愛二乗=皐月と啓一
次の日、雪哉はニヤニヤとした啓一が現れるものと思っていた。
自分が気を利かせて二人きりにしたのだから、あいつは上手くやるはずだと言う信頼でもある。
しかし、現れたのは微妙な顔をした啓一だった。
「昨日はどうだった?」
成功とも言えない顔色にあえて尋ねる。
啓一は酷いヤツだ、とばかりに溜め息を落とす。
それでも気になる大君は譲らなかった。
少し間が空いて、観念したように啓一が答える。
「いろんな意味で失敗。でも次の約束したから、それは上出来だろ」
いろんな意味とは何だろうか。
「ともかく次の約束出来てよかったな」
「次もWデートだぞ」
「え?」
「二人っきりじゃ駄目なのかよ~」
二人きりがいいとばかりに頭を抱える啓一。
ということはまた、俺は付き合わされるのか?彼女いるのに?
いなかったら大分違っただろうけど。
「友情のためだ。頼むぞ」
……頼まれたくない。
そんな俺にあいつは一言。
「俺は何がなんでもあいつを手に入れるよ」
強い目、自信に満ちた顔。全てが俺と違っていた。
こいつは俺さえも利用するのだろう。
次もWデートでなくてはならないのだから。
一生懸命体当たりする啓一とは違って、俺は一歩下がった所にいる。
――お願いよ、雪哉。女の子には優しくしてあげて。
こんな悲しい想いを他の子にもさせないで。私だけで十分よ。
姉が泣いていた。
姉が泣く姿なんて見たことなくて、姉のために頑張ろうと思った。
姉は母でもあったから。
俺はあの時の姉の強い悲しみにうん、と頷いた。
そして今回も啓一の強い気持ちに頷いた。
この時、俺は何一つ自分で決めていなかった。
のちに悔やむことになる。
教室で皐月と話していたら、遠山君が来た。
「柿本ー、上手くいったぞ」
「あら、やるじゃない」
「まかせとけって」
何の話だろ?
不思議そうな顔をした私にニャッと笑いかける皐月。
「また遊べるよ。大君くんとね!」
「雪哉は正直乗り気じゃなかったんだけどな。俺に感謝しろよ~」
そうだ、大君くんには彼女がいる。
落ち込む私を見て皐月が遠山君の頭を小突く。
「あんた余計なことを!」
「ほんとのことだろ。平田、お前はそれを分かってて、でも諦めなかった」
皐月は私を心配そうに見る。
私は俯いて、遠山君の言葉を一つ一つ消化していった。
「そう、諦められないから。彼女がいても振り向かせる。
迷惑なのは分かってる。犠牲も出ると思う。
それでも決めたから、もういい子でいるつもりはないよ」
悪者にだってなるんだ。
「平田変わったな」
「そうね、強くなった」
そこで、ごほんとせきごむ啓一。
「次のデート、スカート着て来いよ」
「デートなんかじゃないわよ!わたしは今は無理だって言ったじゃない」
「雪哉と平田がくっつくまで、だろ」
「知ってるなら、っ」
知らない間に吐息がかかる距離にまで近づいている啓一に、後ずさる皐月。
それをまた詰める啓一。
目は限りなく真剣で、皐月には怖かった。
「なぁ、俺待てねぇよ」
啓一の手が頬に触れる。
びくっと体が震える。
だれに触れられてもこんな反応はしない。
「明らかに俺に気がある感じなのに。
あいつら待ってたら何年かかると思ってんだよ」
つつっとなぞる頬にぞくっと走る何か。
「わ、私のこと一年から好きだったならまた一年ぐらい待てるでしょ」
顔を青くして、震える皐月。
強がりだな。
啓一はそんな皐月を見下ろして微笑んだ。
頬にやった手をそのままに顔を寄せた。
思わず目を閉じる皐月。
しかし予想していた所とは別の場所にぬくもりはあった。
啓一は自分の行動が妙に恥ずかしくなって皐月の頭をかきまぜた。
そして走って教室を出て行く。
途中で振り返った啓一は、またいたずらっ子のように笑っていた。
「次はスカートだからな!」
「うるさい!」
そして私達は笑い合った。
啓一が教室から出た後、皐月はおでこに触れる。
彼が二度触れた場所。




