愛二乗と決断
十一月、俺は変になった。
平田さんを前にするといつもどおりの自分でなくなるのだ。
ある日、図書室で居残りをしていた。
そして本を借りようとした時忘れ物に気付く。
教室に筆箱を忘れたのだ。
間抜けだなと自分を嗤う。そして教室に向かった。
教室はすでに夕焼けに染まっている。
そんな中話し声がした。
「マジありえなくない~?」
「だよねー。いくら大君くんが好きだからって、別れさせるなんて駄目じゃん」
「で、自分は大君くんにアタックしてるんでしょ?図々しーい」
「ほんと、ほんと」
「ふられた後輩ちゃんが可哀想だよねー」
脳が話を理解することを拒否した。
「いじめてるのに全然効果ないの。もっとへこんだらいいのに」
「もっときつくするればいいんじゃない?」
「アハハ、それいい!」
「みんなで平田さんをいじめちゃおー」
“平田さん”。
その言葉は気のせいだと思おうとした。
そんな俺を自分で叱った。
だっていつもと変わらなかったんだ。そう、いつもと同じように、―笑っていたか?
時々目をかげらせなかったか?
ため息をついていなかったか?
俺のせいだ。
俺はよろめきながら図書室に帰った。
そして荷物をかばんに詰めながら考える。
平田さんがこれ以上何も言われないようにするにはどうすればいい?
「あ、大君先輩」
清子ちゃんが後ろから駆けてきた。
清子ちゃんはたくさん傷つけた。
告白してきたから、それだけで付き合った。
けれど特別にならなかった。
それが彼女を追い詰め、別れることになった。
俺が原因だ。
そして今、どちらかを選ばなければならない。
俺はどうしても清子ちゃんを“好き”になれなかった。
「清子ちゃん、明日昼休み屋上に来てくれないかな」
思いがけず切羽詰った声が出た。
俺の様子に何かを感じたのだろう。彼女は背を正して「はい」と言った。
次の日。屋上に行きたくなかった。
けれど終止符を打たなければならない。
俺は心なしか重い、屋上への戸を開けた。
開けた先には、すでに清子ちゃんと平田さんがいた。
平田さんは今日誘ったのだ。
二人とも緊張した顔をしている。俺はそんな二人の前に立った。
「二人のどっちを選ぶか決めたよ」
「清子ちゃん、付き合ってください」
清子ちゃんは俺に抱きつき、平田さんは屋上から飛び出て行った。
コンクリートの床に水滴が落ちている。
俺はそれを見ながら清子ちゃんを抱き締めた。
清子ちゃんを沢山傷つけた。
俺が何も考えていなかったから傷つけた。
だから償わなきゃいけないんだ。




