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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
冬――ゲームマスターの告白
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☆271 戸惑う友達




 昼過ぎになった日之宮に、学校からの電話がかかった。無断欠席をしたので、先生がかけたのだ。

結果、とんだ道草をしてサボっていたことがばれた八重と奈々子と瀬川は遅れて登校することになった。


「ふふ、みんながどんな顔をするか楽しみ♪」

 鼻歌を歌いそうな奈々子の姿に、松葉は目を逸らす。

無言で車から降りた八重は校舎を前に、少しだけ睨みつけた。ちょうどチャイムが鳴り、体育館から見慣れた生徒が吐き出されている。

そこに、一人の女生徒が大声を出した。


「あれ? 八重じゃーん! なんでこんな時間に登校してんのさ、心配したんだよ!?」

 希未が駆け寄ってきたので、『私』は、思わず助けを求めようとする。

奈々子が、私に術をかけて言いなりにしている――、そのことを叫ぼうとしたのに、口から出てきたセリフは全く別のものだった。


「何? あなた、馴れ馴れしく話しかけてきたりして」

「え?」

 希未の顔が驚く。

後から歩いてきた鳥羽と白波さんがこちらに気が付いて、不思議そうな表情になった。


「おい、どうしたんだ」

「なんか、八重が変なことを……」

 しどろもどろになっている希未に異変を察知した鳥羽が、私に目を向ける。……いや、正確には月之宮八重の肉体にだ。

助けて。そう言いたいのに、身体はいうことをきかない。すごく汚らしいものを見るように侮蔑的な眼差しで白波さんに告げた言葉は、


「白波さんといったかしら? あなた、恥ずかしいと思わないの。アヤカシの恋人になるだなんて……人類の汚点よ」

「……えっ 月之宮さん、どうしたの」


「ふ、私は何かおかしいことを云っているかしら」

 こんな酷いことを言うつもりはないのに、身体が自然と嫌悪感を剥きだしにしたような態度となっている。

困り顔の白波さんの隣にいた鳥羽が笑い飛ばした。


「おかしいというか……お前、今更何を云ってんだよ。今更陰陽師らしくしてみましたってことか?」

「……私に話しかけないで」


「うん? だって、俺たちは友達だろ?」

「吐き気がしそうよ」

 ぶつけられた言葉の衝撃に固まった鳥羽に向かって、私は後からやって来た奈々子に寄り添って見せた。


「私の友達は、今も昔も奈々子だけ。アヤカシや庶民となんて、本当の友情を育めるわけないじゃない……勝手に本気にしないで」

「は…………」

 そこでようやく、私の様子がおかしいことにみんなが気が付く。

戸惑っている彼らに、奈々子が勝ち誇った宣言をした。


「と、いうわけだから。八重ちゃんはあたしのものよ。今までのお友達ごっこももうお終い……いい夢を見たと諦めるのね」

「何を馬鹿なことを……っ」

 蒼白になったのは希未だった。


「ね、ねえ。嘘だよね? 月之宮さん、私たちとあんなに楽しく過ごしていたじゃない」

 泡を食っているような白波さんに加え、鳥羽も言う。


「……月之宮。お前、本気で云ってんのか」

「話しかけないで」


「……おい!」

「…………いい加減にしないと、刺し殺すわよ?」

 そこで、普段は抑えられているはずの八重の殺気が辺りに溢れる。それを感じた鳥羽の血の気が引くと、彼女は奈々子に向かって笑いかけた。


「さあ、いきましょう。奈々子」

「そうね。可愛い八重ちゃん。こんな場所にいても空気が腐っているだけだわ」

 そういって微笑みあう彼女たちと松葉は、絶句している三人を置き去りにして悠々と登校した。職員室に向かいながら、奈々子は胸のすくような思いで口元が綻ぶ。


「ふふ、いい気味! あいつらの顔を見たぁ?」

「そうね。私も爽快だったわ」

 そんなはずはない。

こんなに胸がぺしゃんこになるような気持ちになっているというのに、誰もそのことに気が付いてくれない。泣きたいような思いになっている私に、奈々子が言った。


「ようやくあいつらに見せつけてやったわ! 八重ちゃんはあたしのものよ! あの家に生まれた時からそういうサダメに決まっているのよ!」

「でもさ、あんまり舐めない方がいいと思うよ?」

 そこで松葉が水を差すと、奈々子は嫌そうな顔になる。


「ボクほどではないけど、鳥羽も東雲もそれなりに強い。もしかしたら力づくでどうにかされるかも……」

「あら、こちらには人質がいるのに?」

 私の方を見ながら、奈々子が悪辣な笑みを浮かべた。


「今の八重ちゃんはね、アヤカシに負けるぐらいなら自死を選ぶ。そういう性格になっているの。自分のことを人質にして交渉するくらい一人でやれるわ」

「ふーん」

 まるで、乙女ゲームに出てきた悪役令嬢の月之宮八重に戻ってしまったみたいだ。

そのことに気が付いた私は、自らの状況と奈々子の言葉にぞっとする。あれだけ頑張ってきたのに、こんな目に見えない檻に閉じ込められてしまっては何もできない。

更に恐ろしいことは、人間関係を台無しにされるだけではなく、このままではアヤカシたちと敵対関係になってしまうかもしれないことだ。

あれだけ回避しようとした未来が目前に迫っている。今の私は奈々子に命じられたら迷わずに攻略対象者を切り殺すだろう。そういう仕様にされているのだ。


 どうしたら、東雲先輩に気付いてもらえるだろう。

……もしも、このまま見捨てられてしまったら?

永遠に死ぬまで奈々子の玩具になってしまったら、どうしよう?

その想像をしただけで魂が震えるほどに苦しくなった。そんな私の心理を見透かすように松葉がこちらをチラリと見る。


「まあでも、ご主人様のことは大事に扱ってよね。もしも八重さまに何かあったら契約しているボクも一緒に死んじゃうんだから」

「ふん」

 その言葉を黙殺した奈々子は、それでも一応その言葉を聞くことにしたらしい。

 少なくとも放課後までは、だ。




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