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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆296 スキー場にて (4)




 時間がきて、私たちがロッジに一旦戻ると。にわかにカレーの匂いがした。

学年関係なく、好きな人間と一緒にとる昼食。みんなに話が聞こえないようになるべく離れた席に腰掛けようとすると、デジカメを持った柳原先生がにこやかに話しかけてきた。


「おう。いい席を選んだじゃん?」

「先生、そのカメラは?」

 指摘すると、彼は気まずそうに頭をかく。


「いやあ、一応こういうのもあったなーと途中で思いだしまして。ほら、笑った笑った!」


 白波さんと希未が、ぎゅっとこちらに距離を詰める。後ろでは鳥羽がぎこちなく笑った。そのまま白い光と共にシャッターが切られる。私は、なんだか幸福な思いになった。

この合宿に来てよかった。そう思いながら、手渡されたデジカメに残る画像を見つめる。そこには紛れもなく幸せそうな笑顔の自分がいて、友達とのかけがえのない記憶が映っていた。


 希未が言った。

「他のも見せてよ!」


 そう口にして、彼女はクラスメイトの写真を何枚もスライドさせる。私の目の前で幾つかの肖像が瞬きの間に通り過ぎ、やがて一枚の写真が現れた。

そこには、照れくさそうな仏頂面の奈々子がいた。隣には、同じ班になった女子もいて、一瞬のこの写真を見た私が息を呑む。

あと少しで笑顔になりそうな、花咲く手前の蕾の表情。

それを何とも言えない心境になりながら見つめていると、柳原先生がパッとカメラを取り返す。


「はいはい、機械で遊ぶのはこの辺にして昼食にしなさい。皆さん」

「えー、ケチぃ」

 口を尖らせた希未は、文句を言いたそうにしながらも大人しくカレーを取りに行く。それを追いかけた私たちが列に並んでいると、鳥羽に向かって隣のクラスの夕霧君が話しかけてくる。


「……日之宮はみんなと一緒じゃないのか」

「俺たちがいつでもアイツと行動しているわけじゃねーから」

 冷めた笑いを返した鳥羽に、陛下はポリポリと頬をかく。

私は人の群れに視線を走らせると離れた席に座っている奈々子を見つけ、手でそちらを示した。


「そんなに奈々子が気になるなら、あっちにいるから話しかけてきたらどう?」

「それが容易くできれば苦労しない」


 夕霧君はため息を吐く。そして、

「どうにも日之宮には避けられている気がするんだ」と情けない声を出した。

いつも飄々としているはずの彼による弱り切った顔に、一同が顔を見合わせる。


「……誰が?」

「オレが、日之宮に避けられてるんだ」

 初耳の情報に、私はとても驚いた。

けれど、よくよく考えてみれば、それはあり得そうな話であるような気もした。婚約者のいる身で他の男子から告白をされれば、そうした控えめなお断りの対応をする理由にもなるだろう。

問題点があるとすれば、奈々子の本心では夕霧君のことを好いているという事実だ。


 この幼なじみの複雑な心理状態をどう説明したらいいのか分からずに私が困っていると、夕霧君が暗い表情で口を開く。

「オレは何か彼女に悪いことでもしただろうか」


 奈々子の寝室に突入していったあの行動を知っている私としては、彼にも反省という思考回路が存在していたことにとても驚いた。

どちらかというとライオンの尾を踏んでも気付かずに平然としているタイプだと思っていたものですから。はい。


 空気の読めない鳥羽がポツリと呟いた。

「暗に距離をとりたいだけなんじゃねーの?」


「距離をとるとは」

「そもそも、あの気位の高い日之宮がお前みたいな庶民を相手にするわけねえだろ。財産目当ての好きでもない男を拒絶してるってことだよ」

 違う違う! 2人ともそんなこと考えてないわよ!

したり顔で話した鳥羽の的外れな解説に、夕霧君が真顔になった。


「……オレは日之宮のことをそんな目で見たことはないぞ」

「じゃあ、他にアイツになんの魅力があるっていうんだよ。あの転校してきた時の挨拶といい、性格の悪さじゃ天下一品だろ?」


「……そうか?」

 鳥羽が奈々子をけなすのを聞き、少しだけ夕霧君は憮然とした面持ちになる。その表情に気付き、慌てて白波さんがとりなしに入った。


「鳥羽君! 失礼ですよ!」

「俺は事実を云ってるだけだね」

 いけしゃあしゃあとそう言ってのけた鳥羽に、夕霧君は閉口してしまう。流石にこの険悪な空気はたまらず、私は彼に謝った。


「ごめんなさい、鳥羽も口が悪くて……」

「そうやって決めつけた物言いは、オレはしたくない」

 夕霧君は、不愉快そうに呟いた。


「オレは日之宮に好意的ではない人間がいることも重々承知の上で、あの子と付き合いたいんだ」

「そりゃあ難儀なことだ」

 陛下の言葉に、鳥羽は肩を竦める。

そのまま、順番がきてカレーを受け取った夕霧君がいなくなるのを見て、それまで黙っていた希未がため息をついた。


「前途多難だね、夕霧もさ」

「今のは鳥羽君が酷いです」

 白波さんが怒った声を出すと、隣にいた天狗がぎょっとした。


「何か悪いこと言ったか? 俺!」

「あんなに人を悪く言って……何がいけないのか分からないのなら、しばらく悩んで反省してください」

 白波さんはツンと斜めを向く。

珍しい彼女の怒りの姿勢に、鳥羽は目に見えて動揺した。猫なで声のようなものを出そうと試みるも、無視されている。

そんな気まずい雰囲気のまま、カレーのお盆を持って確保していた席に戻ると、そこには柳原先生が座っていた。


「お帰り」

「先生はカレーじゃないんですね」

 雪男の目の前にあるのは、ブロックタイプの携帯食だ。


「………………金欠でね」

 消え入りそうに悲しいことを言われた。

みんながカレーを食べている中、一人だけカロ〇ーメイトをもそもそ食べている雪男の眼差しが、どこか沈んでいるように感じられる。


「何か落ち込むことでもあったんですか?」

「……いや、少し昔を思い出してな」

 私が首を傾げると、柳原先生は力なく笑う。


「オレってさ、前世は冬の山で死んだのよ」

「…………え?」


「あの当時は確か飛脚をやっててな。江戸から手紙を運ぶ途中で、冬の雪山を越えようとした。だけど、その道中で道に迷ってなぁ……。最後の記憶は、人間に会いたいという思いだけでこの世に残ったんさ」

 さりげなく語られた重い過去に、私は言葉を失って絶句する。

どうして忘れることができていたんだろう。先生は怨念から生まれたアヤカシだ。そうそう楽な死に方をしていたら、こうして現世に留まっているはずがないのだ。


「そのせいか、化け物になっても未だに人間として生きようとする習性ができちまって。

こうして化生の身ながら教員としてやってるわけなんだが……。全く、雪山でレジャーをするなんていい時代になったものだよ。氷雪ってのは、本来おっかないものなんだぞ?」


 どんな、想いで。このアヤカシは私たちのことを見ていたのだろう。

死んでもまだなお、人に焦がれて。

近づきたくて、触れたくてしょうがないのに、自分の身が異形のものであるという現実。

それを想像した私は切ない気持ちになった。


「……そんなに綺麗なものじゃないですよ。人間なんて、いつだって自分のことしか考えられなくて……」

「いんや、人間はすごいよ。どんな命にも、生まれた意味は必ずあるし、逆境でも生きようとする命は全て皆尊い。そのことを、もっと分かってくれたらいいんだけどなァ……」

 彼の根底にあるもの。

それは、同情とか憐憫の情じゃなくて――。

――あるのは、どこまでも遥かな過去から未来に続いていく人間愛。


「裏切られることは、ないんですか?」

「ないね。あっても、数えることはしない。それはオレが誰かを救わない意味にならない。悪人も善人もひっくるめて、オレは人間が大好きだ」


 煙草の代わりの飴を舐めながら、柳原先生は輝くような笑顔を浮かべた。

今までの話を聞いていた私の心も、どこか動かされたのを感じた。裏切られても数えない。そんな生き方があることに気が付いて。


 私も、自分が無意識のうちに焦がれていたことに気が付く。

人間になりたくて、近づきたくて、何度も裏切られて。そうして硬くなった自分の心が浮上したような思いになる。

……ああ、私も人間が好きだ。

本当は、ずっとずっと、好きでいたかったんだ。

だから自分が人外だと知って悲しかった。私だって、普通の人間でいたかった。当たり前のみんなが羨ましくて、しょうがなかった。

もしも普通の人間として生まれていたら。そんな終わりのない自己問答が辛かった。

その微かな記憶を思い出して、私は誰にも気づかれないように俯いた。





 ――そのやり取りから離れた場所で、生徒がそっと囁きを交わす。

「……ねえ、やっぱりアイツ調子乗り過ぎだよね」

 同意を求めて、少女は呟く。


「自分が財閥の人間だからってお高くとまって、きっとあたし達を馬鹿にしてるんだよ。そういうのってさ……ちょっとムカつく」

 その視線の先にあるのは、とある女生徒。

悪意のこもったくぐもった笑いを浮かべ、同じ食堂にいた少女たちのグループはその女生徒にどんな嫌がらせをするか相談を続ける。


 悪いことをするという自覚はなかった。

謝れば社会的に許されるようなおふざけのつもりだった。

追究されても、自分の勘違いだったと言い逃れをする予行練習を脳内でしながら。

それが、この先どんな騒動になるのかも自覚しないままに、少女は口角を上げる。



「……少しだけ、痛い目を見てもらおうか?」



 ……町育ちの人間は、雪山の怖さを何も知らなかった。




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