだったが、オレがちゃんと収めてくれた。
これは今までの俺のやり方を見ていたからだろう。
「分かった、リグ。ありがとう。思い出せたよ」
この出兵、オレのファインプレーで出だしは上々だ。
だが安心はできない。
ネヒョルがこの地のどこかにいる。
そして奴の思考は読めない。
完全な予想だが、俺はどの陣にいても危険だと思っている。
部隊を襲撃して、後詰めに駆けつけようとして移動途中を狙われるかもしれないし、部隊の長だけを集中的に狙ってくるかもしれない。
「もしくは、ネヒョルが本命ただ一人に絞ってくるとかな」
ネヒョルは、何をしてくるか分からない怖さがある。
よっていくら防備を固め、堅牢な陣を敷いても、別口から攻められるかもしれないのだ。
「他の軍団長も油断はしないだろうが、それだけじゃ駄目だ」
この戦いは荒れる。俺はそう思っている。
生き残るには、俺と俺の部下たちの存在感を高めねばならない。つまり……。
「まずは基礎訓練か」
嫌だなぁ……。
目を覚ました事がメラルダ将軍に伝わったらしく、将軍から見舞いの品と一緒に誓文が届けられた。
それぞれの軍団長の名が記されている。
内容は、俺たちが客軍であること、手出しをしないこと、以上を部下に徹底させることについて合意したとある。
形式的なことだが、必要なのだろう。
俺は分かったと伝えるようリグにお願いし、もう一度天幕の寝台に横になった。
どうにも身体がダルいのだ。
オレが暴れなかったため、筋肉痛にはなっていないが、もう一日くらい寝ていてもだれも文句は言わないだろう。
あと、魔王国の軍団長とは、もう二度とやり合いたくねえ。
そんなことを思いながら、俺は眠りについた。




