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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆78 笹の葉さらさら (2)

「これ、あの部室を留守にした間にでっかく育ったのかよ!?」

「ほえー、なんでこんなことに……」

 希未が宙を見上げて半笑いになっている。

 白波さんはというと、ぽかんと口を開けて凍り付いたように固まっていた。


「おい、これ絶対に白波のせいだろ」

「……え!?わ、わたし!?」

「白波ちゃんが、ちょっと小さいですね~とか言うから、笹が悲しんで巨大化しちゃったんだよ」

 この科学ではあり得ない現象を説明するには、それしかないらしい。

タケノコも真っ青の成長を遂げた笹に、私は焦って鳥羽に伝えた。


「ねえ、そろそろ夕霧君が来ちゃうんじゃないの。これを見たら、なんて思うかしら」

「……げ、やべえ」

 流石の鳥羽も焦り顔になり、この巨大な笹を前に唸った後、


「……よし、これはもう2つに切断しちまうか」

と腕まくりをした。

 のこぎりもない室内でどうするのかと一瞬考えてしまった私だったけれど、人差し指をおもむろに出して振った鳥羽に、ああ、彼はそう云えば天狗だったのだと思い出して安堵した。

――すぱあん!

と居合い切りさながらの音がすると、ゆっくりと笹の上部が傾いてこちらへと落ちてくる。

 軽トラックに入るぐらいのサイズになった笹が2本になったところで、白波さんが涙目でこちらに話しかけてきた。


「ささ、笹さんに謝った方がいいですか?」

「そうね。そうしたらいいんじゃない?」

「笹さん、ごめんなさい!」

 頭を下げた白波さんに、笹の葉がさわさわと揺れる。

別に構わないよ。と、心なしかそう言っているように見えて、私は目を細めた。

 それにしても、心臓に悪い出来事だった。

冷や汗を拭いたいくらいの心境にかられていると、誰かが階段を上ってくる音がして、慌てて振り返るとドアを開けた東雲先輩とばったり視線がかちあった。


「おや……」

 部屋の中を見渡した東雲先輩は、優美に首を傾げると。


「これは、八重が持ってきた笹ですか?」

 二本に増えた笹を指差して、私に訊ねてきた。


「月之宮さんじゃありませんよ!これは、辻本君がわざわざ持って来てくれたんです」

白波さんがおっとりとそう言って笑った。

「こんなに大きな笹を?」

「……これには色々と事情がありまして」

 怪訝な面持ちとなった東雲先輩に、先ほどのことを説明するべきか迷う。

と、こちらの心を見透かしたように、希未が身を乗り出してきた。


「にっしし。白波ちゃんが笹が小さいって文句を言ったら、見ていない隙に巨大化したんですよ!も~、みんなでびっくりしているとこなんですったら」

「私はそんなつもりで言ったんじゃないもん!」

 希未のニヤニヤした説明に、白波さんが頬を膨らませた。

可愛らしく拗ねたその素振りに、東雲先輩が「へえ……」と何とも複雑そうなリアクションを返してくる。


「どうしたんですか?東雲先輩」

「いや……、男子生徒から八重への可愛いアプローチだと油断していられない身の上なものですから」

 ぼそぼそと歯切れの悪い返事が返ってきた。

私が首を傾げると、「八重はもうそのまま気付かないで下さい」と、頭をぽんぽんとはたかれる。

子供扱いをされているようで、少々不服な心境となった。


「……じゃあ、大人しくおこぼれに頂戴しますか」

 そう言って、妖狐である東雲先輩が苦笑する。


「そうした方がいいですよ。センパイ」

 鳥羽が微妙な顔をして口を出した。

そうこうしているうちに、今度は松葉がドアを開けて、部屋に入ってきた。


開口一番に、

「わあ、でっかい笹がある!」

とやはり笹に対して言及する。


「これ、どうしたんですか?」

 みんな、揃いも揃って聞くことは同じことだ。


「辻本君から、オカルト研究会の皆さんにって。この間助けたお礼に持って来てくれたのよ」

「こんなどでかいサイズの笹を?」

「これは、白波さんが小さいって言ったら、何故か巨大化しちゃったのよ」

「ふーん。あっそうなの」

 目を細めた松葉が、じろじろと笹を眺めまわす。


「流石フラグメントだね。まさか、植物に関連した神様だとは思わなかったよ」

そう呟いたのを、部屋中の誰もが聞き漏らさなかった。


「植物に関連した神様ですって?」

 それは、見逃すわけにはいかない新情報である。

フラグメントの白波さんがどんな力を持って、どんな神様と関わってきたのかについては、本人が何も覚えていないと発言しているのだ。

有力な新しい情報に、みんなが白波さんの方を見た。


「……そういえば」

 今年の桜の木は、例年よりも長く咲いていたことを思いだす。


「植物に関連した神様ねえ……」

希未が唸ると、

「じゃあ、野菜か何かに豊作になってください♥とか頼めば、その通りになるかもしれないってこと?」

「そうなんじゃないの」

「何それ、ガーデニングチートじゃん!」


 松葉が呆れた声で返事をすると、希未が一気に羨ましそうな顔になった。

ふと横を見ると、東雲先輩が意外でも何でもなさそうな表情をしてそこに立っていた。

もしかして、あらかじめ気づいてた?


「東雲先輩」

「何ですか?八重」

「お稲荷様って、農作物の神様ですよね?」

 かまかけをしてみると、東雲先輩が目をパチパチさせた。


「……あの、八重。なんで僕が疑われているんでしょうか?」

「いえ、白波さんって東雲先輩のフラグメントなんじゃないかな~って、今、思っちゃったものですから」

「……残念ながら、僕ではありませんよ」

 それより先の昔に、神籍ははく奪されましたから。と、東雲先輩はなんだか懐かしそうな顔つきになった。


「そうですか」

 残念。犯人はこのアヤカシではなかったみたい。

そうなると、今の現段階の情報では丸っきりお手上げである。


「でも、なかなかに面白い推理でしたよ。八重」

「褒められても困ります」

 眦をゆるりと下げた東雲先輩に、そう褒められて、私は仏頂面に返事を返す。

この余裕綽々な態度。絶対に何かを知っていて隠しているとしか思えない。

いつか突き止めてやるんだから。と、私は意気込みも新たにした。




 みんなから遅れてやって来た夕霧君は、笹を見るなりとても機嫌が良くなった。

彼にとっては、謎の巨大な笹の出自はわりとどーでもよろしく、それよりもこれで本格的な七夕ができるようになったことの方が重要だったらしい。

魔王陛下が戸棚から出してきた埃を被った段ボールからは、習字道具が二個ほど収められていて、そこには墨汁と一緒に硯も入っていた。


「今回の七夕では、朝露を集めるところは思い切って省略しようと思うんだ」

どうせ、排ガスまみれの露が手に入るだけだからな。と、夕霧君は私たちに熱く語りかけた。

「質問なんだけど、七夕って呪術の中に入るわけ?」

「入るに決まってるだろう。悪魔に魂を捧げなくてはならないところを、願い事を笹に吊るすだけでいいんだぞ?こんなお手軽でありがたい行事が他にあると思うか?」

「……まあ、そう言われればそうかもしれないけどさ」

 夕霧君の熱弁に、希未がたじたじになった。

彼が今何をしているかといえば、硯を水で摺ろうと腕まくりをしている。


「一杯吊るすぞ!」

「そんなに今から気張ってどうするんだよ。あと数日は間があるぜ?」

 煩悩まみれの魔王陛下が、ハッと顔を上げてこちらを見た。


「しまった!硯を摺っても、折り紙がないじゃないか!」

「そこかよ!」

 魔王陛下のテンションの高さに、「明日買ってきてやるよ」と、鳥羽が失笑するしかない。


「ねえねえ、こんなにスペースがあるんだからさ」

 松葉がニヤリと笑った。

「オカルト研究会以外の人の短冊も飾ったらどうかな?」

「へーえ、瀬川君にしてはいいこと言うじゃん?」

 希未がちょっと冷たい物言いをする。


「それはいいな!」

 案の定、その提案は夕霧君の琴線に触れたらしい。


「全校から短冊を集めるつもりですか?」

 少々うんざりした表情の東雲先輩に、私が頷く。

「そんなに集めて、飾りきれなくなったらどうするつもりよ」


「そうなったら、なったで断ればいーんですよ。八重さま」

「なんか怪しいわね。魂胆を白状なさい!」

「そんな!ボクはこのオカルト研究会存続と繁栄の為に提案しているだけなのに!」

「そこが怪しいって言ってるのよ」

 芝居がかった身ぶり手ぶりをしてくる松葉に、私がため息をつくと。

 それを側で聞いていた夕霧君が感動したような表情になった。


「お前は偉い!」

「自分のことばかりでなくて、ちゃんと部活の今後のことを考えてくれたなんて!」

 東雲先輩が半目になった。


「僕の記憶違いでなければ、明日潰れても構わないと言っていたのは部長じゃありませんでしたっけ?」

「だからこそ、瀬川君が偉いんだ!」

「ああそうですか……まったく」

 お前は何を考えているんだか。と、東雲先輩がボソッと呟いた。





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