198.海に行こう!(3)
南の漁村に向けて車は飛び出した。はじめはゆっくりとした速度だったけど、街道に誰もいないので徐々にスピードを上げてみる。
「おー、めちゃくちゃ速いんだぞ!」
「こんなに速く飛べるんですね」
「もっとスピード出せるけど、これくらいが丁度いいかな?」
今はきっと時速四十キロは出ている。速く飛びすぎて街道を行く人にぶつかったら大変だ。急な対応できるように速度はそれくらいにしておいた。
「そうだ、窓を開けてみな」
「どうやって、開けるんだ。固く閉まっているぞ」
「扉の所に取っ手があるでしょ。それを右回りに回してみて」
「これですね。こうでしょうか? ……あ、窓が開いていきます」
「これか!」
後部座席に座っている二人は扉についた取っ手を回して、窓を開けた。すると、車内に外の空気が勢いよく入ってくる。
「わっ、風が強いですね」
「あはははは、なんだこの風!」
イリスはおっかなびっくりに窓から少しだけ手を出し、クレハは腕を出して振っている。すると、クレハが顔を外に出した。
「おー、凄い風だ!」
「あ、危ないですよ!」
「平気だって、何もないんだし」
クレハはそのまま窓から顔を外に出したまま景色を楽しんだ。イリスも窓の外を見て、流れていく景色を楽しんでいる。これなら、用意したおもちゃは必要ないかな?
「なぁなぁ、もっとスピード出さないか?」
「スピードはまだ出せるけど、操作してそんなに時間が経ってないから、ちょっと怖いなぁ」
「十分に速いと思いますよ。これぐらいが丁度いいかと」
「でもよー、もっと速くなるんだったら見たくないか?」
ワクワクとして目を輝かせるクレハ。うーん、スピードをこれ以上出すとなると、私が操作を誤った時が大変なんだよな。何か他の手は……そうだ!
「スピードはこれ以上出せないけど、空に行ってみる?」
「「空?」」
「魔動力を使えば、この車に乗って空高く飛べると思うんだ」
魔動力は万能だ。重たいものを動かしたり、魔物とも戦える力がある。その力を使えば、空を飛ぶなんて簡単なことだ。二人はキョトンとしながらも、次第に言葉の意味を理解したのか反応を見せてくる。
「いいな、それ! 空に行こう、空に!」
「だ、大丈夫ですか? そんなに高く飛んだら落ちたら……」
「魔力は十分にあるし、落ちることはないよ。どう、楽しそうでしょ?」
クレハはワクワクとした表情で、イリスはちょっと不安げな表情をしていた。
「じゃあ、ゆっくり空に行くよー」
私は車体を上向きに傾かせて、徐々に高度を高くしていった。車体は斜め上にどんどん進んでいき、あっという間に木の高さを追い抜いた。
「おー、高くなってる!」
「こんなに高く上がったことはありません」
「だねー。雲まではいけないけれど、鳥がいるところまでは上がれるよ」
多分、やろうと思えば雲があるところまで上っていける。でも、そこまでする必要はないし、ある程度の高度で大丈夫だろう。私はどんどん高度を上げていくと、車体は空高く上っていった。
「わー、道があんなに小さくなってます」
「本当か? どれどれ……」
二人とも窓の外を眺めて楽しそうだ。その間にも高度をぐんぐん上げて、鳥が飛んでいるところまで上がってきた。
「よし、この高さでどうかな?」
「こんなに高いところまでこれるものなんですね。こんなに高い景色を見たのは初めてで、緊張でちょっとドキドキしますね」
「高いとそうだよね。クレハはどう?」
クレハ窓の外を見たまま身動きがない。外の景色に見とれているんだろうか? すると、クレハがゆっくりと前を向いてきた……なんだか動きがぎこちないけど、どうしたんだろう?
すると、バックミラーから見えるクレハの顔が青ざめているのが見えた。
「た、高い……」
「えっ?」
「た、た、た……高すぎる!」
クレハは体を抱え込んで丸まってしまった。えっと、これは高くて怖いってことかな?
「怖いってこと?」
「そ、そんなんじゃないぞ! ただ、高いってだけで……」
「怖がってますよね?」
「ち、違うぞ!」
「だってほら、耳がペッタンコですし、しっぽも丸まってます」
イリスの指摘にぐぬぬと表情を歪めるクレハ。いつも強がりなクレハとしては、ここは弱いところを見せられないってことか。でも、耳としっぽは正直なんだな。
「こ、こんなの全然怖くないぞ! ほら、見てみろ!」
怖くないアピールの為か、クレハが窓の外に手を出した。出して、引っ込めて、出して、引っ込めて。外に出ている時間がやけに短いのは、きっと外が怖いからに違いない。
「顔は出さないの?」
「顔!? い、いや……顔は……」
「さっき出してましたよね」
「ぐぬぬっ」
顔と言われて、ビックリしたのか耳としっぽがピンと立った。でも、すぐにへにゃへにゃになって耳は情けなく垂れ下がり、しっぽも元気がない。
「み、見てろよ……」
ブルブルと震えながら、窓枠に手をしっかりとかける。それから、ゆっくりと顔を外に出した……目を閉じながら。
「目、閉じてますよ」
「ほら、開いて開いて」
「な、なんで!?」
「怖いんですか?」
「あー、怖いなら仕方がないなぁ」
「ぐぬぬぅ……や、やるぞ!」
意を決してゆっくりと目を開けるクレハ。その目に飛び込んできた光景は……。
「うわぁっ!」
ビックリして車内に戻ってきた。
「やっぱり、怖いんじゃないの。正直に言いなー」
「そうですよ。怖かったら、下りますか?」
「べ、べ、別に怖くなんか……」
あらあら、まだクレハが譲らないみたい。バックミラー越しにイリスと目を合わせると、頷く。
「じゃあ、ちょっと車が色んな動きをしても怖くないかなー」
「あー、私は怖いかもしれません。止めたほうがいいと思います」
「へ、へへっ! そんなの怖くないぞ!」
「「へー……」」
まだ、譲らないクレハ。私たちも段々と意地になってきているのが分かる。私は車体の速度を上げると体がシートに押し付けられた。
「左右に揺れるよ」
車体が振り子のように左右に振れて、車内が大きく振れる。
「面白い動きですね」
「わわわっ」
「今度は一回転!」
左右に振れた車体をぐるりと一回転させる。シートベルトが体を守ってくれるからと言っても、車内の中で体は大きく揺れ動いた。
「体がふわっと浮かびました!」
「な、な、な、なんのこれしき!」
「……あっ、落ちる!」
今度は車体の先を地面に向けて、急降下。それだけじゃなくて、グルグルと車体を回して落ちていく。
「わー、これ凄いですね。なんか不思議な感覚です」
「ああぁぁあぁぁっ!!」
「今度はトルネード!」
車体を横にして、大きく円を描きながらグルグルと回る。遠心力のせいで体がずれてしまっているが、耐えきれるくらいだ。
「さっきと同じような感じですね」
「うおぉぉぉっ!!」
「今度は大きくループ!」
車体の先を上げると、大きく円を描くように上っていく。車体はぐるりと逆転して逆さになり、勢いがあるままにぐるりと一回転した。
「シートベルトがなかったら大変なことになってましたね」
「まっ」
「「ま?」」
とうとうクレハが口を開いた。私たちはクレハを見ると、ブルブルと震えたクレハが大声を出す。
「待ってくれ! ウチが悪かった! だから、もう止めてくれ! 怖いんだよ!」
とうとう、クレハが吐いた。意地になっていた私たちも悪いんだけど、素直な気持ちを聞けて良かったな。
「ほら、やっぱり怖いんでしょ?」
「正直に言えば、怖い思いをしなくても良かったですのに」
「お前ら絶対にわざとだろ! 楽しんでただろ!?」
「そんなことは~……」
「そうですよ」
堂々と白を切る私たち。すると、プクーッとクレハの頬が膨らんだ。あ、これは……。
「もう怒ったからな! 許してあげないんだからな!」
それからしばらくクレハの機嫌を取るのに大変な思いをした。まぁ、でも……ちょっと楽しかったからまたやりたいと思う。




