愛二乗と清子の言葉
朝になる。
学校行くのが面倒だ。
それに学校に行けば平田さんとも会う。
気まずい。
どんな顔して会えばいいんだろう。
こんなことなら振るんじゃなかった。
いつまでも三人でいればよかったんだ。
けれど、あの放課後が頭をよぎる。
これでよかったんだ。
靴箱で、平田さんがいた。
もう以前のように笑いかけてくれることはない。
ただ前を向いて黙々と靴を履き変えている。
俺は顔を歪ませた。
そして視線を上げた平田さんと目が合う。
息が苦しい。
こんなに息しづらいことがあるんだ。
たった一人と視線が合っただけなのに。
平田さんは無理やり口角を上げた。目を細める。
笑おうとしているんだ。
「おはよう」
気を遣わせてる。
でも今の俺がかけられる言葉はない。
「……おはよう」
平田さんは避けるように早歩きで教室に向かった。
少し前までは並んで行ったのに。
放課後、清子ちゃんと一緒に帰る。
唐突に彼女が言い出した。
「大君先輩、問題です。私は何部に入っているでしょう?」
「バトミントン」
「正解!では何人家族でしょう?」
「四人」
「正解です」
そう言って満足そうに笑う。
最近清子ちゃんは”問題です”を繰り返すようになった。
「問題です、私の好きな人は誰でしょう?」
言うのが恥ずかしい。
そして何故か言葉に詰まる。
「俺」
清子ちゃんは目を少し伏せた。
「問題です、私は大君先輩のことをどう思っているでしょう?」
「……好き?」
「ハズレ!大好きです」
そう言って誇らしげに笑う彼女を見て違和感を感じる。
気持ちが、重いんだ。
十二月、寒さも険しくなってきた。
終業式の帰り道。
今日も「好きです」と言われる。
その度に心に重しがのっていく気がした。
清子ちゃんと商店街を歩くと、街中イルミネーションできらめいていた。
はしゃぐ清子ちゃん。
無邪気に喜ぶ彼女を見て、俺が穢れたものに思えた。
そんな時さっと通り過ぎていく人影があった。
何もいじっていない黒の髪。
いつしか俺より頭半分小さくなった女の子。
平田さんだ。
声なんてかけられなかった。
ただ一言、「バイバイ」さえ言えないのに。
気が付いたら平田さんは小さくなっていた。
随分見ていたようだ。
気まずくて清子ちゃんを見る。清子ちゃんも俺を見ていた。
彼女はふわりと笑った。
「好きです」
「うん、知ってるよ」
何度も何度も聞いた。
「本当に好きだから最後に思い出が欲しかった。
自分の幸せしか考えられなかった」
清子ちゃんは俺の両頬をとる。
冷え切った手だった。
「先輩の目は濁りましたね。
初めて見かけた時、いつも力強い光が指していました。
私はそれが羨ましかった。
転校ばかりでろくに友達も作れなかった私には、神様に見えたんです」
彼女は手に力を入れて、俺の顔を彼女自身に向けさせた。
その時久しぶりに彼女を見た。
目の強く、まぶしい光が俺をかすませる。
気弱だった彼女はすごく変わった。
「今でも先輩の目は澄む時があるんです。
ある人を見つけた時」
嫌な予感がした。
もうこれ以上言わないで欲しい。
「止めっ」
清子ちゃんが俺の口を押さえていた。
彼女の目が潤んでいる。
終わってしまう。
「私、終業式が終わったら転校するんです」
彼女の目には嘘がなかった。
「先輩のこと好きです。でも十分思い出はもらいました。
別れましょう。
本当に好きな人と幸せになって下さい」
何か言わなきゃいけないのに、何も出てこない。
「ありがとうございました!」
彼女は笑った。その拍子に目から零れ落ちる涙。
もう俺にはその涙を拭う資格はない。
ゆっくりと去る彼女をただ見るしか出来なかった。
苦しかったけど、楽だった。
流されるだけでよかったから。
俺はまた振られた。




