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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆90 クラスマッチ (5)



「大体、あなたたちは弱いものイジメをしてみっともないとは思わないのかしら? 授業についてこれない生徒くらい、毎年何名かは出てくるに決まってるじゃない! 白波さんに限ったことじゃないでしょう!」


 一気にそう言って畳みかけると、バレー部の面々は顔を見合わせる。そのうちの1人が私に反論してきた。


「……でも、白波の家はこの学校の寄付金も払ってないんだけど? それぐらいの庶民なのに、勉強もできないんじゃ同じ空気とか吸いたくもないし、どうやって入学したのか訳分からないし……」

「寄付金ですって?」

 私は、深々と息を吐く。そして、怒りを込めた口調でこう言ってやった。


「それがどうしたっていうのよ! あなたたちがそんなこと言うんだったら、寄付金を山ほど納めている月之宮家の力を行使してでも、この学校に相応しくないイジメをやっていたあなたたちを退学させるわよ!」


 らしくない脅しを口にしてみたところ、その効果は絶大だった。スポーツ推薦や奨学生として通っているイジメっ子たちの顔色が悪くなる。さながら、彼らにとっての私は眠っていたライオンが牙を剥いたようなものなのだ。


「そ、そんな脅しなんかであたしたちは……」

「ねえ、もう止めた方がいいよ……、あの月之宮財閥が相手じゃ本当にあたしたち退学になっちゃうよ……」


 窮鼠猫を噛む。ひるみながらも反発しようとしたリーダーに、他の女子が囁いた。冷静に考えてもらえば、どんなに寄付金を納めてようと一方的に生徒を退学させられる権限なんか私に無いことがバレそうなものなのだけど、彼らはそこまで頭が回らないらしい。


実際に私ができることといったら、彼らの内申を下げることぐらいだ。

……まあ、それでも推薦狙いだった場合は致命的な傷を負うことになるんだろうけど。


「た、たたた退学!? なんであたしたちがそんな目に……」

「謝った方がいいよ……、あたし、まだこの学校を辞めたくないし……」


「あたしもやだ……高い学費を払ってくれてたお父さんに殴られちゃうよ……」

 次第に、イジメっ子グループは己の末路を悟ったらしい。口ぐちにこんなことを呟いた彼女達に、鳥羽が追い打ちをかけた。


「で?まだ続けるつもりかよ? その時は俺も白波がお前たちにイジメられてたって証人になるぜ? 学年主席の俺と次席の月之宮の証言が揃ってれば、お前たちに太刀打ちできるわけねーだろ」


 私も補足する。

「そうね。今すぐ謝ってもう二度とこんなことをしないと誓うなら、このことは私たちの胸に収めておいても構わないけれど……それでいい? 白波さん」

「は、はい……」

 ちょっと茫然としていた白波さんがこくこく頷いた。頭から水までぶっかけられたのに、人のいいことである。この子は優しさ純度98%でできてるんじゃないだろうか。


 バレー部の女子たちの顔がくしゃりと歪んだ。そして、次の瞬間、

「「「「ごめんなさい!」」」」と、吐き捨てるように謝罪を口にすると連れだってその場から駆け出して逃走していった。

見るも鮮やかな逃げっぷりに小物臭がたちこめる。深く深呼吸をした私に、鳥羽がこう尋ねてきた。


「……おい、月之宮。お前、良かったのかよ……白波と友達だなんて宣言して」

 勝利を噛みしめていた私は硬直した。その場の勢いで口にしたことだけれど、恐らく明日から学校中にこの噂は広まるだろう。


「あああ、あの。月之宮さん……」

 白波さんが俯きがちだった顔を上げる。その頬はへにゃりと緩んで、まるで至福の鰹節を与えられた猫のような表情をしていた。


「わた、私と友達って……その、友達でいいんだよね……?」

 訳が分からないことを口にした白波さんは、びしょ濡れのまま両手を胸で組んだ。乱暴を働かれた直後だというのに、思いもがけないプレゼントを貰ったと思っているらしい。


「……まあ、そうね」

 もう逃げられなくなった私は首肯した。こんな哀れな白波さんからプレゼントを奪うわけにはいかない。


「じゃじゃじゃあ、お友達ってことは、フレンドってことになるわけで、私と月之宮さんはお友達なんだよね!?」

「――そうね。こうなったら、白波さんの過去最大級のビッグな友達になってあげるわよ!」

 何を口走っているんだろう、私。


「えへへ……」

 これを聞いた白波さんは、とびっきりの笑顔になった。

 再び、鳥羽が呆れた眼差しをこっちによこした。先ほどよりもその気配が色濃く思える。そうして彼は嘆息をすると、白波さんの泥まみれな恰好を見てしかめっ面になった。


「おい、白波…………」

 そして何かをコメントしそうになったところで、


「あ~、白波ちゃん見つけた!!」とやって来るなり叫んだ希未の声にかき消された。キャロル先輩や松葉も一緒で、遠野さんはそっぽを向いている。


「うわ~、すっごいびしょびしょにされちゃって……かわいそ~っ」

 希未の裏表のない感想に、白波さんは淡く微笑んだ。キャロル先輩は白波さんの全体像を見るなり、泣きそうな顔になった。


「あたくし、仮にもこの学校の先輩だっていうのに、全然バカ波のことを助けることもできなかったなんて……」

「今、さりげなくバカっていった!?」

 涙で目を潤ませたキャロル先輩の言葉に、白波さんが突っ込んだ。


「女の嫉妬は怖いですわよね……、バカ波がバカなのはもう仕方ないことだと分かりやがらないなんて……」

「だから、バカ波は止めてください!」

 そんなやり取りをしている2人に、私は不謹慎にも噴きそうになる。希未や松葉は容赦なくゲラゲラ笑い、鳥羽は首を傾げた。どうやらこの天狗、自分がきっかけで白波さんが嫉妬されたことにまだ気づいてないらしい。


「……ねえ、希未」

「何? 八重~」


「白波さんを保健室に連れていってあげてくれないかしら? そこなら下着とか貸してくれると思うの」

「いーけど、八重は一緒に行かないの?」

 私は、曖昧に微笑んだ。ちょっと思いついたことがあったからだ。それを実行に移すことができれば、みんなが幸せになれそうな気がする。


「私には、まだやることがあるの」

「そっか。なら仕方ないね」

 希未は笑顔で、白波さんに声を掛ける。それに頷いた白波さんを誘導するように、人目から隠しながら保健室に向かって移動していった。キャロル先輩や遠野さんもそれに付きそうが、松葉は私の傍から離れない。残る鳥羽も白波さんに付いていきそうになったけれど、それは引き留めさせてもらった。


「? なんだよ」

 不思議そうな顔をしている鳥羽に、私は咳払いをする。


「ちょっと、私たちで反省会をしない?」

「反省会?」と、鳥羽。

「そうよ」と、私。

 地面に落ちていたバケツを拾い上げた私は、目の前のイケメンに単刀直入に斬り込んだ。


「今回、白波さんが呼び出された原因は、ズバリ。鳥羽、アンタのせいよ」

「は……?」

 鳥羽は口を半開きにさせる。


「アンタに人気がありすぎるから、仲のいい白波さんが呼び出されてドツかれたのよ! 女の嫉妬ってやつね」

「…………で?」


「多分、彼女たちは鳥羽の視界に入りたかったのよ。無関心なポジションでいるよりは、どんな形であれ知り合いになりたかったんでしょうね。白波さんが呼び出された時に鳥羽がすっとんでくるのは結構有名だもの。

あわよくば、恋の最大のライバルである白波さんをこの学校から排除できれば申し分なかったんじゃないかしら」

「……別に、俺は白波のことなんか好きじゃねーよ」


「嘘言うんじゃないの」

 あれだけ異能をまき散らしかけておいて、よく云うわ。仏頂面になった鳥羽は、口をとがらせている。無表情をきどるんじゃありません。バレバレだから。


「まあ、白波小春はボクにも1回襲われてるしね。アヤカシ対策を考えると今の現状でフラグメントから鳥羽が離れるのは適切じゃないんじゃない?」

 松葉が悪びれなく言った。お前は少しは反省しなさいよ。


「……まあ、それについては松葉の言う通りね」

 私が渋々肯定すると、鳥羽が眉をぴくりと動かした。そして、彼が口を開く。


「俺が傍に居ることで周りの神経を逆なでるんら、陰陽師の月之宮が白波の護衛をすればいいんじゃないのか」

「それは無理よ」

「なんでだよ!」


 即刻否定すると、鳥羽が唸った。確かに人間を守るのは陰陽師の仕事でもあるけれど、私が白波さんの専属のようになることは不可能なのだ。


 私を睨む鳥羽の様子に、松葉がやれやれと首を振った。

「カラスって、八重さまの仕事がどれぐらいの価格か知らないだろ? そんな四六時中のボディーガードなんてあの白波小春には払いきれないよ。ボクのご主人様にどれだけ身を削れっていうのさ?」

「……まあ、つまりそういうことよ。学校に居る間だけなら注意していてもいいけれど、登下校や自宅に居る間の護衛まではやりきれないわ」

 私は大げさなくらいのため息をついた。


「お前……さっきは白波の友達って言ってたくせに……」

「友達にできるサービスがここまでだって云ってるのよ。そんなこと言ったら、前回松葉と戦った時の案件だって、私はまだ誰にもお金を請求していないのよ?」


「そーかよ。お前がけっこードライなのは分かったぜ」

 白波さんの身辺にこれまで気を配ってきた鳥羽は、ケッと吐き捨てた。私は冷静に話をしているつもりだけど、少々居心地が悪くなる。


「私たち陰陽師は、あくまでもビジネスとしてやっているの。勘違いされたら困るけれど、人助けのボランティアでやっているわけじゃないのよね」

 私はくどいほど念押ししてきた奈々子の言葉を思い返しながら、バケツを指で2、3回トントンと叩いた。


「簡単なお祓いでも数万円はかかるのに、白波小春にご主人を専属にするだけの金額が払い切れるとは思わないね。アヤカシの鳥羽が立て替えるって手もあるけど、八重さまが不眠不休で白波小春の護衛をすることなんて土台無理な話なんだよ」

 松葉が清々しくこう言った。私も重々しく頷く。四六時中、365日白波さんの安全をガードすることなんて、私にはとてもできそうにない。これは、私という人間の精神的かつ肉体的な限界だ。


「……だったら、俺にはどうしろっていうんだよ」

「鳥羽の態度はこれまで通りでいいんじゃない?」


「え?」

「多分、今回私が脅した内容はすぐに一般生徒に浸透すると思うのよ。白波さんを呼びだすなんて真似をする生徒も激減するはずだわ。……ただ、私が云いたいのは、白波さんを護衛してくれるように今も近くに居るだろう『あの人』に頼んでみたらどうかと思って」

 私がにっこり笑顔を作ると、事情を知っている鳥羽は舌を鳴らした。


「まさか月之宮。八手先輩への頼み事をそれにするつもりかよ」

「ええ。別に、直接白波さんに知らせる必要はないと思うの。八手先輩なら実力も確かだし、隠形術にも優れているわ」


 思いついたのは、私へのストーカー行為をしている鬼さんを、その技術を生かして白波さんの護衛を担当してもらうことである。おっかないストーカーも排除できるし、白波さんは安全を手に入れることができる一挙両得だ。


「まあ……悪くはねーんじゃねえの?」

「賛同を得られて嬉しいわ」

 鳥羽が嫌がるかと思ったけれど、すんなり私の提案は受け入れられた。いやいや。私は白波さんを心配しているだけで、八手先輩を駆除するいい機会だと思っているわけではありませんよ、ハイ。


「ってか、月之宮。お前、その気もねえのに白波の友達宣言なんかしてバカじゃねーの。あいつ、浮かれてスキップしそうになってたぜ」

「それにつきましては釈明のしようもありません」


「その場の成り行きとはいえ、アイツを裏切ったら許さねーからな」

「……だから、こうなったら目指すわよ。目指してやるわよ。白波さんの過去最高の友達とやらになってやるわよ。決まってるじゃない」

 具体的な予定は真っ白だけどね。


「意地を張るなっつてんだろ」と、鳥羽に頭頂部をこづかれた。そう言われても、やけっぱちになっているのはしょうがない。


 そんなやり取りをしていると、突如大きな影が私たちの方に差した。巨体を持った赤髪のビジュアル系三年生の八手鋼が、どことなく嬉しそうにそこに直立していた。


「……呼んだか。月之宮」

 今呼ぼうとしていたところですけど。

 この様子じゃ、さっきまでのやり取りや騒動も全部把握しているに違いない。


「まあ……はい」

「何か俺に頼みたいことがあるだろう。そうに違いない。吐け」

 既に確定形!

ずずいとこちらに迫ってきた八手先輩を、松葉が私から引き離そうとする。その熱心な様を見た鳥羽が、何とも言えない顔をした。


「あの、あります。っていうか、できました。頼み事」

 私が手を軽く上げながらそう言うと、八手先輩がこくりと頷く。


「……白波の護衛だな」

「はい。出来る範囲でいいんですけど……人間に危害を加えない形で白波小春さんの安全を守ってくれませんか?」


「そんなことでいいのか?オレは別に構わないが、月之宮が何の得もしていないではないか」

「まあ、それが友達ってやつなんじゃないですか?」


「オレには月之宮の友人観が歪んでいるようにしか思えん」

 そう唸った八手先輩は、どことなく私を心配してくれてるようだ。断られても困るので、私はぎこちなく微笑みを浮かべる。


「……まあ、約束は約束だ。釈然としないが、お前の願い通り白波小春を身命を賭して護衛しよう」

「ありがとうございます!」

 八手先輩がよしよしと私の頭を撫でてきた。どこか哀れまれているらしい。それを見た松葉がムッとして払いのける。


「ボクの八重さまに気軽に触れないでくれる!?」

 松葉の言葉を聞いた八手先輩は無表情のまま、腕組みをして首を傾げた。そして、自信ありげに口端を上げる。


「……これで、オレと月之宮の間には貸し借りがなくなったわけだが、先輩後輩関係はそのままだ。今後とも何かとあるだろうし、よろしく頼むぞ。月之宮の姫君」

「……は、はい」


「まあ、これで縁が切れるわけじゃない。覚えておいてくれ、オレは姿が見えなくともお前の近くにずっといることを」

 そうニヒルに笑った八手先輩は、爽やかに校舎裏から立ち去った。松葉が舌を出した後にえんがちょをしている。閉口した鳥羽は両手をポケットに突っ込んでいなくなり、私と松葉もその後ろ姿を追いかけた。

 わりとどーでもいい余談だが、大縄跳びの白波さんは、練習の甲斐なくやっぱり縄につまずいていたことを補足しておこう。




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