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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
345/361

☆最終話 そして、花は咲く

最終話です。





 走ってきた私の気配に気が付いて、白金髪の髪をした青年がゆっくりと振り返る。どうやら文庫本を読んでいたようだ。

 懐かしいカバーの本。タイトルは、不思議の国のアリス。

私は恋人である彼の姿を見ただけで、胸がとても暖かくなる。


「……待たせた?」

「いえ、大丈夫ですよ」

 こういう時、彼はいつも分かりやすい嘘をつく。本当ならもっと早く着くつもりだったのに、私は思ったよりも遅くなってしまった。


「もう、気を遣うのはなしにして。自分でも遅刻したって分かってるんだから」

「……そうだな、少しだけ遅かったかな。会えて良かったよ、八重」


「……ありがと」

 そう言って。

二人で河川敷を歩いた。


 東雲先輩――ツバキは、どうやら車ではなく電車でここまで来てくれたらしい。私も今はゆっくり二人で過ごしたかったから、急ぐことは考えなかった。

桜の蕾が徐々に色づいて。枝の先で膨らんでいる。地面には緑が芽生え、次の新しい季節を待っている。


「八重の引っ越しはいつになるんだ?」

「そんなに遅くないわ。卒業したら一週間ぐらいでツバキのいる街に移る予定」


 ふふん、ちょっと私を褒めて欲しい。

優秀な人を追いかけるのは楽じゃない。

だけどそこに彼がいると思えたから、しんどい気持ちがあったとしても私は努力することができたのだ。


「……そうか」

 ツバキは、愛しそうに私を見る。

その眼差しには、もう過去の冷たい色はない。穏やかに寄せて引く波の、きらめく海の浅瀬のようだ。そんな彼の優しい変化が嬉しくて、私は頭の奥が痺れそうになる。


「八重、君はみんなと離れて平気?」

 彼の気遣う質問に、私は爽やかに笑った。


「……うん、少しは寂しいかも」


 でも、これで本当のさよならになるわけじゃない。

私たちは少しだけ距離が遠くなるだけで、心と魂は培った絆で結ばれている。そのことが分かっているから、悲しいなんて思わなくていい。

振り返れば、いつだって思い出の中の彼らがいて。ページを捲れば数々の出会いは鮮明に蘇る。

 生きている限り、必ず会える。

 そう信じている。


「私たちは、全然終わっていないんだもの。だから、無理に寂しく思う必要なんてどこにもないのよ」

「……そうだね」

 ツバキが私の答えに微笑む。

彼が差し出してきた手に私の手を重ねて。上を見ると空が青とオレンジの綺麗なグラデーションになって広がっていた。


 その壮麗な美しさに圧倒された。

水のせせらぎと、澄んだ風。果てしないほどの高い空の向こう。

この流れる川は、どこまでゆくのだろう。これから先、どんな未来が待っているんだろう。

 考えただけで、胸が一杯になる。


「……八重、言いたいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」

「なあに?」




「――僕と、結婚しないか?」


 それは、いつかに交わしていた口約束。

その記憶を思い出し、予想もしていなかったプロポーズに私は少し戸惑う。

妖狐に握られている掌が、指先まで熱くなる。

涙が出るほどに。私の心が喜びに燃える。

 もう止まらない。止まる必要なんかないって、私自身が分かってる。


「こんな場所でごめん。瀬川とか、他のアヤカシに邪魔をされない所でどうしても言いたかった」

 ツバキは申し訳なさそうに言う。

だけど、その熱い眼差しに射抜かれそう。


「ううん、そんなこと気にしない……」

 不思議だけど、あなたへの答えはとっくに知っていた。

悪役令嬢アリスはもう夢から覚めた。不安な未来なんか分からなくても、現実いまを生きる覚悟なんてとっくにできてる!

 私は勢いよく答えた。



「ツバキ、一緒に生きよう!」


 うんざりするくらいの時をかけて、あなたに云おう。

この感情も、決意も、私の人生を全て遣って教えていくんだ。


 いつしか、幸福の華は咲く。

窮地でも、絶望の中でも小さな花は咲いている。

それを見つけるのはすごく大変かもしれないけれど、探すことは諦めたくない。

この先どんなに辛いことがあっても、それさえ分かっていれば大丈夫。

……あなたとそっと喜びを数えて生きていきたい。


 私と妖狐は誓いの口づけを交わす。

あなたに触れて。繋ぐ想いが届いたことを知って嬉しくなる。

そこに、足音がした。

振り返ると、まだ幼い女の子のアヤカシが――ピンク色の髪を風に任せて道路の向こうに立っていた。

初夏に着るような白いワンピース。裸足でどうやってここまで歩いてきたんだろう。こんなに遠くまで……。


「八重……、」

 ツバキが息を呑む。

その幼子の淡い笑顔に、枯れかけていた桜の木と思念で話した時のことが思い出されて。

最後にその正体を悟り、私は言葉が出なくなる。


「あの桜なの……?」としばらくしてようやく訊ねることができた。


 穏やかな時間だった。

 かつて廃神社にいた大樹の桜のアヤカシはふんわりと笑う。両手をのばして、愛らしく抱っこをねだる。

まだ喋ることもできない……この世に産まれたばかりの彼女を見て、思いが込み上げてしまう。私たちは急いで駆け寄って。ツバキが二人とも抱きしめる。

 ずっと桜のことを見守ってきた妖狐もまさかといった表情で。私たちは感無量で泣きそうだった。


 明けの明星が空で輝く。


 さあ、笑え。

……不格好でも笑っていよう。

喜びも、悲しみも全部集めて。

そうやって、みんなでこの世界を今日も生きていくんだ。




END





今までありがとうございました!

これで完結です!

今後は、別時空のパラレルストーリーを掲載していく予定です。

少し長いおまけ話です。

もしも幼少期に鳥羽杉也と出会っていたら……のIFストーリーになりますので、よろしくお願い致します。


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