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俺はリグから受け取った武器を手に取る。
布でくるまれたそれを剥がすと、深海竜の太刀が現れた。
もうひとつは、手に馴染んだ俺の相棒だ。これも俺の大事な武器。
鬼には金棒がよく似合う。俺はそう思っている。
だが今回は、相棒よりもこっちだ。
深海竜の太刀を右手に持ち、金棒は近くの地面にぶっ刺しておく。
予想通りならば、これを使うことはないはずだ。
実戦で深海竜の太刀を使うのは初めてだ。
ただし、練習ではそれこそ手にマメができるほど振った。
それゆえ、深海竜の太刀はよく手に馴染んでいる。
こいつは藁どころか、丸太くらいまでならスッパリ斬ってくれる。
切れ味と頑丈さは、俺が今まで持った武器の中で最強だ。
俺が両手で武器を構えたことで、バルタサールが立ち上がった。
警戒したのだろう。
「ゴーランよ、どういうつもりじゃ?」
メラルダ将軍は険しい顔をしている。先ほどの戦いが終わった直後に俺がこんなことをして、驚いているのかもしれない。
「コイツは俺を挑発した。そして喧嘩して負けた。なあ、そこまではいいよな」
バルタサールの方を向いてしっかりと言い放つ。
何か言い返したい顔をしているが、一方的にやられた事実は覆せない。
なにしろ同じ軍団長たちが見ている中で敗北し、あろうことかメラルダ将軍に止められたのだから。
「それがどうしたのじゃ?」
代わりにメラルダ将軍が答える。
「あれで決着は付いたと俺は思ったんですけどね。本人は『次は負けない』と言う」
「うむ。たしかに言っておったな」
他の軍団長たちも「次は負けない」という言葉を聞いたようで、頷いている。
俺はそれを聞いたからこそ、天幕を引っぺがしたのだ。
「じゃあ、『次』をやりましょう。奴は次と言った。俺に挑戦したんです。俺はそれを受ける!」
バルタサールはこう言いたかったのだ。「次回戦うことになっても負けない」と。
それはそうだろう。地力が違うのだから、俺が勝てる道理はない。
だが、次が『今』ならば別だ。
俺はずっと勝てるように算段をつけていたのだから。
「おっしゃぁー! ゴーラン、やっちまえ!」
「叩き潰せ!」
「おめえ、叩き斬れだろ。手に持ってるのを見ろよ」
「ぶった斬れ!」
都合がいいことに身内連中が騒いでくれる。これで奴は断りづらくなった。
「武器を持つか? それでいいなら行くぞ」
俺は余裕たっぷりに言い放った。
ここの天幕に入るまでに、グランガチ族の装備はしっかり目に焼き付けてきた。
奴らはショートスピアと盾を使う。
自分の背丈より少し長い程度の鉄槍をだれもが装備していた。
魔界では、長槍は使いづらいのだろう。あれは隊列を組んで同時に使うからこそ効果を発揮する。
各自の技量で戦う場合、長槍は味方を巻き込んでばかりになるはずだ。
バルタサールも例に漏れず、ショートスピアと盾の使い手だろう。
それを理解していたからこそ、最初の組み手で、利き手の指を折っている。
折ったのは、親指と小指だ。
槍を握ると分かるが、その二本の指が使えないと、どうにも握りが甘くなる。
そしてオーガ族と同じグランガチ族は、自己治癒の魔法が使えない。
強靱的な回復力を持っているから、数日もすれば骨折はくっつく。
だが、「今この時間だけでは無理」なのだ。
気を利かせた同族が、バルタサールの槍と盾を手渡しにくる。
バルタサールは戸惑っている。指の骨折は、軽微な怪我に部類される。
だが、戦う上ではどうだろう。
片手槍の場合、二本の指が使えないと、かなり不利になる。
バルタサールはそれを感じ取っているのだ。
利き手以外での鍛錬などやったことはないだろう。
三本指で鉄槍を握ってまともに戦えるのか。
俺は最初に戦ったときから、それを考えていた。
すべて俺の掌の上だ。
そして切り札の剣もある。
魔界の深海がどのくらいの深さなのか俺は知らない。
だが海上と深海を行き来できる深海竜とは、どれほどの強者なのか。
日本の技術では再現できないほどの強骨格を持っているのは確実。
それを加工して造ったこの太刀だ。存分に確かめてやる。
バルタサールが不承不承、槍を握る。俺は目を細めた。
奴が盾を握った瞬間に、俺は駆け出すつもりだ。そこで一気に決める。
俺は身体中に魔素を巡らし、脳内がアドレナリンでパンパンになった頃、奴の視線が俺から一瞬だけ外れた。
――今だっ!
踏み込もうとした瞬間、バルタサールの姿が吹っ飛んだ。
「なっ!?」
気付いた時には、バルタサールが観衆のただ中に埋もれていた。
何が起こったか理解するよりも早く、俺は太刀を胸の前に引き寄せ、防御の姿勢をとっ……。
頭がぐらんぐらんする。殴られたのだと分かったが、視界が回っている。
だめだ、意識を保っていられない……これ、気絶したら終わるやつ?
意識は……もって、あと数秒。
『俺』は『オレ』に後を任せ……まか……せ……
○
○メラルダ将軍
ゴーランが白い太刀を腰に差したとき、我はすべてを理解した。
同時に背中に氷の塊を突っ込まれたような感覚を覚えた。
ゴーランがなぜ天幕を追いやったのか。その意味がようやく分かったのだ。
執拗にバルタサールの指を狙ったのは、そこが弱い箇所だからではなかった。
指を折ったのはただの布石。
本命は武器を持った戦いにもっていったときに、有利にことを運ぶため。すでに最初から計算され尽くされていた。
我が戦いを止めたとき、ゴーランは「余計なことを」という顔をした。
単純に追撃の機会を失わせたからだと我は思っていたが、ゴーランが手に持ったキバは、バルタサールのもの。
はじめから右目を狙っていたのだ。そのために、先にキバを折った。
一体ゴーランはどこまで先を読んでいたのか。空恐ろしいものを感じる。
我が戦いを止めたあと、ゴーランは自分が勝ったにもかかわらず、煽りを続けた。
それは戦いの興奮が冷めやらないゆえの行動かと思ったが、それすらも作戦のうちだった。
我はそれに気付かず、問いかけてしまった。
バルタサールも同様で、「次は勝つ」と言っていた。
ゴーランは待ってましたとばかり、天幕を取り去ったが、考えてみれば先ほどのあれで戦いは決着をみた。ゴーランの勝ちだったのだ。
あとはバルタサールが再戦をするかだが、あれの性格からすれば、必ずやる。
だからゴーランは、自分が有利な状態のまま再戦するために煽ったのだ。
「次は勝つ」と言ったのを挑戦と受け止め、ゴーランは承諾した。
一旦挑んだものを取り消せば、威信は地に落ちる。
怖くなったと思われるからだ。バルタサールは窮地に陥った。
衆人環境のもと、バルタサールは引くに引けない状況に追い込まれてしまった。
ゴーランが太刀と金棒を持ってこいと言ったならば、我は理由をつけて止めた。
部下を走らせなかった。
我はあそこでも失敗した。我が気付いたのは、白い太刀を出したときだったのだ。
そしてバルタサールは気付いていない。
槍と盾を受け取った瞬間から、ゴーランは一気呵成に攻め立てるだろう。
そのために今までお膳立てしたのだ。
勝算があるに違いない。
もしゴーランが我の思っているレベルに達しているならば、バルタサールの指や手首くらい、ポンポンと飛ばす。
それどころか、心臓をひと突きするかもしれない。
ゴーランは、それを狙っている。
後顧の憂いを除くため、致命傷以上を与えるつもりだ。
我はとっさに特殊能力の『絶身』を使った。
これは、あらかじめ行動を決めておけば、離れた場所でそれを実行できる。
ヴァンパイア族にも『瞬移』があるが、あれは間を飛ばして高速で移動する技だ。
我のは最初と最後だけ。間はない。
その分、技の自由度は低いが、決めた動作を離れた場所まで一瞬で移動して行える。
バルタサールを一撃で殴り倒した『絶身』は、ゴーランにも振るわれた。
まったく同じ力でだ。
正直、ゴーランの上半身が吹き飛ぶんじゃないかと少しだけ心配した。
そうでなくても、二度と身体を動かせなくなるかもしれない。
そうしたら、代わりの戦士を差し出し、ゴーランはこちらで面倒みよう。
『絶身』は途中で変更も、力の加減もできない技なのだ。
と思ったら、拳に変な感触を得た。
刀身で受けられたようだ。だがどうやって?
『絶身』は、予備動作などない。
どれだけの強さでどう殴るか決めたあとは、自動で決まる。
もし防御できたとしたら、それは我が移動する前に防御を終わらせていなければならない。
移動前、ゴーランは太刀を構えていて、防御の姿勢を取っていなかった。
我がバルタサールを殴り終わった直後にはもう、我が攻撃してくるのを見越して、防御をしていたことになる。
なんという戦闘本能。なんという対人勘の鋭さ。
我は驚いた。
他の小魔王相手ですら防がれたことがない『絶身』を防がれたのだ。
それでもオーガ族の上半身が吹っ飛ぶくらいの力が込められていた。
太刀で受けたとしても、十日やそこいらは目を覚まさないだろう。数ヶ月間は寝たきりになるかもしれない。
それは素直に謝ろう。
今回、バルタサールを成長させたくて、少々無茶をしたのも事実だ。
そのしわ寄せがゴーランに行ってしまっては申し訳ない。
そう思ったら、ゴーランが立ち上がった。
「………………」
開いた口が塞がらなかった。あれを喰らって立つのか?
バルタサールですらいまだピクリともしないのに、同じ強さで殴ったゴーランは、気絶すらしない。
しかも立ち上がったゴーランはどこか違う。
あれは……なんだ? なんなんだ?
「過保護が過ぎるんじゃないか?」
ゴーランの、それはそれは低い声がした。




