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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆280 不登校になった転校生




 ――ただ一つ分かっているのは、あなたが私のことを嫌いだということなのです。



 私のことを自分の思うままに支配しようとした日之宮奈々子は、一体何の思惑があってそれをしたのだろう。

それって普通に考えたら彼女は悪人だと思う。多分100人に訊ねたら過半数が黒と答えるくらいにやってはいけない事をした。

だから、苦しめられた私は奈々子のことを憎んでいいはずなのだ。復讐をしたいのかは自分でも分からない。けれど、嫌って、自分を守るために距離を置くくらいのことはしてもいい。むしろそうしなければならないだろう。


 そうして離れてしまえばこれ以上の痛みなんて知らずに済むと分かってる。奈々子との繋がりが消えたって明日はいつもと同じように来る。

私には大切な人が沢山いるし、東雲先輩だって傍にいてくれる。だから、寂しさを感じて苦しむことはない。これからの未来は光で溢れている。そう理解できているはずなのに、何故かこんな風にも思うのだ。


 ……いや、もしかしたら奈々子と決別をしてしまったら太陽は昇らないのかもしれない。終末というものは予測不可能に来るのかもしれないし、痛みすら失ってから後悔するのかもしれない。

感情というものはいつもいつも後から追いかけてくるから。涙や喪失感は黒潮の波のように寒さに遅れてやってくるから。


 今の自分が怒っているのは確かだ。一回殴るくらいじゃ気が済まないほどに、私は奈々子に対して頭にきている。

けれど、真実のところで私は本当に幼馴染のことを見捨てることができるのだろうか。兄と結婚して身内になるかもしれない彼女のことを、これから先どう扱ったらいいのだろう。

 ……そこまで何度も考えたところで、いきつくのは彼女の色彩を失った灰色めいた瞳の色だった。


 操っている最中、奈々子は私に対して驚くぐらいに優しく接していた。やろうと思えばテディベアの腹を裂くのと同じようなことだってできたはずなのに、あくまでも友人として扱おうとしているかのようだった。

 楽しそうに笑うのに、寂しそうに吐息を洩らして。

幼女のようにはしゃぎながら、冷え切った眼差しを向ける。

その間の奈々子が何を考えていたのかは分からない。けれど、おかしなことに、彼女自身がその寸劇に失望しているみたいに見えた。





「来ないねー、アイツ」

 奈々子のものだったはずの空っぽの席を見て、自分の机に座った希未がゆらゆら脚を伸ばす。


「これで一週間だけど、このまま不登校になるつもりなのかな」

「それならそれで何か問題でもあるか?」


 鳥羽が鼻を鳴らすと、希未がつまらなそうな顔になる。

「……ふーん……」


 白波さんが、言う。

「本当にこれで、良かったの?」


 その言葉を聞いて、鳥羽が視線を移す。

「そりゃ、これでいいんだよ。アイツがいなくなってくれる分には清々するってもんだ。このままずっと来ないままでいてくれれば……」

「それでいいのかな」


 喉に小骨が引っかかるような違和感。

そんなことを言いたそうな表情で、白波さんは私の方を見た。


「……嫌なものに蓋をする原理ね」

「その何が悪い?」

 ため息交じりに私が呟くと、その言葉を聞いた鳥羽がムッとする。


「あのなあ、贅沢なことを云うなよ。悪人が自分から退場してくれるのならそれに越したことないじゃないか!」

「でも、何故かこのままじゃいけない気がするの。胸の奥が、ざわざわする」

 複雑そうな顔で白波さんが反駁しようとすると、鳥羽はひくりと頬を引きつらせた。


「じゃーあれか。お前はこの期に及んであまつさえ日之宮のことまでも救いたい、とか云い出すんじゃねえだろうな……」

「それって人として間違ってるの?」

「…………」

 死んだ目になった鳥羽に邪気のない笑顔が向けられた。

白波さんの無垢な微笑みに、彼はもう何も言えなくなる。


「あの、日之宮さんの味方をしたいわけではないんです。月之宮さんにしたことに関しては私もみんなと同じくらいかそれ以上に怒ってるよ。

……でも、日之宮さんとは冷静に話もできていないままだなあって」

「あんな女、言い訳を聞いてやる必要なんてないと思う!」

 白波さんの理屈を聞いた希未はぐっと拳を握りしめた。困った笑顔を浮かべた私に抱きついて、彼女は叫ぶ。


「――色々あったけど、うちの子に変質者はこれ以上近づけさせないからーーーー!!」

「私はいつからアンタの子どもになったのよ」

 思わず冷めた目で突っ込むと、希未はにししと笑みを洩らす。

まあ、言いたいことは分からなくもない。そして、身に覚えがありすぎる。

そこまで思考が巡ったところでさりげなく自分の視線を逸らした。



「……まあ。月之宮さんを子どもにしたいという気持ちは分からなくもない。養子縁組で結婚するという手も悪くはないかな」

 低いトーンの声がどこからか聞こえ、私が振り返るとそこには遠野さんがいた。以前よりも伸びた黒髪を三つ編みに結い、その頬をほんのり赤く染めている。


「でたな! 不審者変質者前科者!」

「……あえて否定はしない」

 希未がのけぞって叫ぶと、遠野さんは恥ずかしそうに笑う。

先ほどの言葉は遠野さんなりきのジョークだったのだろうか。そのわりには随分本気の言葉に聞こえた。何とも言えない顔でいる私の肩を誰かがポンと叩く。


「月之宮ー、このプリント日之宮の机の中に入る余裕ありそ?」

 諦観の眼差しになった柳原先生の情けない声が教室に響いた。両手を合わせて頼まれた私が返事をしようとすると、

「もう無理だろ」と先にむくれた鳥羽が応えた。


「ただでさえ新品の教科書で埋まってますし……、流石にもうゆとりは残っていないと思います」と白波さんも気づかわし気な顔になる。


「あー、じゃあ自宅に届けに行くしかないか……、事情を考えると月之宮に任せるわけにいかないしなぁ……」

 柳原先生は頬をかきながらため息をつく。いたたまれなさに返事を即答できないでいた私を抱きしめた希未が力いっぱいに言った。


「うちの子に何てこと云うんですか! デリカシーがなさすぎですよ、先生!」

「……ねえ、そのネタっていつまで引っ張る気?」

 呆れた私が半目になると、みんながさざ波のように笑った。


 ……ああ、でも本当に。

今の私って奈々子に対して一体何をしたいのかしら。

せっかく自我が戻ったというのに、自分がどうしたいのかをまるで見失っているのだから仕方がない。




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