トリック・オア・プレイズ(前編)
前後編です。
紅葉が色を深め、枯葉がひらひらと舞い落ちる深秋。夏の暑さが和らぎ、外での遊びが気持ちよくできる季節になっていた。
「いけーっ!」
「頑張れー!」
「勝ってくれー!」
秋晴れの下、子どもたちが声を張り上げて応援する。その視線の先では、三人の子どもたちが懸命に走っていた。アンカーは男の子二人とクレハ。その中でもクレハが群を抜いて速く、真っ先にテープを切った。
「やった、ウチらが一番!」
ゴールした瞬間、クレハは飛び上がって喜ぶ。私たちも歓声を上げながら駆け寄った。
「やったね、クレハ!」
「最後の追い上げ、すごかったですよ!」
「さすが、クレハお姉ちゃん!」
「へへっ、どんなもんだい!」
みんなに褒められて、クレハは嬉しそうにガッツポーズを決める。他の組も盛り上がっていて、辺りは笑い声でいっぱいになった。
忙しい秋の合間にようやく作れた遊びの日。せっかくだからみんなで何かできないかと相談して、私がリレーを提案したら全員が乗ってきた。
木の枝をバトンにして、地面に大きな楕円を描いて、即席のコースを作る。始まってしまえば誰もが夢中で、走るのも応援するのも楽しくて、まるでひとつになれたようだった。
リレーが終わると、私たちは息を弾ませながらまた集まって相談を始める。
「リレー楽しかったな! もう一回やろうぜ!」
「えー、何度も走ったらバテちゃうよ。せっかくの遊び時間、休みたい!」
「じゃあ違う遊びにしよう。なぁ、ノア。何かない?」
「えっ、私?」
急に振られて戸惑うと、子どもたちの視線が一斉に集まった。どうやらリレーを提案したから、他にも面白い遊びを知っていると思われてしまったらしい。
「疲れないのがいい!」
「運動ばっかりは嫌だよー」
「面白いのがいいな!」
「みんなでできるやつだと嬉しい!」
口々にそんなことを言われて、私は頭をひねった。前の世界では、秋といえばどんなことをしていたっけ?
運動の秋はやった。読書の秋は、本が少ないし無理。食欲の秋は……遊びじゃないし。うーん、あとは……。
「あっ、思い出した! ハロウィンっていう行事があったよ」
「なんだそれ? 初めて聞いたぞ」
「私も初耳です」
クレハとイリスが首を傾げると、周りの子も同じように小首をかしげる。
「仮装をして驚かせて、大人たちに『お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ!』って言って、お菓子をもらうイベントなんだ」
「へー! 仮装は楽しそうだな!」
「それにお菓子か……いいなぁ」
「でもさ、お菓子なんて滅多に食べられないだろ? そんな急にもらえるのか?」
「うん、難しいと思う。だからね、お菓子の代わりに、別のものにしたらいいんじゃないかな」
「別のもの? えっ、なに!?」
期待に満ちた瞳が一斉に向けられる。私は少し得意げに笑って、説明を続けた。
「お菓子の代わりに褒め言葉をもらうんだよ。つまり、『褒めてくれなきゃ、悪戯するぞ!』って言うの」
「なるほど! じゃあ仮装で驚かせるだけで褒めてもらえるってことか!」
「それ、すっごくいい! 俺、いつも怒られてばかりだから……褒められたい!」
「仮装して褒めてもらえるなんて最高じゃん! ね、みんなでやろうよ!」
声が弾み、笑顔が広がる。新しい遊びの予感に、みんなの胸がわくわくと高鳴っていった。
「でもさ、仮装ってどうするの? 布なんて私たちじゃ買えないよ?」
「葉っぱでいいんじゃない? 葉っぱをいっぱい集めて、糸でつなげばそれっぽくなるよ!」
「おぉ、それならできそうだ! 葉っぱと針と糸さえあれば作れるな!」
「ふふっ、なんだか面白いことになりそうね」
子供たちは目を輝かせながら相談し合い、どんどん話がまとまっていく。
「そうだ! 大人たちにも、先に伝えておく?」
子供たちにとっては楽しい遊びでも、大人たちは何も知らなければ戸惑ってしまうかもしれない。イベントの趣旨が分からなければ、一緒に楽しむことだって難しいはずだ。前世の私なら、真っ先に根回しをしていただろう。
だけど、返ってきた本物の子供たちの答えは。
「そんなのつまんない! 驚かせるんだから、内緒に決まってる!」
「そうだそうだ! 不意打ちでビックリさせた方が絶対面白い!」
「それに、褒めてもらえなかったら悪戯できるんだぜ!? こんなチャンス、滅多にないって!」
……さすがは子供たち。大人の都合なんて気にせず、遊びを全力で楽しむ気持ちを忘れていない。私もつい前世の癖で「効率」や「段取り」ばかり考えてしまうけど、今は子供なんだ。ここは私も子供になりきって楽しむべきだろう。
「よし! みんなで葉っぱを集めに森へ行こう!」
「どんな仮装にしようか、悩んじゃいますね!」
「針と糸は任せて。私が魔法で用意しちゃうから!」
クレハが勢いよく先頭に立ち、イリスが楽しそうに後を追う。私も笑いながら続き、ほかの子供たちも一斉に駆け出した。
こうして私たちは、葉っぱの仮装を作るために、わくわくと胸を躍らせながら森へと向かっていった。
◇
森に入ると、地面は落ち葉で埋めつくされていた。その光景に子供たちは歓声を上げ、我先にと散らばっていく。
「二人はどんな仮装をするの?」
何気なく尋ねると、二人は待ってましたとばかりに胸を張った。
「ウチはな、でっかくて怖い狼の被り物だ!」
「私は葉っぱのドレスがいいです。お姫様みたいなのが着たいです。ノアは?」
「私は……頭と体に何か作るつもり。形はその時の気分で決めようかな」
「なんだそれ! あやふやすぎだろ!」
「でも、気持ちで形を決めるってちょっと素敵です」
「好きなように作れるんだから、楽しんだもん勝ちだよ」
二人に作りたい形があるように、私にも多分、きっと作りたいものがある。
「とにかく葉っぱを集めるぞ! ウチはでっかい被り物だから、大きな葉っぱだ!」
「私は小さい葉っぱをいっぱいつなぎたいです」
「私はどっちもかな。いろんな形を混ぜたら面白そう」
そう言い合って別れ、それぞれに葉っぱを拾い始める。拾いながら、頭の中ではどんな形にしようかイメージを膨らませていった。
やがて両手いっぱいに葉っぱを抱えて戻ってくる。
「見て! こんなに集めた!」
「私もいっぱいです」
「ウチはな、どーん!」
クレハが見せた量に、思わず息をのむ。顔がすっかり葉っぱに隠れてしまうほど、抱え込んでいたのだ。
「す、すごい量……」
「本当に全部使うんですか?」
クレハはむふーっと鼻息を鳴らして胸を張った。
葉っぱを地面に置くと、私は創造魔法で大量の針と糸を生成した。子供たちにそれらを渡し終えると、今度は自分の作業に没頭する時間だ。 二人は真剣に針の穴に糸を通していた。
「む、難しい……」
「……ここだ! ……だー! 入らない!」
「糸入れるの難しいよね……。ここは集中して……」
糸を真っすぐに直し、穴に向けてゆっくりと入れる。手が震えないように慎重に入れていくと、スッと穴に入った。
「やった、入った!」
「えっ!?」
「私も入りました!」
「えぇっ!? むむっ……」
私とイリスが糸通しに成功した脇で、クレハが眉間に皺を寄せて、体を縮こませて糸を通す。私たちがじっと見守っている中、何度も挑戦すると――。
「や、やった……ようやく入った……」
針に糸が通った瞬間、地面にへたり込んで両手を広げる。
「もう力を全部使い果たしたぞ……」
「いやいや、ここからが本番だよ」
「そうです。私たちは少しだけですが、クレハは倍以上ありますよ。本当に縫えるんですか?」
すると、クレハはむっと頬をふくらませた。
「こ、これくらいできる! やってやるからな、見てろーっ!」
気合を入れて、ものすごい勢いで葉っぱに糸を通し始める。
「……後で泣いても知りませんからね」
「泣かない! むしろ驚かせてやる!」
「ふふっ、本当かなぁ」
半信半疑の視線を浴びながら、クレハは全力で作業を進めていた。
「私たちも手を止めていられないね」
「はい。自分の仮装を仕上げましょう」
クレハに構ってばかりいる訳にはいかない。自分たちにもやる事があるんだから、しっかりと終わらせなければ。
私たちは顔を見合わせ、また葉っぱと向き合った。いよいよ仮装づくりの始まりだ。
◇
「見てください。素敵に出来上がりました!」
イリスが仕上げた葉っぱのドレスを身にまとい、ふわりと一回転してみせた。葉っぱがカサリと音を立てて動き、思った以上に本格的で、私は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「イリス、すごいね。とっても綺麗だよ」
「ふふ、ありがとうございます。……ノアも可愛らしい衣装ですね。それは何を作ったんですか?」
私も完成した葉っぱの衣装を着ていた。頭には大きな葉を束ねた冠、肩からはマントを羽織っている。
「うーん、冠とマントかな。なんか作ってたら、これがいいって思ったんだ」
「じゃあ、ノアは王様ですね」
「それじゃあ、イリスはお姫様だね」
そう言うと、イリスは頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに笑った。
「いつもと違う装いって新鮮ですね。本当に別人になったみたいです」
「だね。なんか、王様っぽい気分になってきた」
「ふふっ、偉そうな気分ってことですか?」
「うっ……そこまでは言ってないよ……」
「ううっ」
二人で笑い合っていると、不意に隣から小さな呻き声が聞こえてきた。視線を向けると、クレハが涙目で葉っぱと格闘していた。
「うぅ……全然出来ない……」
「だから言ったじゃないですか。そんな量で大丈夫なのかって」
「ようやく半分くらい?」
「思ったよりずっと進まなかったんだぞ……。このままじゃ、ウチ……みんなと行けない……」
しょんぼりと耳を垂らし、鼻をすするクレハ。今にも泣き出しそうな姿に、私とイリスは顔を見合わせて、困ったように笑ってしまった。
「もう、仕方ないなぁ。手伝うから一緒に仕上げよう」
「……ノア……」
「次からはちゃんと人の忠告を聞いてくださいね。で、どこからやればいいですか?」
「……イリス……!」
私たちはクレハの隣に腰を下ろし、それぞれ針を手に取った。すると、クレハは慌てて目元を拭い、ぱっと笑顔になる。
「二人とも、本当にありがとう!」
そして、森に響いたのは、いつも通り元気いっぱいのクレハの声だった。やっぱり、クレハは元気でいてくれるのが一番だ。
お読みくださりありがとうございます!
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WEB版よりも癒される内容になっておりますので、お楽しみに!
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