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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆307 名もなき通行人



 霊力を封じる効果のある手錠をかけられ押し込められた車内。知人が誰もいない状況で、私は手の中にある割れた結晶核を握りしめた。


「希未を人質にとって、私をどうしようっていうの……」

 私は叫ぶ。


「早く希未を返しなさい!」


 車を運転していた黒づくめにサングラスの男は恐らく義兄の腹心の部下だろう。彼は悠然とこちらに向かって話した。

「お嬢様は、これから日之宮の傘下であるゲーム会社、ドロップ社の関わる研究所にご案内致します」

「ドロップ社……?」


 その名前は聞き覚えがある。

DDWなど有名ゲーム機の生産販売を手掛けている会社だ。鳥羽が昔暇つぶしに遊んでいたのをよく覚えている。

確か、この会社が公に今研究しているのは――。


「ヴァーチャルリアリティ技術……」

「流石勘が鋭くあられる」

 ……まさか。

私は、これまで自分に起きていたことの一端に気が付き寒気がする。脳と電子の情報を仮接続させることが可能なVR技術を勝手に利用したとすれば、義兄の云っていた『私にゲーム知識を疑似体験させる』ことぐらい簡単にできてしまうことが分かった。


「あなた達……。過去の私や小春を、法整備されていない試作品のVR機器に繋いだのね……」

「ご明察でございます」

 なんて危険なことをするのか。

まだ安全性も確認されていないような機械と人間の脳神経を繋げるだなんて、狂気の沙汰でしかない。

恐らく、この連中は奈々子の書いたシナリオを元に仮初のゲームデータを作り、眠っている私を疑似体験させたのだ。


「人間の睡眠はレム睡眠とノンレム睡眠があったはず。恐らく記憶に残りにくい脳の周期に合わせて映像を見せることで、前世の記憶のように頭の奥底にゲームのシナリオを焼き付けたんだわ」

「それはさておき。せっかくですから、私めでよろしければ幾らでもお嬢様のご質問にお答え致しましょう」


「……どういうこと」

「お嬢様は、明日後の準備が整い次第二度目の記憶操作を受けていただきます。前回は部分的な改変に留めておかれましたが、今度は徹底的に記憶を消し……月之宮の繁栄の為に生きていただくことになるでしょう。

冥土の土産にお聞きしたいことがあれば何なりとどうぞ」


「…………」

 ぎゅっと手のひらを握り、奥歯を噛みしめる。

もがいて逃げようとしたところで、隣の席にいたサングラスの男に強く抑え込まれた。


「もしも貴女様に抵抗の意志があるようでありましたら、捕まえたご学友の無事は保証できませんよ」

「……これ以上、希未に何かしたら許さない」


「おやおや、あの娘の正体を知っても尚、貴女様はあのアヤカシを友として扱うと。これではお嬢様を想う幽司様も浮かばれませんな」

 主犯格である兄の名を出され、私はびくりと動いた。

カチカチと歯と歯が当たる音がする。しばらくたってから、それが自分の出している音だと気付いた。


 私は共に育った義兄に怯えたことなんて殆どなかった。

はしゃぎながら一緒に見た夏の花火を思い出す。それと共に記憶にある彼の面差しは、どこまでも優しかったはずなのに。


「……兄さんは私のことを思ってなんかいない」

 そうだとしたら、こんなに酷いことなんてできない。

私の大切な人たちを傷つけることなんてするはずがない。奈々子にあんなことをさせるはずない。


「違いますよ」

 月之宮幽司の部下は、薄っすらと笑う。


「教えてあげましょう。実のところ、占術で気付いたあの方が止めようとしなければ――貴女はとっくに小さな頃、天狗のアヤカシにさらわれてしまうはずだった」

「え……?」


「貴女の運命の相手は、本来五人いた。皮肉なことにその誰もが人外で、その中でも最も結ばれる可能性が高かったのは、鳥羽杉也というアヤカシだった。

考えてもごらんなさい。お嬢様の身代わりの形代にされた白波という少女が、恋仲になった人物がだれだったのか。

彼女が浚われて土地神の贄とされるはずだった貴女の運命を引き受けた……」

 ぞくりと皮膚が粟立つ。

ざわざわと心がかき乱されて、私は茫然とした。


「……そんなことない。だって、私は東雲先輩のことが好きで……」

「でも、白波小春がいなければ、貴女はきっと違う相手を選んだでしょう。何度阻んでも先送りにしかできない。出会ってしまえば、貴女は変わってしまう。月之宮の八重様ではなくなってしまう。

お嬢様のことが好きだった幽司様は、それがどうしても許せなかったんですよ」


 聞き間違えかと思った。

もしくは、言葉の解釈を誤ったのかと。


「勘違いかしら。それってまるで兄さんが私のことを意識しているみたいに聞こえるわ」

 皮肉っぽく呟くと、運転手は声を立てて笑う。


「貴女様は幽司様の苦しみを何も分かってらっしゃらない!

あの方は、幼少の頃から八重様のことをずっと異性として好いていたのですよ」

「そんなのあり得ない! 私は兄さんの妹よ! 奈々子だっているのに……」


「たかが妹御の為にあの方がここまでするとお思いで? 

ちゃんとした本来のフラグメントとして変異するには、筆舌に尽くしがたい苦しみを味わうのですよ? 好きな相手の為でなければ耐えられるはずがないんです。

これは愛です、八重様。この物語は愛に始まり愛に終わるのです。

ご安心ください。記憶の抹消が済んでしまえば、全ての苦しみを忘れて楽になります。きっと幽司様とのご結婚も心から喜ばしいものに変わるでしょう」


 まるで目障りな反乱者を戦車で蹂躙されたような気持ちになった。

 途方もない放心と、微かな希望が潰れる音。

誰かに助けて欲しいと願うことすらできない。

もうこれ以上、私の大切な人やアヤカシが傷つくところを見たくない。


それは絶対にダメだ。

兄さんの犠牲者が増えるようなそれだけは……。


「……あなた、名前は何」

「さて。名もなき通行人のことなど覚える必要もありますまい」


「もしも私の友達に何かしたら、絶対に許さないわ。地獄の底から這い出てでも、お前のことを……」

 殺してやる、と言おうとしたところで少々の躊躇いを覚えた。脅すことも満足にできない、そんな中途半端な私に運転手は振り返りもしなかった。





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