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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
パラレルIF・杉桜――小さなアヤカシと小さな神様の恋の話
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☆9 家族ごっこと野の花




 行灯さんはこうも云っていた。


「杉也はね、他人との接し方が分からないんです。私たちは、余りにも長い時間をこの閉鎖的な社で生活してきてしまった」


 それは至極単純な話だ。


「あなたのことだって、本当は憎からず思っている。けれど私のことがあるから、それを素直に表に出すことができない」


 (そうだとしたなら、あたしは何てことを言ってしまったんだろう。

彼は誰かからの温もりを欲している。行灯さんと二人きりでずっと生きてきたから、やがて訪れる喪失の瞬間に怯えて何もできないんだ)


「あたしは、酷いことを言ったのだわ」

「……だとしたら、どうすればいいのだと思いますか?」


 行灯の穏やかな言葉に、八重は真っすぐな心で応えた。

……いつの間にか、己を埋め尽くすほどになっていた君だから。


「杉也に、謝りたいです。仲直りがしたい、です……」

 そうだ。

八重には、血のつながっていない家族がいる。

跡継ぎにする為に父母が引き取った、血縁のない義兄がいるのだ。兄さんとも家族になれたのだから、きっと今は他人でも家族になることはできるはず。


 (今までよりも君を大事にしたい)

裸の素足のまま。少年を探して、八重は動いた。

いない。いない、どこにも見当たらない。

どこだ。あなたの肖像。ちっぽけで痩せた背中を求めて、八重は息を切らす。澄んだ森の空気が肺に入る。木立がざわめいて彼のいる場所を教えてくれる。

やがて、追いかけていた少年の姿を川辺に見つけた。


「杉也……」

「な……っ」

 こちらに気が付き、あちらは呆気にとられている。やがて八重の足元を見て天狗は顔をしかめて言った。


「お前、どうしてこんなところまで裸足で来たんだよ。落ちたガラスで肌を切るっての、ったく……」

「急いでいたから」

 (すぐにでも、杉也に会いたくて)

靴を忘れてきた八重に杉也は溜息を吐き出すと、その足を観察する。


「お前、砂利を踏んで血が滲んでいるじゃんか。仕方ねえ奴だな……ほら、乗れ」

 手を引いて促され、八重は戸惑いながらも少年の背中におんぶされた。

子どもらしくあんなに小さく思えていた後ろ姿が、いつの間にかこんなにも力強かったことに気が付く。一歩ずつ少女を背負って歩き出したアヤカシの少年に、緊張しながら八重は口を開く。


「杉也、聞いて」

「ん」


「あたしね、あなたに謝ろうと思うの。どんなに怖くてむしゃくしゃしていたとしても、あなたにあんなことを言うべきではなかったわ」

「あんなことって、何だよ」


「その……、アンタのことを嫌い、とか」

 実際はもっと酷いセリフをぶつけてしまったと思うけれど。


 その謝罪を聞いて、杉也は深々と嘆息をした。

木漏れ日からまばゆい光が差し込む中。素っ気ない言葉が返ってくる。


「謝るなよ」

 不思議と、八重にとって嫌な感じのイントネーションではなかった。


「頼むから。世界でお前だけは、俺に謝ってくれるな」

「それって許してくれるってことでいいの?」

「…………」

 八重の問いかけに舌打ちの音がした。

それでも、彼は少女のことを地面に下ろそうとはしない。ゆらゆらと揺られる背中の上で、八重はくすくすと笑いだした。


「ねえ、杉也。あたしね、実は血のつながらないお兄ちゃんがいるの」

「そーか」


「お父様やお母様をとられたみたいでヤキモチを焼いたりもしたけど、大事に感じてて……それでね、あたし考えたのだけど杉也ともそんな風になれないかと思って」

「……は?」


「あたし、あなたと仲良くなってみたい。できたら家族になってみたい」


 一瞬だけ、杉也が硬直したように動きを止めた。

時が止まったよう。けれど悪態も否定も返ってこない。まるで予想もしていなかった言葉をかけられたみたいに、少年は何も言わずに道を歩く。


「お前は馬鹿だよ」

 やがて、掠れたそんな声がした。

色々な感情がかき混ぜられた複雑そうなセリフだった。


 八重は黙って後ろから、この寂しいアヤカシを抱きしめた。麓に残してきた自分の本当の家族のことは考えないようにして……無邪気に微笑みながらこの少年の孤独感が少しでも薄れるよう祈りを込めた。

太陽が眩しかった。もうじき、季節は秋になろうとしていた。入道雲が、伸びやかに大きくなって夏の終わりを感じさせる。

少女は背伸びして唄うことを覚え、少年は今更ながらに罪悪感を抱いていた。

やがて、社の中を走っていく八重を見守りながら、杉也は視線を下に向ける。誰にも聞こえないように小さく呟いた。


「バーカ、……家族になんて誰がなるかよ」

 そんな己の独り言に、割り切っていたはずの少年の心は微かに痛む。

まるで、あんなに嫌っていた人間になったみたいな良心の呵責だ。残虐を行うアヤカシらしからぬ自分の感情に杉也がフッと笑う。


「そうだよな」

 社の玄関に飾ってあったガラス瓶の中の野の花に語り掛ける。


「……そりゃアイツにだって、家族はいたよな」


 杉也は思った。


(分かっていたはずなのに、どうしてこんなに辛いんだ。

きっと温かな家庭だったろう。お前は、家族との幸せを奪った俺に対して――何故そんな笑顔を向けられるんだ。

 憎い。

どうにも、この夏は何もかもが憎らしくて仕方がない。

今更他人を寄せ集めたドラマのような家族ごっこだって?

あの優しさをわざと粉々に砕いてしまえば幾分スッキリした心境に戻るだろうか。


――俺は、良心なんかを知ってしまった俺のことが一番嫌いだ)







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