☆282 日之宮邸への道中(車内)
明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いします!
なんの因果であれだけのことがあった後に日之宮邸まで行かなくてはならないのか……っ
自分で掘った墓穴に後悔を覚えている私と共に行くことになったのは、東雲先輩と保険医の福寿だった。
この時期忙しくて学校から離れられない柳原先生の代わりに立候補したらしい。送ってくれようとした我が家のお抱え運転手である山崎さんの好意は丁重に断り、雪女の私物であるワゴンで向かうことになる。
「やーん! 八重ちゃん久しぶりい! 様子がおかしいって聞いてからずっと心配してたのよぉ!」
と彼女の豊満な胸を押し付けられながら抱きしめられたときには、窒息を覚悟した。そして、耳元で妖絶にこう囁かれる。
「あら! 私のあげたペンダントはちゃんと持ち歩いてくれているのね――良かったらこの後二人でホテルにでも向かってしっぽりとしない……?」
そこまで彼女が口にしたところで、機嫌の悪かった東雲先輩の地雷を踏んだ音がした。
結果、背後から土足で蹴飛ばされた福寿は真面目な運転手へとジョブチェンジを完了することとなり、現在の車内には静けさが支配している。
「……夕霧君は、奈々子のことをどう思っているの?」
私が沈黙を破ると、後部座席に乗っていた陛下がこちらを向いたのが分かった。
「……月之宮は、あの子のことを嫌っているのか」
「……そうね。みんなが何を思っているかは知らないけれど、私は正直、奈々子のことが怖いの」
偽善者ぶった嘘に聞こえただろうか。
本当は、あの学校で日之宮奈々子という生徒が上手くやれていないことに私は気付いていた。嫌われているというよりは、冷たい無関心。大多数のクラスメイトは意識してそれを選択している。
けれどそれを口にしてしまうことは、今の彼女の境遇を肯定していることに他ならない気がして、ついこんな言葉を選んでしまったのだ。
「怖い?」
「普通の人間は奈々子と出会ったらそういう印象を抱くと思うわ。……夕霧君はそう思わないの?」
「…………」
陛下は窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた。しばらくして、くぐもった声が聞こえてくる。
「オレは、そうは思わないな」
「どうして?」
車内に彼の言葉が響く。
「誰が何と言おうと、オレは日之宮のことを気に入っているから。
オレの話すことで人を喜ばせたことなんて今まで一度もなかったからな……部活見学に来たときからなんだかずっと忘れられなくて」
一度しか会話をしたことのない人間を、どうしてそこまで信じることができるのだろう。
何故君は、そんな風に彼女を想って穏やかに笑えるの?
夕霧君は真実を知らないからそんな優しいことが言えるのだ。奈々子の闇に触れたことがなかったから、そうやって希望を持てるのだ。
……そのことに怒りを感じて、思わず皮肉っぽい言い方になる。
「何も知らない癖に、知った風な口を利くのね」
「……八重」
東雲先輩が止めようとするけれど、堰を切る言葉は溢れだす。
「私が今までどれだけ奈々子との関係に苦しんできたのかあなたは分かってないのよ。あの子の悪意に晒されたこともない癖に……っ」
「……そうだな。オレは日之宮のことを深く知っているとは言い難い」
夕霧君は苦笑交じりに呟く。
「それでも、信じてみたいよ。あの子、オレの前では本当に嬉しそうに笑っていたんだ」
今更にあの奈々子のことを信じてみろとでも言いたいのだろうか。
人には努力しても分かり合えない存在がいる。奈々子を糾弾することをしないと決めたからといって、一朝一夕で打ち解け合うことができるはずがない。
そんな途方もないこと、できるわけがない。
……悔しい。
こんな風に、真っ直ぐに誰かを信じることができない自分が悔しかった。
「……ねえ、それって一目ぼれじゃないかしら」
運転席に座っていた福寿が、穏やかに言った。
「理屈じゃない感情に支配されているとしたら、今の夕霧君は日之宮さんに恋をしているのではないかしら。なんだか話を聞いているとそういう風に聴こえるわ」
「……云ってなかったか?」
夕霧君がキョトンとした顔になる。
「き、聞いてないわ!」
私が驚愕の声を上げると、東雲先輩が再度舌打ちをする。
一同の反応に気まずそうな表情になった陛下は、腕組みをしてソッポを向く。
……ああ、じゃあもう仕方ないじゃない。
わりと自分の好きなことに関しては猪突猛進な陛下の恋心に巻き込まれたことに気が付いた私たちは、どうにでもなれという心境にさせられてしまった。
こうなってしまっては、止めたところで意味などないのだ。理屈とか苦言とか正論とか、そういったものは最早通用しない。
「バカバカしいことだ」
そう、東雲先輩がまとめた。




