☆8 永遠の少年
お久しぶりです! お待たせしました!
その言葉に、自分でも驚くほどに傷ついた。
結局、人間とアヤカシなんてどこまでいっても分かり合えないのかもしれない。本質からして異なる両者は、決して交わることなどないのかもしれない。
なのに、何故か八重は天狗少年のことをどこかで理解したような気持ちでいた。正しい年齢など知らないながらに、少年のことをただの同年代の子供として触れ合っていた。
もしかするならば、その感情は恋に酷似した何かだ。八重は、杉也のことを……大切な存在として好きだった。
ぼんやりとした感覚のままに、八重は行灯の側で習字を行う。半紙の上にぽたり、と垂れた墨の滴に、ようやく少女はハッとした。
「……どうしましたか? ヤエさん」
「あ、その……」
筆をおいた八重は、ためらいながらも口を開く。
少しずつ、冷え切った雪を吐き出すように心に固まっていたものを話し出した。
「こないだ、杉也に、嫌いだって云われたんです」
潤んだ瞳を隠す為に、八重は目を閉じた。
淡い悲しみに胸を締め付けられながら、少女は儚く笑った。
そうだ、そもそもの原因は……。
「あたしが、悪かったんだと思います。先に拒絶したのは、あたしの方だったから……」
「それでも、杉也の言葉が悲しかったのですね?」
少女は無言で頷く。
杉也の父親の立場である行灯は、しばらく沈黙した後。穏やかで優しい眼差しになって微笑んだ。
「どうやら、君は、少なからず杉也のことを好いてくれているようだね?」
ぼふっと音がして、少女は気付けば頬を赤くしていた。
自分でも自覚しないままの淡い気持ちを言い当てられ、どうして自分が照れてしまったのかよく分からないままに、八重は恥ずかしくなって縮こまってしまった。
「そ……そっ」
違う、とも言い切れない。
ポカポカと行灯の腕を叩きながら、いっぱいになった感情に混乱していると。彼に嬉しそうに大笑いをされた。
「はっは、野暮なことを聞いてしまいましたね」
「…………うう、」
小さな虫の鳴き声までもがあたしを笑っているよう。
しばらく間があいて。行灯は、微笑ましいものを見るような表情でこう続けた。
「けれど、こんなことを話してもいいのか分かりませんが……ありがとう。君のおかげで、杉也はようやく救われるのかもしれない」
「………?」
行灯さんの口ぶりは、まるで今の杉也が不幸だとでもいうような一言だった。長い白髪の年齢不詳の男神は、冗談を言っている気配ではない。社の板の間の澄み切った冷たさを肌に感じながら、そのことに疑問を覚えつつも、八重はおずおずとその唇を動かす。
「杉也には、行灯さんがいます。あたしだって、行灯さんみたいなお父さんなら良かったって思うくらい……」
「ありがとうございます」
けれどね、
それだけじゃあ多分駄目だったんですよ。
行灯さんは少し寂しそうにそう呟いた。
「アヤカシというのは、死んだ思念の魂が形を成したもの。あの子は、元々巣から落ちて、親から拾ってもらえずに死んだ……カラスの雛鳥の怨念なのです」
「怨念?」
「そう。あの子は、いくら私が父として愛を注ごうとしても、底の抜けた器のようだった。ある一定以上の年齢から成長することはありませんでした。恐らくは、魂に染み付くほどに見捨てられることを恐れ、愛情に飢えているのです」
「でも、行灯さんはちゃんと愛してるのに!」
「私と杉也は、長い長い時を二人で共に過ごしました。その結果分かったことは、彼はどうしても親という存在に対して恐怖と不信感を持っているということです。あの子が成長するには、私が側にいるままではきっと満たされない。もしかすれば、ヤエさんのくれる好意がいい刺激になるのかもしれません」
(――その時、ようやくあたしは知った。杉也は永遠の少年なのだ。
記憶に残っていたのはいつかの夢現。月夜に、漆黒の翼を広げた天狗の子が空から降りて来た。あたしはそれを見上げて、ゆっくり窓から外を見る。
囁くような歌。声変わりの前の高い声。
折れそうなくらいに細くて、でも彼はやっぱり異性の身体をしていた。振り返った男の子は、こちらに気がついて壮絶に笑う。
不思議なことだけどその瞬間、あたしは杉也の方から救いを求めた手を伸ばされているように感じていた。
もしかしたら、冷静を装ってとうに壊れているのかもしれなかった。子どものまま、ずっと同じ姿で永遠を生きていかざるをえなかっただなんて、普通に考えたらなんて辛いことなんだろう)
(あなたのことを知りたい。
どうしてあたし達はこんなにも違って生まれてきてしまったんだろう。心の底ですごく切なくなりながらも、あたしはやっぱり彼に惹きつけられてやまない。
酷いことを言って、言われて。それでもあたしの心は杉也という少年に惹かれている。
あなたとこの気持ち全てが溶け合えるように、双子みたいに同じ形でこの世に産まれてこれたなら、彼が今、あの鋭い瞳の奥で何を考えて生きているか分かり合えただろうか。
杉也。
あたしが君を求めるように、あなたがあたしを必要としてくれるまで。
それまでを隣にいることができたなら、彼にとっての世界はどう変わっていくんだろう)




